自宅の近くに大きな森林公園があるのですが、二歳になる娘とふたりでその公園を散歩するのが私達、母子の午前中の日課になっていました。
森林公園というだけあってとても木が多くあり、散歩道は森の中を簡単に整備しただけで自然が多く、場所によっては空を覆うほどの大きな木もあったりと、とても清々しい気分になれる私のお気に入りの散歩コースでした。
いつものように散歩道を歩いていると娘が立ち止まり、一本の木を見上げ、指をさしながら、「クック、クック」と楽しそうに言いだしました。
クックとは娘が最近覚えた単語で、靴を表す言葉でした。
私も娘の横にしゃがみこんで、
「ん、どこ? あー本当だ、空飛ぶクックだねぇ」何もない空間に娘と同じように指を差し、娘の話に合わせました。
しばらくそんなやり取りを楽しんでいると、前方から掃除のおじさんが近づいてきていることに気が付きました。
「こんにちは」私が挨拶するとおじさんも優しい笑顔で挨拶をかえしてくれる。
「可愛いお嬢ちゃんですね、何歳ですか?」などと世間話を始めた。
二言三言会話をやり取りしていると、おじさんが急に真面目な顔になり変なことを言い始めました。
「......お嬢ちゃんにはなるべくこの道を歩かせないほうがいい......」
「えっ? 何でですか、私達この道が気に入っていて──」
すると、おじさんが娘の見上げている木を指差し、
「この木ねぇ、三年ほど前に俺が首を括っているんだよ......お嬢ちゃんが見ているのは恐らく──」
私は娘を抱きかかえ、逃げるようにその場を後にしました。おじさんと木が見えなくなるまでは速足を緩めることはありませんでした。
おじさんの話がもし本当であれば、娘が見ていたものとは、首を吊った人を下から見上げていたがために、靴が浮いて見えていたということなのでしょうか。
そんなわけない、意地悪なおじさんに捕まってしまっただけだ、と、私は自分に言い聞かせました。
ですが、胸に抱っこしていた娘の発した一言に、おじさんの話が作り話ではないと思わざるを得ませんでした。
「クック、ゆらゆら──」
作者深山