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ゴーストポリス3(その8)

長編9
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ゴーストポリス3(その8)

ロンドン市内 セント・ポール大聖堂墓地──。

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 大聖堂を出た先の墓地に到達したユキザワは、そのスピードを落とすことなく真っ直ぐに突き進んだ。

 少し進むと、ユキザワの眼前に怪しい人影が立っている。

 「早い到着ではないか……」

 黒一色の出で立ちの長身の男がユキザワに視線を向けて言い放つ。

 「それ以上こちらに来るな!この女の命が惜しくばな!!」

 そう言って、男はユキザワに見えるように足下に横たわるリダの体を起こすが、ユキザワはさらにスピードを上げて迫ってくる。

 「おい!止まれ!!この女がどうなっ」

 ゴシャア!! パキン

 台詞が途中なのもお構いなしに、ユキザワの飛びひざ蹴りが男の顔面にめり込んだ。

 そのまま後ろへ蹴り飛ばされた男に目もくれず、ユキザワはリダの体を優しく抱き起こした。

 「リダ、ケガないか?」

 ユキザワの胸で目を覚ましたリダは、目を虚ろに開けたままでいる。

 心ここに在らずのリダを見て、ユキザワは何を思ったのか胸をガシッと鷲づかみ、ちょっと揉んでみた。

 「うん…生きとるみたいやな……ほな、帰ろか?ここは寒いしな」

 「待て待て待て!!」

 顔面を蹴り飛ばされた男がムクリと立ち上がり、ユキザワを指差して叫ぶ。

 「我輩は止まれと言ったはずだぞ?!小娘ェ!!」

 大変ご立腹な男にユキザワは頭を掻いて返す。

 「何かボソボソ言うとったけど、よう聞こえへんかったんや……スマンな」

 「スマンではない!これから我輩がジワジワと恐怖を与えながら、お前を殺してやるところだったのだ!!」

 「は?寝言は寝て言えやカスぅ……そもそもオマエ誰やねん」

 少しキレ気味のユキザワに臆することなく、男は得意気に名乗りを上げた。

 「我輩はジュネラル=バートリー!!ヴァンパイアだ!!」

 闇よりも深い黒のマントに身を包む男は、高らかに嗤う。

 「ウチはユキザワ コダチ、人間や……ほなな」

 ユキザワは気だるそうに自己紹介を返し、リダをお姫様抱っこしてその場を後にしかけた。

 「待てぃ!誰が帰っていいと言った!!」

 フリーダムなユキザワに向かって声を荒げるヴァンパイアとは対照的に、ユキザワは至って冷静と言うか冷ややかに返す。

 「ワリャア、誰かに言われな何もできひんのか?ウチが帰りたいから帰んねん」

 化物を目の前にしても全く怯まないユキザワに、怒髪天状態のヴァンパイアが言う。

 「このまま生かして帰すわけがないではないか!!その血を一滴残らず吸い尽くしてやる」

 挑発的なヴァンパイアの一言に、ついにユキザワが静かにキレた。

 「チッ……ちょぉ待っとってな?あのボケ、地獄に落としてくるけ」

 ユキザワはゆっくりとリダを下ろすと、めんどくさそうにヴァンパイアに向き直った。

 「ヒルだかモスキートだか知らんが、やっぱ見逃すのやめるわ……さっさと来いや、牙なしバットマン」

 ユキザワに言われて、トレードマークとも言える牙が何処かに飛んで行ったことに気づいたヴァンパイアは、口元に手を添えると、鋭く尖った牙を復活させた。

 「ほぉ…ワレの牙は乳歯やったんか?」

 「愚か者め!ヴァンパイアは不死身!!牙など何度でも甦るさ」

 何処かで聞いたような台詞を吐くヴァンパイアに、ユキザワは不敵に微笑む。

 「ほんなら、百万回折ってもエェんやな?」

 「できるものならな!」

 矢のようなスピードで飛びかかって来たヴァンパイアを鮮やかにかわしたユキザワは、そのついでに頭髪をつかむと拳を口に叩き込んだ。

 その反動で真後ろに吹っ飛ばされたヴァンパイアに、ユキザワが言う。

 「ワレ、死なれへんねやろ?ウチが死にたなるほどの痛みをワレの体に叩き込んだるわ……まずはどっか行った牙治せや、歯抜け」

 凍りつきそうな眼差しをギラつかせて、ユキザワがゆっくりとヴァンパイアに歩み寄る。

 その殺気に、ヴァンパイアも思わず身を強張らせた。

 「もう泣いて詫びても許さへんで?生まれてきたことを後悔するんやな」

 もはや蛇に睨まれた蛙同然のヴァンパイアは、動くことすらできずにいる。

 ジワジワと迫り来る恐怖を味わっているのは、完全にヴァンパイアの方だった。

 「念仏でも唱えときぃ……バケモノ相手に手ェ抜いたるほど、ウチは優しゅうないで?」

 左手の掌を右拳でパンパンしながら、ヴァンパイアに迫るユキザワの後ろから合流したムトウ、ハトムラ、チカゲの三人がすかさずリダを保護する。

 リダの様子を見たハトムラが、ユキザワの背中に叫んだ。

 「室長!!ヴァンパイアと目を合わせてはいけません!!ソイツは……」

 「フッ……もう遅い!」

 劣勢を極めていたヴァンパイアが紫色に光る瞳を瞬かせ、嘲笑に似た笑みを浮かべながら立ち上がる。

 その一方で、さっきまで殺気をまとっていたユキザワが足を止め、力なくダラリと両腕を下ろした。

 ヴァンパイアが折れた牙を復活させて近づき、ユキザワの頭を優しく撫で下ろすが、ユキザワは微動だにしない。

 「なかなか手こずったが、ようやく捕らえた」

 されるがままのユキザワを見て、チカゲがハトムラに問いかける。

 「ユキザワ室長はどうなったんですか?」

 「当てられたのよ……魅惑の眼差しに……」

 「魅惑の眼差しだぁ?」

 傍らに立っていたムトウもハトムラを見下ろして変な声を上げた。

 「ヴァンパイアの能力の一つで、その眼差しに囚われた者は、リダさんみたいになるの……」

 リダの状態を見たハトムラが、一目でそのことに気づいたものの、時はすでに遅かった。

 「殺してしまうには惜しい女だ……永遠に我輩の下僕として使ってやろう」

 ヴァンパイアがユキザワの首筋に顔を寄せ、大きく口を開けた。

 「室長!!」

 「ユキザワ室長~!!」

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 ガシッ!!

