相変わらず蒸し暑い真夏日だ。
こんな日に呪術師連盟本部から召集され、俺たちはゼロの父親である雅人さんが運転する車で神奈川県の某町まで来ていた。
「父さん、詳しい話は本部から聞いたよ。具体的にこれから僕達はどうすればいいの?」
ゼロの問いに雅人さんは「本部で全て話す」とだけ言った。ゼロもそれ以上は追及せず、黙り込んでしまった。
「まぁ、俺様まで呼んだってことは本番直前ってことじゃね?な、しぐる」
「お前・・・いいかげん俺の頭から下りろ」
サキは車に乗ってからずっと俺の頭にいる。どれだけここが好きなのだろうか・・・。
「いいじゃねーかよ相棒~。これから俺様の力が必要になってくるかもしれねーんだぜ?なー露ちゃん」
「サキさん、ここおいで」
隣に座る露が、自分の膝上を軽くポンポンと叩いてサキに来るよう促す。
「よっしゃあ特等席!」
サキは俺の頭から勢いよく飛び跳ねて露の膝に乗り移った。全くこのロリコンヘビが。
「兄さんが大変だと思って乗せてあげただけです。サキさん、変なことは考えないでくださいね」
「そんな・・・この太ももの上でエロいこと考えるなだなんて鬼畜だぜ・・・」
「やっぱり駄目ですっ!!」
「いてっ!」
その声を出したのは俺である。露が投げ飛ばしたサキは俺の左頬へ直撃したのだ。
「ぐへぇ」
「ご、ごめんなさい兄さん!大丈夫?」
露は当然のようにサキよりも俺の心配をしてくれた。まあ、当然だろう。
「大丈夫だよ。それよりサキ、お前こんな時間からこんな場所で欲情するな」
「うるせえ!妖怪にとっちゃ欲情するのに時間も場所も関係ねーんだよ!つーか露ちゃぁん、俺様の扱いひどくない・・・?」
露はサキの言葉が聞こえていないかのように俺への返事を笑顔で口にした。
「よかった。サキさんのせいで兄さんが怪我をしたら怒りますからね」
「露ちゃんが投げたんだろうが・・・」
結局、俺の膝上に留まったサキは元気を無くして項垂れている。自業自得である。
「サキさん、いくら妖怪とはいえTPOをわきまえてください。日向子さんを見習うべきです」
助手席のゼロが後ろを振り返り言った。全くその通りである。その通り・・・なのか?
「あの女だって時間帯関係なく触手ウネウネの刑とかしやがるだろ・・・」
サキの発言で皆が静かになった。白けたというのが正解だろう。無論、彼の意見が間違っているわけではない。しかしこの場で触手ウネウネという言葉は如何なものか。
「ずいぶんと打ち解けたな」
雅人さんは優し気な声でそう呟いた。確かに、初めてサキが目覚めた時はゼロや俺もピリピリしていたが、今ではまるで友人のようだ。本当に・・・平和だと思えるこの町だが、その裏でとんでもないことが起ころうとしているなんて・・・。
呪術師連盟の本部に到着すると、入り口で二人の青年が待っていた。元T支部の北上昴と、本部の春原という超能力者だ。彼らは俺とも既に面識があり、今回の作戦に参加する仲間だ。
「よぉ~零、みんなも元気そうだな~」
春原は相変わらずといった感じでヘラヘラとしているが、昴のほうは真面目な顔で俺のことを見ていた。
「春原、改めて謝りたい。T支部の件は僕の早とちりで余計なことをしてしまってごめん」
ゼロは春原に向かって頭を下げた。以前、T支部が潰されたときに見たあの二人ではないみたいである。
「そんな謝んなよ~そういう作戦だったんだからさ~。お前昔からめっちゃ真面目だし、作戦を話したところで俺と喧嘩してくれねーだろ。つーか、こっちこそ色々悪かったな」
春原から差し出された手をゼロは握った。どうやら仲直りできたらしい。
「しぐるくん」
不意に昴が俺の名前を呼んだ。彼は少し不安げな顔をしており、俺はどうしたのかと訊ねた。
「ゼロくんから話は聞いてると思うけど、今の僕は力を使い果たしてまともに戦えない。そして君には、おそらく戦いの前線に立ってもらうことになる。気を付けて。詳しいことは、全て中で伝えられるよ。行こう」
「ああ・・・分かった」
俺が返事を返すと、二人に建物の中へ案内された。戦いの前線・・・俺にできるのだろうか。つい昨日覚悟を決めておいて今更迷うのも情けないが、この不安は簡単に払拭できるものではない。
