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餓鬼道に落ちたじいちゃん

中編4
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餓鬼道に落ちたじいちゃん

「お義父さん。そんな目で聡を見ないでよ。

もう十分食べたでしょ」

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呆れたように母が言う。

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じいちゃんは食卓の上に乱暴に箸を置くと、まるでオモチャを買うのを断られた四歳児のようにふてくされた態度で立ち上がり、何やらぶつくさ呟きながら部屋を出て行ってしまった。

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じいちゃんは今年で八十八。

いつも紺色の渋い着物を着ている。

真っ白い髪は伸ばし放題。

顔の輪郭は正に骸骨そのもので、いつも目をギョロギョロさせている。

あんなに食べているのに手足は枝のように細く、胸はあばら骨が浮いてきている。

そのくせに下腹だけはポッコリ出っ張っている。

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まるで社会科の教科書に出てくる、鎌倉時代の仏教画の中に描かれた「餓鬼」のような風体だ。

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実際のところ、じいちゃんの食欲は半端じゃない。

どんぶりに山盛りの白飯を三杯ペロリと平らげた後も、物欲しそうに指を咥えて、僕の食べているさまを眺めているんだ。

諦めきれないのか、居間を出た後もドアを細目に開けて母の背中をじっと見ている。

母は無視してさっさとテーブルを片付け始めた。

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「さとし~、さとし~」

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夜中になるとたまに僕の部屋のドアの前に立ち、声をかけてくる。

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「なんだよ~」

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眠い目を擦りながら返事をすると、ゆっくりドアを開けて決まり悪そうに笑いながら入ってくる。

そして勝手に部屋の中を家捜ししだすのだ。

何を捜すのかというと、僕が夜食で食ったスナック菓子やチョコの残りかすをだ。

見つけるや否や「あった」と嬉しそうに呟き、その場に座り込むとムシャムシャ食べ始める。

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また、こんなこともあった。

僕の部屋は二階にあるのだけど、夜中に喉が渇いてジュースを飲もうと階段を降り薄暗い台所に入ると、流し台の横にある生ゴミダスターの前に誰かの背中が見える。

じいちゃんだった。 

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「じいちゃん?」

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恐々声をかけると驚いた様子で振り返る。

2つの瞳を目一杯開きこちらを見ながら、口の中には何かいっぱい詰め込んでいた。  

それからあたふたと台所から出ていった。

後から見てみると、生ゴミダスターの蓋が開けられており中が荒らされていた。

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そんな食い意地のはったじいちゃんなのだが、昔はこんなことはなかった。

いつ頃からだろうか。

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思い返すと

それは去年のお盆に家族皆で墓参りに行った頃からだったと思う。

墓掃除を終えて家族皆で墓前に並び手を合わせた後、さあ帰ろうかと父が言った時、隣にいたじいちゃんがいないことに気付いた。

辺りを見回すと、うちの墓の2つ向こう隣の墓前に立って何かをムシャムシャ食べている。

どうやらお供え物の菓子に手をだしていたみたいで、気が付いた父が駆け寄り菓子を取り上げると、真っ赤な顔をして怒っていた。

後からじいちゃんに聞くと、腹が減って堪らなくてつい手をだしてしまったと言っていた。

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じいちゃんは見た目も以前と変わってきているようだ。

相変わらず下腹は出っ張っているのだが、枝のような手足が、以前よりも長くなってきているみたいだ。

そして首も。

背丈も恐らくは4、5センチ高くなったように見える。

遠目で見ると、まるで巨大なアメンボウのようで変だ。

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変というと最近こんなこともあった。

僕が部屋で飼っているせきせいいんこの「ピーコ」が、いつの間にかいなくなってしまった。

鳥かごの辺りには白い羽がいっぱい散らばっていた。

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さらにもう一つ。

母が可愛がっているとらねこの「虎太郎」も、ここ一週間ほど見かけない。

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今週始めには学校の帰り道に友達からこんなことを言われた。

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「この間さあ、夕方お前の家の近くの路地でお前のじいさんを見かけたんだけど、ホント心臓止まるくらいびっくりしたぞ」

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「どうして?」

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「口をモグモグさせながら夢遊病者みたいに歩いていたんだけど、顔が青白くてさ口の周りが血だらけでな、よく見ると口の端から鳥の足みたいのがとび出てたんだ。一体何食ってたんだろうとビビったよ。とりあえずあいさつしたんだけど、一度だけジロリとこっちを見ただけで後は何かぶつくさ呟きながら行ってしまったよ」

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そして、

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一昨日の夜のこと。

自室のベッドで寝ていると、僕は強烈な手の痛みで飛び起きた。

何事か?と慌てて電気を点けると、驚くことに手首にじいちゃんが噛みついている。

あまりに痛かったから「なにすんだよ!」と言って振り払うと、よろよろとなって尻餅をついた。

しばらくするとゆっくり立ち上がり、名残惜しげな目で僕を見ながら部屋を出ていった。

後で見ると僕の手首には、くっきりと赤黒い歯形が残っていた。

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そして昨晩の夕食時、家の呼び鈴が鳴った。

父が玄関のドアを開けると、制服姿の警察官が二人立っている。

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「夜分にすみません。実は三日前からこの町内にお住まいの田中さん宅の四歳児の娘さんがいなくなってしまったようで」

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そう言って父と僕に顔写真付きのビラを手渡すと、「何かあれば、ご一報を」と言って帰って行った。

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僕は父と顔を見合わせ二人してゴクリと生唾を飲み込むと、ゆっくり後ろを振り向いた。

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fin

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