長編8
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あの生首は……

僕は、昔から怖い話や不思議な話が好きだったんですが、自分ではほとんど、そういった心霊体験や不思議な体験をしたことは無いんです。そんな僕なんですが、子供の頃に一度だけ、ちょっと怖い体験をしたことがあるんです…。

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僕の地元は結構な田舎で、実家の裏には田んぼが広がってるような所なんです。その田んぼというのは、うちのものではなくて、お隣さんのなんです。このお隣さんというのは、隣の家に2人で住んでいる老夫婦で、僕もよく、可愛がってもらっていました。

その田んぼにある北側の端の畦道は、僕の家までの近道になっていまして、僕は、よくその畦道を通って家に帰っていました。

この畦道の横、田んぼの反対側になるんですが、そこには、少し傾斜のある土手を2メートル程下ると、幅3メートル、深さ2メートル程のセメントで整地された水路があって、それを挟んだ向こう側には、畦道と平行するように、舗装された道路が延びているんです。

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僕が不思議な体験をしたのは、小学校4年生の夏休みも終わりの頃でした。

町の真ん中辺りにはちょっとした山があって、頂上には小さな公園があるんですが、ここ展望台があるんですよ。その展望台の横には、町内放送用の大きなスピーカーが設置されてるんですが、夏場は、夕方6時になると、このスピーカーから子供達に帰宅時間を知らせる為の音楽とアナウンスが、大音量で流れていたんです。

『~6時になりました。良い子の皆さん、お片付けをして、早くお家へ帰りましょう~』

ってな具合で。

この日も僕は、いつもの様に近道になる畦道を使って、家に帰っていたんです。

帰りの畦道は、水路を左下に見ながら、東の方向へ歩く形になるんです。夏場ですから、左手の土手には、脛の辺りまで成長した雑草が生い茂ってました。水路の水は、昨日降った雨のせいで普段よりも水嵩が増し、ゴウゴウと音を立てて激しく流れていましたね。

そんな畦道を半分位まで進んだ辺りでしょうか。少し先の方、左下の土手の中程辺りに、草むらに隠れて何か白くて丸いモノがある事に気が付いたんです。その辺りには、少し前に隣のおっちゃんが柿の木を切ってたんで、その切り株があったんです。どうやらその白くて丸いモノは、その切り株の根元に引っ掛かっている様子でした。

(あれ??何かボールみたいなもんがあんなぁ~??何だろうなぁ~??)

ここからでは、雑草の影になってよく見えない。僕は好奇心に駆られまして、そのまま、切り株に向かって土手を降りてみたんです。

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生い茂った雑草を踏み分けながら、段々と近づいていきました。

いよいよその白くて丸いモノのが見えそうな位置まで近づいたところ、その丸いモノがある周りの草が、円柱状にポッカリと穴が空いている様な形になっていました。まるで、何かを上から落とした様に。

僕は、何の気なしにその白くて丸いモノを覗いてみたのですが……

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そこにあったのは、ボールではありませんでした。

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白髪の多くなった乱れた髪。

黒目部分の下部が少しだけ見える状態で、上を向いた格好で白目を剥いている眼球。

『あぁぁぁ…』と、うめき声を発しそうに薄く開かれた口……

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それは、人間の生首だったんです。

苦悶にみちた表情の生首。

僕は、その顔に見覚えがありました。いつもとは様子が違いましたが、しかしそれは間違いなく、お隣のおばちゃんの顔だったんです。

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それが、おばちゃんの生首であると認識した瞬間、僕は、あまりの恐怖に呼吸も忘れ、頭の中が真っ白になり、全身の毛穴という毛穴が逆立っていくのを感じました。

さっきまでうるさい位に鳴っていた、蛙や虫達の鳴き声もピタリと聞こえなくなり、その生首から目を逸らす事もできず、ただただ、ガタガタと震えながら金縛りにでもあった様に、全く動けなくなってしまったんです。

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どの位そうしていたのか……。

僕は、ハッとなった拍子に、思い切り息を吸い込んで、何とか気を持ち直したのですが、そのままドテッと、後ろに尻餅を付いてしまいました。というより、どうやら腰が抜けてしまったみたいで。

幸い、これで身体が動く様になったんで、そのまま這いずる様にして土手を登って、産まれたての小鹿よろしく、よたよたと四つん這いのまま、その場から逃げ出しました。

畦道の終点は、お隣さんの玄関の前の道に繋がっていました。

僕は、よたよたながらも必死で畦道を抜けきり、そのまま、お隣さんの玄関まで進んで、助けを求めたんです。

「お、お、おっちゃぁ~~~ん!!お、おばちゃんが!!おばちゃんがぁ~っ…」

おっちゃんは、玄関で騒ぐ僕に気がついて直ぐに出てきてくれました。僕はその場で、おばちゃんの生首を見たんだと、今しがた体験した事を必死で説明したんです。

ガタガタ震えながら事の顛末を伝えると、おっちゃんは一瞬、ギョッとした表情を浮かべたんですが、確かめてくるから待っときなさいと、僕をその場に残して、様子を見に行ってくれました。

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それからすぐ、5分程経ったあたりでしょうか。

おっちゃんが戻ってきました。

「いやぁ、何かの見間違いじゃないかぁ??何にも無かったでぇ~(笑)」

僕は、おっちゃんの言葉を聞き、唖然としました。

しかし僕は、間違いなく自分の眼で見てしまっている訳ですから、おばちゃんの生首があったんだと引き下がりません。それなら一緒に見にいってやるからとおっちゃんに言われ、2人して畦道を引き返したわけです。