建物が山の中にあるわりに内部は少々近未来的な構造で、いかにも秘密組織のアジトという雰囲気だった。俺達はエレベーターで二階に上がると、少し奥にある自動ドアの前まで通された。
「ここが本部の総指令室。もうみんな集まってるから」
春原がそう言ってドアの横に付けられたモニターに顔を映すと、丈夫そうな自動ドアが簡単に開いた。どうやら顔認証システムらしい。室内には既に11人ほど居り、そのうち俺が知っているのは5人だった。
「鈴那!」
俺は思わず彼女の名を呼んだ。鈴那は昨日、夢乃ちゃんを家まで送っていったきり帰ってしまったのだ。何か思い悩んでいるのかと心配していたが、再び会えて少し安心した。
「しぐ、昨日は急に帰っちゃってごめんね。ちょっと日向子ちゃんに呼ばれちゃって」
そう言った鈴那の隣には日向子さんもいる。彼女は俺達に笑顔で手を振った後、顔の前で両手を合わせてペロリと舌をだした。
「てへ、ごめんねしぐるくん。ちょっと鈴那ちゃんに大事なお話があって、急だけど呼び出しちゃったのよ」
「日向子さん!いえ、鈴那が無事なら大丈夫です。それに・・・長坂さん、右京さん達も」
俺は見知らぬ男女二人と一緒にいる長坂さんと藤堂親子にも声をかけた。彼らは俺たちの元へ歩いてくると、緊張感を帯びた表情から少し笑顔になった。
「しぐちゃん、よく来てくれたな。紹介するよ。彼らは俺の仲間で本部の呪術師、桜井と小野寺だ」
右京さんに紹介された桜井さんと小野寺さんは、よろしくと言って俺に微笑みかけた。
「そして、向こうにいるのが呪術師連盟各支部の元支部長と、会長の千堂さんだ。しぐる、お前にとって大事な話がある」
長坂さんが会長の千堂という男性のほうを見てそう言った。支部は計4つあったらしく、H支部の菊池さん、K支部の中西さん、S支部の真鍋さん、そしてT支部の雅人さんがここに集まった。
会長の千堂さんは長坂さんと同年代ぐらいの人で、俺を見ると少しだけ嬉しそうな表情になった。
「君かね、浩太郎の孫は・・・うむ、そっくりだ」
「えっ!?」
俺は千堂さんの口から祖父の名が出たことに驚き、半ば叫ぶような声を出してしまった。
「私は千堂香山というものでね、浩太郎とは友人のような関係だったのだ。彼はどこまでもお人好しな男だった。最後は町を守るために世を去っていったが、私はその後も浩太郎を忘れたことは一度も無い」
俺は千堂さんの言っていることが理解できなかった。俺自身、祖父である雨宮浩太郎の明確な死因は聞かされておらず、生前の祖父が何をしていたかも知らないのだ。
「あの、千堂さん・・・祖父のこと、どこまで知ってるんですか!町を守るために世を去ったってどういうことですか!」
「まぁ、落ち着けしぐちゃん。大丈夫、これから全て話してくれるから」
千堂さんへ興奮気味に言葉を投げかけた俺は、右京さんに宥められて落ち着いた。
「そうだな、君は浩太郎のことを詳しく知らなかったのか。話が先走ってしまってすまない。20年前、浩太郎は私の制止を振り切りとある儀式を行った。彼はそれにより命を落としたが、今になってしまえば正しいことだったかのようにも思える。そう思いたいのだ」
千堂さんはそう言うと、これまで祖父の成してきたことやこれから起こることについての全てを話し始めた。
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〇
浩太郎と出会ったのは30年程前のことだった。
呪術師連盟本部が位置する千堂山の神だった私は、偶然仕事で山へ訪れた浩太郎と出会った。元はこの山の祠に住み着いた妖だった私を神として祀ったのはこの土地に住む人々だった。
私の祠を見付けた浩太郎は、持っていた握り飯を一つ祠に供えてくれたのだ。彼は強い霊力を持っており、私の姿も見ることが出来たためか飯を分けてくれたのだそうだ。浩太郎が祓い屋であり、今もこの山の怪異を調査に来たという話を聞いた私は、握り飯の礼に調査を手伝うことにした。
