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皆さん、こんにちは。久間莉衣亜です。
皆さんって、賭け事、好きですか?
でも、何かを賭けるのはやめましょうね?……まして、人の命なんて。
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私はとある寺子屋で、授業を受けていた。藍那、と皆からは呼ばれている。
本名は知らない。私は捨て子で爺様に拾われた。それで皆に馬鹿にされることもあったけれど、試験で圧倒的な違いを見せつけて、捻じ伏せたら不満の声も消えていった。
授業の終わった寺子屋では、皆がなにか集まって噂している。その顔は、恐怖と好奇心、人の不幸を楽しむ幼いながらの醜さが見え隠れしていた。何を喋っているのかはだいたい分かる。最近狂ってしまった、いいや、最近行動がさらに狂気的になった、というべきか。
我が領の領主様はちょっと……いやかなり女と賭け事が好きで、それ以外は、善政を敷いている、極めていい領主なのだ。ただ、女癖さえ、悪くなければ。二十人も側室を侍らせている糞みたいな……いいえ、糞に失礼ね、本当、この世の最底辺のような者である。
側室の方々以外には粉をかけていないのだが、若い頃には本当にはっちゃけていた。女遊びが酷くて酷くて仕方がなくて、私達くらいの世代には何人も、何人も隠し子を作っているとか作っていないとか。
まあ、何人も何人もってわけじゃないんだけど。爺様がそう言っていた。
何でも爺様は昔、先代の領主様に仕えていたらしい。今は、あの愚かな領主に愛想を尽かして出て行ったらしい。それ故に、隠し子の数も知っているとか。他は避妊していたのに、何故、身籠ったのか爺様に聞いたことがある。そうしたら爺様は悲痛そうな顔で呟いた。
「あの方は、殿には勿体無い身分の御方だったのです。だから……」
その人は、殺されたらしい。いくら領主とはいえ一地方の領主。それに敵わない地位……そう、例えば……将軍様の娘、とか?いや、それはないか。その御方が将軍の娘としても、先代の将軍様は娘を溺愛しており、言い方は悪いが籠の中の鳥にしていたと、爺様は言っていた。
ここまでくれば、ひょっとしたら分かる方もいるかもしれない。そう、私は。あの最低領主のただ一人の娘である。何故だか知らないが、領主にはまだ子供ができていない。種なしというわけはないだろうし、どうしたのだろう。……恐らく、まだ正室を定めていないからなのだろう。それで、家臣たちが止めているのだろうか。
さて、その私の父親であるところの最低領主が何をやっているかというと、賭け事大好きな領主様。側室二十人囲ってる領主様。
なんと、正室を賭け事で決めようぜ!とかイカれたことを言い始めたのだ。というか、やっているのだ。
どうやら理由は、俺の正室は運が強いのも条件だ!とか何とからしい。
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おかしくないか!?狂ってんだろう!?え、何!?女であれば何でもいいの!?はぁ!?ちょ、何やってんの!?おかしいだろ!?てめぇふざけんなよ!?庶子だけど一応一般的に見ると私にとって義理の母だから!ふっざけんなよ!?いみわかんねぇ!?んの最低男!?お前何やってんの!?んの、○○○○!!!!!○○のくせに!!○○で○○で○○○とかもう!しかもお前の○○、○○○だろう!!!!おい!てめぇ!