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切り株の辺りまで戻ってきたんですが、確かに何もありません。そんなはずは無いと恐怖心を圧し殺し、切り株の周りを探せど、やはりあるのは、雑草だけ。

ただ、さっきおっちゃんが調べてくれたのか、水路の脇まで雑草を踏み分けて進んだ様な跡がありました。

僕も一応、その道を使って水路の脇まで行き、辺りを見回してみたものの、激しく流れる水以外、やはり何もありません。

(あ、あれ?おかしいなぁ……あれって……やっぱり、ゆ、幽霊やったんかなぁ、)

そんな事を考えながら、結局この日は、そのまま家に帰ったんです。

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帰宅すると、ちょうど晩御飯の時間。

僕は、畦道での体験を両親に話そうとも思ったんですが、如何せん僕の両親は徹底した現実主義者で、心霊・オカルトの類いは一切信じていない。結局、晩御飯の時におばちゃんの生首の話はしませんでした。

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晩御飯が終わって、直ぐにお風呂を済ませると、それからテレビなんかを観ながらだらだらと過ごしていた時でした。時間は、20時頃だったと思います。家の電話が鳴って、おかんが出たんですが……。

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「モシモシ?あ、どぉ~も~。え?えぇ……まだ戻られて無い……いいえ、私は存じませんねぇ……あ、ちょっと待って下さいね……」

どうやら、相手は隣のおっちゃんで、おばちゃんが帰って来ない。知らないか??という電話だったらしい。

居間でくつろいでいる僕たちに、おかんが大声で知らないか??と聞いてきましたが、おとんも弟も知らないと答えました。

僕はここで、生首の一件を話そうかとも思ったんですが、変な事を言うなと怒られそうだったので、結局、何も知らないと答えました。

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翌日、この日も良い天気になりました。

朝イチのラジオ体操を終え、一旦家に帰ります。

着替えをして朝ごはんを食べ終えると、「行ってきまーす!!お昼はいとこん家で食べるけんいらんよ!!」と、おかんに断わりを入れて、いとこの家へ遊びに出掛けました。

あ、夏休みの宿題ですか??うん……まだ、休みは残ってますから……。

午前中はファミコンで盛り上がって、午後からは裏山へ探検。いとこの家は共働きだったので、お昼御飯は冷蔵庫の物を適当に漁って食べてました。

散々遊んで、6時のチャイム。バイバイして、いとこの家を出ました。

いつもの様に近道をしようと思っていたんですが、この日は、畦道が使えませんでした。

というのも、辺りに沢山の警察が居たんです。何やら田んぼ周辺、特に水路辺りを調べている様子。規制線が張られていて畦道が通れなかったので、僕は仕方なく、舗装された道を迂回して家に帰りました。

帰宅後すぐに、「警察官がいっぱい居ったけど、何かあったん??」と、おかんに聞いてみたんですが、どうやら、隣のおっちゃんが逮捕されたらしいと教えてくれました。

詳しい事については、まだ子供やからと教えてくれなかったんですが。

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その後、カメラを持った人やらテレビ関係っぽい人やらが、しばらくごちゃごちゃと近所に集まってましたね。おかんも1度、テレビのインタビューを受けたとかで、ニュースを熱心に観てましたけど、結局カットされたんでしょう。おかんがテレビに映る事はありませんでした。

隣のおっちゃんが逮捕された事件。結局、地元メディアなんかで報道されまして、子供の僕も知る事になるんですが、事件の内容を考えると、おかんがなかなか教えてくれんかったのも解ります。

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以下、その事件の内容を簡単に説明しますね……

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おっちゃんが「おばちゃんが居なくなった」と、うちに電話をしてきた日。僕が、おばちゃんの生首の幽霊らしきモノを見た日ですね。

その前日の夜中から早朝にかけて、おっちゃんがおばちゃんを殺害し、遺体をバラバラにして水路に流した事が、本人の口から語られたそうです。

結局おっちゃんは、罪の意識に耐えられなくなり、翌日に自首。直ぐに捜査が開始されたそうです。

僕が、いとこの家からの帰りに見かけた沢山の警察達は、この捜査をしていたんですね。

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と、この話を思い出す度に、僕の中で1つの大きな疑問が浮かんできてしまうんです……

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あの生首は、幽霊だったのか??

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前日の雨で水嵩が増し、流れが強くなっていた水路。

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僕から、おばちゃんの生首を見たと聞いた時のおっちゃんの反応。

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おっちゃんが、1人で生首を確認しに行った後に付いていた、水路まで降りていった様な跡。

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ひょっとすると……

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実は、あの生首は本物で、僕が、おばちゃんの生首を見たと言った時のおっちゃんの反応は「捨てに行く際に落としてしまったのでは!?」と、思ったからなのではないか。

そして、1人で確認をしに行った時に生首を拾って、水路に流したんじゃないだろうか。

だから、2人で確認しに行った時に、水路まで歩いた様な跡が付いていたのではないか……。

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今では、お隣の家は取り壊され、更地になっています。そして、あの生首の真相も、今となっては知るよしもありません。

ただ、あの生首が、幽霊だったにしろ本物だったにしろ、金輪際、同じような体験は、したくないものです……。

Concrete
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