無事に仕事を終えると浩太郎は山を下りていったが、それからひと月程後に再び彼は私の元を訪れた。その後は毎月、浩太郎は握り飯を持って山へ来るようになったのだ。私と浩太郎は色々な話をした。彼の仕事の話も家族の話も、私はただひたすらに聞いていた。それが楽しかったのだ。
ある日、浩太郎が死ぬ三年前のことだった。
私は妖者達から風の噂で、浩太郎の住む町で巨大な呪詛が動き出したとの話を耳にした。その土地に住む友人に確認したところ、周辺で一部の妖者達に不穏な動きがあるのは確かであり、呪詛の件も強ち嘘ではないと思ったのだ。
巨大な呪詛というのは、その土地と瓜二つの並行世界『影世界』を創り出し、現世界と融合させてしまう恐ろしい術だ。
これまでも幾つかの土地がその呪詛により闇へ堕ちたことがあるため、私はその件を浩太郎へ話した。影世界を創造される前に連中を根絶やしにすることも考えたが、おそらく既に組織化しているであろう相手に対抗するには戦力不足だった。
そこで私達は各地の呪術師や霊能力者を集め、呪術師連盟を創ることにしたのだ。初めは浩太郎の知人達を迎え入れ、結成から一年後にはこの山の一角に人除けの結界を張り、そこへ呪術師連盟の本拠地となる基地を建てた。
呪詛に対抗する手段はもう一つ存在したが、それはあくまでも最終手段であった。私はその方法を敢えて浩太郎に教えなかったが、彼は自分で調べたらしくその儀式を私に提案してきた。
光の当たる場所には影ができる。影のある場所には必ず光がある。呪詛に対抗する方法とは、化物共の創造した影世界と融合される前に真逆の世界と融合し、新世界を創ることだ。儀式の正式な名称は無いが、影世界との融合を『汚染』、光の世界との融合を『浄化』と表現する。しかしそれには、呪詛が行われる町の神体と力を調和させる程の大きな霊媒が必要であり、儀式を行えるのも若い女性に限られていた。
「俺が赤楊の御神体と力を調和させれば、のちに生まれてくる孫へ力を受け継がせることができる。夢をみたんだ。いずれ俺によく似た男の子と、可愛い女の子の孫が生まれてくるという夢をね」
浩太郎が62歳になった頃、私にそう告げたのである。彼が言いたいことは、件の町にある赤楊神社の神体と自身が霊力を調和させることで、いずれ生まれてくるはずの孫へその力を受け継ごうという内容だった。
あまりに無謀すぎる案だと判断した私はすぐさま反対したが、彼は止めなかった。
数日後、私の前に姿を現した浩太郎は明らかに様子がおかしく、異様な霊気を放っていた。目は赤く光り、自身の力を制御するので精一杯なようだった。
「おそらく、お前と会うのはこれが最後になるだろう」
浩太郎は私にそう告げてから山を下りて行くと、それから二度と姿を現すことはなかった。
彼の霊媒はあまりに強力過ぎたためか、赤楊と気の流れが完全に調和してしまったのだ。そのせいで霊力は極限まで覚醒し、人である彼の中へ神にも等しい力が生まれたのである。
浩太郎が消息を絶ってからひと月後、彼の遺体が楊島で発見された。赤楊の神体である楊島と完全調和した彼は、最後までその力が消えぬようにしたかったのだろう。
それから数年後、異界連盟と名乗る連中に接触したが、何もできずに敢え無く撤退した。
そこで私達は初めて雨宮浩太郎という男が、いかに偉大で強い霊力の持ち主だったかということを思い知らされたのだ。結局は異界連盟を潰すことは叶わず、今から4年前、遂に影世界は創造されたのであった。
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〇
千堂さんは全てを話し終えると、今まで座っていた椅子から立ち上がって俺の元まで歩み寄ってきた。
「あの時、浩太郎の肉体を離れた魂はまだ生きていた。人という器から解放されて神にも等しい存在となった彼は、自らの力を二つに分けて生まれてきた孫達へと与えたのだ。君と、君の妹へ」
俺は訳が分からなくなった。ひなの能力は、確かに生前の祖父が受けた赤楊の力と酷似しているような気がする。だが、俺の中にそんな能力があるなんて感じたことすらない。強いて言えば、サキの言っていた俺の潜在能力ぐらいだろうか。