 ヴァンパイアがユキザワに噛みつく寸前に、ユキザワの左手がヴァンパイアの髪の毛を引きちぎりそうなくらいの勢いで、むんずと掴んでいた。

 「気安く顔を近づけんなや……口臭いねん」

 ヴァンパイアの頭を引き離すと同時に、ユキザワの右手のチョキがヴァンパイアの両眼にズブリと突き刺さる。

 「ギャアァァァアアア!!目がぁ!目がぁぁあああ!!」

 断末魔の悲鳴を上げながら後ろへ退くヴァンパイアを見て、ムトウが呟いた。

 「旦那一筋の室長には魅惑の眼差しも通用しねぇみたいだな……」

 「ユキザワ室長の旦那さんって、どんな人なんでしょうか」

 「そっか!チカゲちゃんは会ったことないもんね。とってもステキな人だよ」

 「へぇー……一度お会いしたいですねぇ」

 形勢が再逆転したことで、安心した部下達がしょうもないことを言い合っている中、ユキザワが襟元のGPバッジに話しかける。

 「アマテラス!」

 玉虫色に輝くGPバッジから、幼子の声のレスポンスがする。

 「なぁに?コダちん」

 あどけなさしかない幼女の声に、ユキザワが言った。

 「ちょぉ、アレ貸せや」

 「アレってドレ?」

 ユキザワのカツ上げ寄りの頼み事を、おとぼけで返すロリ声の神様の返答に、部下達は戦慄する。

 「……めんどくさいヤッちゃのぉ………話ンならんから、タケミカヅチに変われ!!」

 日本の最高神であらせられるアマテラスに、タメ口で、しかもイラ立ち紛れに威圧までするユキザワの一言にピンと来たアマテラスが言う。

 「あ!アレね♪……でも、アレってパパンの形見なんだよぉ?」

 「エェやんけ、減るもんちゃうし……赤福やるから早ぅしぃ」

 「え?赤福?!……何個?」

 「二箱や」

 「りょーかい!!ちょっちょ待っちちね?すぐそっちに送るから!!」

 赤福もち二箱で買収された最高神が交信を切ると、突如、星屑が瞬いていた夜空が暗雲に包まれ、雷鳴を轟かせ始めた。

 暗雲を駆け巡る閃光と共に、徐々に風まで強まってくる。

 「何が始まるんだ?!」

 「ユキザワ室長がアマテラスさまに何かを頼んでたみたいですが……」

 「室長……」

 荒れ狂う不穏な天候の下で、部下達が上司の背中を見守る横を、5歳くらいの巫女姿の子供が通り過ぎ、ユキザワに身の丈より長い何かを渡した。

 「コダちん、はいっ!」

 「おぉ!おおきに」

 用を済ませた巫女姿の幼女ことアマテラスは、また部下達の横を抜けて去っていった。

 「手渡すんなら、この天気の意味ねぇだろ!!」

 「まさか、直接渡しに来るなんて……アマテラスさまって、どんだけイイコなんですかねぇ」

 「そして、私達はスルーしてったね……ちょっと淋しいな……久しぶりに会ったのに」

 ユキザワは受け取った業物の柄を握ると、鞘を払って神々しい白刃を露にさせた。

 「あの剣、グリップがやけに長いですねぇ……」

 特徴的な形状の剣に素朴な疑問を呈したチカゲに、ハトムラが答える。

 「アレはね、『天之尾羽張(あめのおばはり)』って言って、アマテラスちゃんのお父さんが奥さんをうっかり焼き殺した生まれたてのカグツチくんを切り殺した神殺しの剣なの」

 「柄が拳10個分あるから、『十束剣または十拳剣(とつかのつるぎ)』とも言うな」

 ムトウの補足もあって、完全に理解したチカゲが感心しながら呟く。

 「なんとも物騒な神器名刀ですねぇ……」

 そんなギャラリーを背に、ユキザワは白光りする切っ先をヴァンパイアに向けて言った。