「俺の能力が・・・祖父のものだと」
「先程も述べたように、この世には光と影が存在する。それは人の心も同じだ。浩太郎は赤楊と調和して覚醒した力を光と影に分裂し、光を雨宮ひなへと託し、影を君の中へと封じ込めた。彼の能力で光というのは調和の象徴、影は不調和の象徴であり、雨宮ひなが霊の力を吸収してしまうのは調和が取れすぎているからだろう」
千堂さんの言っていることが本当ならば、俺の中に封じられた能力は危険なものなのかもしれない。調和が霊の力を吸収するのならば、不調和は・・・。
「俺の力は、霊の力を反発する能力ってことですか?」
「反発という表現が正しいかは分からないが、君は除霊能力が極めて高いということだ。影世界と相対する光の世界と融合するには、調和の力が必要なのだ。浩太郎は自身の強大な影を君の中に封じた後、4年後に生まれてきた君の妹へ光を与えた。光の力も抑え込んだはずなのだが、どういうわけか彼女の中で目覚めてしまったらしい。その結果、あのような事件が・・・」
忘れもしない。3年前の7月10日にひなが殺された事件だ。サキの話によれば、彼女の霊は今もなお悪霊の力を吸収して暴走し続けているらしい。
「おそらく、調和の力を抑えるのに必要な不調和の力が足りなかったんでしょう」
そこでゼロが初めて口を開いた。彼はこの部屋に入ってから今まで一言も話していなかったので、皆の視線は一気にゼロへと集中した。
「影を制するには光が必要で、逆に光を制するのも影です。しぐるさんに影を封じる際は浩太郎さんの中にも十分な光の力があったはずです。しかし、ひなちゃんに光を与える時には既に影の力をしぐるさんへ与えてしまっていた。だから、ちょっとした弾みで力が目覚めてしまう可能性は高いかと思います」
千堂さんは、覚醒した祖父の力を人という器に収めることは難しいと言っていた。そのために影の力を先に生まれてきた俺に与え、後から生まれて儀式を行える条件を満たしているひなに光の力を与えたと考えれば辻褄が合う。
と、そこで俺は何かがおかしいことに気付いた。
「あの、みんな一番大事なところに触れてないけどさ・・・ひな、はもういないんだぞ。儀式って誰が・・・」
「あたしが、代わりにやるの」
俺の疑問に答えたのは鈴那だった。驚いて彼女を見ると、少し俯いていて表情は緊張しているように見える。
「鈴那・・・どういうことだ?」
俺が狼狽えていると、鈴那の隣にいる日向子さんが口を開いた。
「鈴那ちゃん、こうなることは3年前から決まってたのかもしれないの。この子のお母さんは浩太郎くんと親の代から知り合いでね、浩太郎くんから一連の話を聞いてたのよ。ね、千堂」
日向子さんはそう言うと千堂さんを見た。この二人、知り合いだったのか。
「鬼灯の言った通りだ。雨宮ひなが亡くなった後、城崎夏陽という女性が私の元を訪ねてきた。彼女は自分が浄化の儀式を行うから、赤楊と霊力を調和させてくれと言ってきたのだ。確かに夏陽は霊媒として素質のある人間だったが、体が弱く歳も儀式が行える条件を満たしていなかった。そこで彼女は、同じ霊媒である自分の娘に力を託したのだ」
千堂さんの発言に対して日向子さんは気に入らない部分があったらしく、何か小言を言っているが俺の頭はそれどころではない。
「ちょっと、わたしのこと鬼灯って呼ばないでくれる?日向子ちゃんなのっ!とにかく、夏陽ちゃんは鈴那ちゃんに調和の術を施して赤楊の御神体と力を調和させたの。もちろん、危険が伴わないよう僅かな力だけどね。ただ、その術が夏陽ちゃんの体に負担をかけたみたいで、三年前の秋に・・・」
日向子さんがそこで話すのを止めると、今度は鈴那が自分から話し始めた。
「ママ、あたしに日記を残してたの。その日記の最後に、あたしへのお願い事が書かれてた。雨宮ひなちゃんと一緒に浄化をしてほしいって」
どういうことだ?鈴那が赤楊の御神体と力が調和されていて、浄化の儀式を行うということはわかった。だが、ひなと一緒に儀式を行うという言葉の意味が・・・まさか!
「もしかして、ひなの霊を!」
俺の思い付いたことが正しければ、確かに儀式は行える。しかし、なぜこのタイミングでひなの霊が現れることを鈴那の母親は知っていたのだろう。
「強い霊は強い力に引き寄せられる。呪詛を成功させるには強大な怨念が必要なため、その条件が利用されるのだ」
千堂さんが俺の心を見透かしたかのように言った。
鈴那の母親が千堂さんからそのことを聞かされていたとすれば、日記に書かれた内容にも納得がいく。だが、それにしてもひなを悪霊の力から助け出せなければ意味が無い。と、そこで露の肩に乗っていたサキが俺の思ったことを口にした。
「でもよぉ、あの子は悪霊の力で暴走してんだぞ。もし止められなかったらどうするつもりだ?まさか千堂、お前こんな僅かな可能性に賭けてんのか」
千堂さんはサキの言葉に迷うことなく頷くと、俺の肩に手を置いて優しく微笑んだ。
「浩太郎が死んだ時も、影世界が創造された時も、雨宮ひなが死亡した時も、私は何度も駄目だと思った。だが不思議なことに、1つ希望が消えるとまた新たな希望が1つ見えてくるのだ。しぐるよ、雨宮ひなの暴走を止められるのは対の力を持つ君だけだ。そしてサキ、彼を支えてやってくれ」
サキにも言われたが、やはりひなを助けられるのは俺だけなのか。まさか、サキも初めからそれをわかった上で今まで協力してくれていたのか?
「千堂さん・・・俺、必ずひなを助けます。あとサキ、お前もしかして全部知っていて・・・」
「あ、何を?」
俺の言葉を聞いたサキは首を傾げた。
「え、だってほら、今までひなのこと気にかけて協力してくれてたんだろ?それにお前もあの時、ひなちゃんを止められるのはお前だけって俺に・・・」
「いや、知らねーよ。ありゃただ呪術師連盟は汚染浄化云々で手が回らねーと思ってたからお前しかいないって言っただけで、お前にひなちゃんと対の力があったなんて初耳だわ。ってかお前の中にバリアで封じられてた膨大な霊力ってそれだったんだな!納得だわ~」
サキはそう言って笑った。少しでもコイツに感動してしまった俺自身を殴りたい。
それでも、今まで俺達を助けてくれたのは事実だ。俺は露の肩で笑うサキを見て言った。
「よろしく頼むな、最後まで」
「おう」
サキはチョロリと舌を出して頷いた。目覚めたのが最近とはいえ、コイツとは三年の付き合いだ。サキとなら、絶対にひなを助けられる気がする。
「さて、そろそろ総括するとしようか」
千堂さんはそう言って、先程まで座っていた席に戻り話を続けた。
「既に呪詛の準備は進んでいる。二つの儀式が行える条件は太陽暦の盆、8月15日の黄昏時であること。つまり明日、全ての運命が決まるのだ。しぐる、浩太郎の想いは託した。鈴那、しぐるを信じなさい。そして零・・・」
「はい」
千堂さんに名を呼ばれたゼロは表情を変えずに返答した。確かゼロは人ならざる者に対して警戒心を抱いていた。この前春原の言っていたことからすると、もしかしたらゼロは千堂さんのことが気に入らないのかもしれない。
「零、もっと肩の力を抜きなさい。君は真面目過ぎるから、あまり気を張っていると疲れてしまう。明日に備えて、この後はゆっくり休みなさい」
「会長・・・ありがとうございます!」
ゼロは緊張感が少し解れたのか、そう言って笑顔になった。どうやら彼が千堂さんのことを嫌っているというのは俺の勘違いだったらしい。
「明日か」
俺はそう呟くと、千堂さん達から聞いた祖父のことや鈴那のこと、そして明日のことを頭の中で整理した。
デスゾーンを壊したことで霊の狂暴化を抑えたとはいえ、暴走しているひなの力は侮れない。あの子を助けるには、俺も力を解放するしかないのか。
力の封印を解くには、きっと・・・脳裏をよぎった1つの方法を心に抱き、そして覚悟を決めた。