 「何か言い残すことはあるけ?……まぁ、聞かんけどな」

 両目を潰されて状況が把握できないヴァンパイアの返答を待たずして、ユキザワは大剣の刃をタクトでも振るかのように軽々と舞わせる。

 ヴァンパイアの全身に付けられた切り口からは光が漏れ出し、悲鳴を上げる間もなく内部から散り散りに弾け飛んだ。

 「……フンッ!雑魚が………ウチと一戦交えたいんやったら、核弾頭でも背負ってくるんやな」

 穏やかではない決め台詞を吐き、刃を鞘に納めたユキザワは、部下達の下へ戻る。

 「……ハッ!!」

 ヴァンパイアが消滅したことで意識を取り戻したリダが、ばけものがかりの一同を見て、一瞬の驚愕の顔の後に蒼白になり、慙愧の表情を浮かべた。

 「皆さん!本当に申し訳ありません!!私は……」

 涙を流すリダの言葉を、ユキザワは制して言った。

 「別にエェよ……言いたいことはわかっとるけ」

 「でも……」

 それでも己の罪に対して贖罪したいリダは、ユキザワにすがるが、ハトムラが優しくその背中を抱いた。

 「そのことなら大丈夫……室長もヌコちゃんも私達もわかっているから……」

 「そうですよ?悪いヤツなら、ぜ~んぶやっつけちゃいましたから♪」

 「まぁ、少々手こずりはしたがな」

 照れ臭そうに言うチカゲとムトウに、リダは首を横に振って返した。

 「違うんです!この事件は仕組まれていたんです!!……私もそのことに気づいたのは、つい先ほどでしたが……」

 「「はぁぁあ?!」」

 イマイチ状況を理解していなかったムトウとチカゲに、ハトムラが補足する。

 「えーっとね……私もさっきわかったんだけど、この事件のシナリオを書いた犯人はイギリス国内にいたのよ」

 「その目的っちゅうんは、アマノや」

 「アマノが?!」

 「ヌコせんぱいが目的とは、どういうことですかっ?!」

 驚愕の向こう側にいる二人に、リダが重い口を開いた。

 「目的はプロフェッサーアマノのテクノロジーです……ゴースト関連の事件を起こして日本から怪異事案特別捜査室の皆さんを誘き出し、プロフェッサーアマノごとテクノロジーを手中にする計画だったのです」

 「それに利用されたのがリダやった……っちゅうことや」

 「はい……ですが、プロフェッサーアマノが筋金入りの引きこもりだったお陰で、計画は変更になりました」

 「それが、えだまめ1号の誘拐……だよね?」

 ハトムラの問いに、リダは無言で頷いた。

 「……ってことは、犬っころが危ねぇじゃねぇか!」

 えだまめ1号を独り残してきたムトウが青ざめて踵を返した瞬間、ユキザワがそれを止める。

 「それもこっちの作戦やねん。まぁ、アマノに任せたれや」

 「しかし……」

 何処か責任を感じざるを得ないムトウがユキザワに意見しようにも、何も手立てがないことで言葉を呑み込んだ。

 「プロフェッサーアマノは大丈夫でしょうか……」

 えだまめ1号もといアマノの身を案じるリダに、ハトムラが言う。

 「心配するなら、相手の方かもよ?」

 「そういうこっちゃ!アイツは先の先の先まで読んどるからな……朝には決着するやろ」

 仲間の心配を1ナノメートルもしていないユキザワをはじめ、ばけものがかりの一行の表情にオリハルコンよりも固い絆を感じたリダは、羨望にも似た眼差しを送っていた。

Concrete
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