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作戦会議を終えた俺達は各自帰宅することになり、俺と鈴那と露、そしてサキは長坂さんの車で帰ることになった。
日向子さんはゼロ達に用があるらしく、雅人さんの車で帰ると言っていた。
途中のサービスエリアで一旦休憩することになり、長坂さんは駐車場へ車を停めると深く溜め息を吐いた。
「明日・・・俺の最後の大仕事になるかもしれんな」
赤楊神社・・・俺達が住む土地の氏神を祀っており、長坂さんの管轄する神社だ。つまり、明日の儀式には長坂さんの協力も必要である。呪術師連盟がこの人を呼んだのは、禁術使いの御影としてではなく、神主の長坂として協力してほしかったからだろう。
「そういえば、神主辞めるみたいなこと言ってましたっけ」
俺の言葉に長坂さんは「うむ」と頷き、全てが終わった後にやりたいことを話してくれた。
「喫茶店をやろうと思ってね。しぐる達も遊びに来てくれるか?」
「もちろんですよ。禁術使いの淹れるコーヒー、楽しみにしてますね」
俺がそんな冗談を言うと、長坂さんは困ったような顔でクックッと笑った。
「勘弁してくれ。さて、少し外の空気でも吸おうか」
「そうですね。鈴那、ちょっとそこら辺見てこない?」
俺の提案に鈴那は頷き、皆で車を降りると俺達はサービスエリアの施設を何気なく見て回った。
「もうサキさん!その尻尾から出てる炎なんとかならないんですか!熱くはないけどおっかないですよ!」
「無理だっての!出ちまうもんは仕方ねーだろ。それより露ちゃん、さっき俺様のことぶん投げた詫びとして今夜は一緒に風呂入ろうぜ」
「う・・・へ、変なこと考えないなら、いいですよ」
「いや、考えるわ」
「だめですっ!このすけべ蛇!」
先程から後ろのほうで露とサキが茶番を繰り広げているが、これも俺の中では日常の一部となってしまった。
隣を歩いている鈴那は明日のことで緊張しているらしく、車を降りてから一言も喋っていない。
「鈴那、明日のこと心配?」
俺の質問に彼女は小さく首を振った。表情はどこか切なげで、何かを言いたそうにも見える。
「少しだけ、不安だよ。でもね、千堂さんがしぐを信じなさいって言ってたし、しぐなら何とかしてくれると思えるから。だって・・・」
「だって・・・何?」
彼女は一呼吸置いてから、俺と向かい合って話し出した。
「あたし、この町に来てからずっと何か大事なことを思い出しては忘れてた気がするの。それがしぐに会ってからもっと心に引っかかるようになって、ずっと何かを伝えたかった。それが昨日、夢の中でママと話してやっとわかったの。昨日だけじゃない、今までもずっとママは夢で伝えてくれてたんだ。しぐのことも、ひなちゃんのことも全部・・・」
鈴那の話を聞き終えた直後、俺の頭では彼女と出会ってから見たこと聞いたことが少しずつ繋がっていくような気がした。
鈴那が家出をしてこの町に来たこと、俺と出会ってから時々何かを言いたげだったことも、3年前からずっと彼女の母親が望んでいたのだとしたら、きっと明日も・・・。
「鈴那、ありがとう」
俺がそう言うと、彼女は照れ臭そうに笑った。それは何の変りもない、いつもの笑顔だった。
正直、俺にはまだ理解できていないことも少なくない。それでもやるべきことは明確で、俺の心に迷いはないのだ。明日より先の未来が消えて無くなる前に、この手で大切な人達の笑顔を守ってみせる。
「おーい、そろそろ帰るぞー」
不意に長坂さんの声がしたのでそちらを見ると、既に露とサキは一緒に居て楽しそうに笑っている。
「はーい!」
俺はそう返事をして、長坂さん達の待つ方へ二人で歩いていった。
俺達の町へと帰るために。
作者mahiru
こんにちは、お待たせしました!夏風ノイズ31話です。
今回で最終章に突入したわけですが、その記念として杏さんに新しい表紙絵を描いて頂きました!ありがとうございます!