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失礼、少々取り乱してしまいましたわ、おほほ。
ああ、それであの○○○○男がやっている賭け事の内容は、二十人の側室の中で誰が最後の一人になるのか、だ。
優勝賞品は前述したとおり、正室の座。それだけだ。
ほんともう、あの○○○○男は!それで、手法は二十人に付けられた番号順に煙草を吸う、というものだ。毒は即効性の物で、二分の一の確率で毒に当たるらしい。まあ、勝ち残るだろうと囁かれているのは、一番目の側室。いい加減正室にならないのか、と言われ続けていたからなぁ……。どうせ色々工作して生き残るでしょうね。心根は優しく、おっとりとした人なんだけど、父親が最低下衆野郎だから……はぁ。こういう点では私とよく似ている方だと思う。
本当もう、何が目的なのかわからない。取り敢えず、私は殿の気が早く変わることを祈ることしか出来ない。
どうかもう、私のお義母様が、誰一人として死ぬことがありませんように。
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私は今、領主の家の大広間を上から眺めている。一段上のところには、あの底辺男が気持ち悪い顔で側室達が悲痛な表情で煙草を吸っているのを見つめていた。……え、あいつ賭け狂いじゃなくて実は嗜虐的思考の持ち主だったのかしら……気持ち悪い。いやもう本当、もげればいいのに。
あ、待って、やめて!手を、止めて!やめて!「また」私の目の前で人が死ぬのは嫌!
十五番目の側室、十五夜の君。本名十五夜夜鶴。彼女は最後、殿を親の敵のような目で見つめながら……その煌々と燃えていた命の火を、絶えさせていった。
「いやっ、十五夜の君!」
「何故っ、何故!」
「姫様、姫様ぁぁぁ!」
「何故、何故夜鶴様がこんな目に合わなければ……。」
彼女は民衆からの人気も高く、本来ならば十五番目の側室などという身分ではなかったのだけれど、番号が上がりそうなときに問題を起こし、十五番目という地位を保ち続けていた。
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ここは十一番目の側室・山茶花の君こと本名、山茶花露の部屋。彼女ももっと高位の側室を選べるらしいのだが、殿に十一〜十四番目の側室でいたいという露の懇願を殿が叶えたらしい。山茶花は十一月に咲く花だからねぇ……まぁ、十中八九、殿が要望を叶える形で最上の地位を選んだんだろうなぁ。あと、側室って五人ずつでだいたい分けられているから、十五夜の君と一緒にいたいからだろうなぁ……。
「どうしてっ、どうして、夜鶴様が死ななくてはいけないのですかっ。あんなにっ、あんなにも優しい御方でしたのにっ。
私も、死んでしまうのでしょうか。……ならば、最後の二人まで生き残って、一番目の側室の方が生き残る、お膳立てを、いたしましょう。それがせめて、私にできることでしょう。」
彼女は、強い女性の顔をしていた。死ぬ覚悟を、決めたようだ。
彼女は数カ月前に殿に嫁ぎ、そして様々な方を倒して十一番目の座を手に入れた。様々なことがあっただろう。しかし、自らが永遠に十五位であればいい夜鶴様はとても優しくしてくださった。自らより上位の者にはコケにされ、下位の者には嫉妬され。彼女に唯一手を差し伸べてくれたのが、夜鶴。だから、彼女は感謝していた。実の姉のように、慕っていた。なのに、守れなかった。死んだ。彼女の目の前で。だから彼女は、死ぬ覚悟を決めた。それが、彼女に出来る、一番の手段だったから。
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まぁ、色々あった。いろんな、女達の醜い戦いを見た。そして今、殿の目の前に座り、煙草を吸う二人の女は。
十一番目の側室・山茶花の君こと山茶花露
一番目の側室・水仙の君こと水仙睦月
この二人を目の前にして、とある青年は震える手で煙草を差し出し、一言告げる。
「ほ、本日っ、は、ぁ、側室が、二人、とな、りっ、ましったの、で……御二方に同時にこの、煙草をっ、あっ、吸って、いただき、ますっ……ぁ……。どちら、かの煙草、には、即効性の猛毒が、っあ……含まれて……おります…………っう……ぁ。」
「そう、こんな辛いことを言わせてしまって、ごめんなさいね。大丈夫よ、私達はすでに覚悟を決めましたから。ね、露?」
「ええ、睦月様。あの日からすでに、私は死ぬ覚悟を決めておりますわ。」
「では、よろしくお願いしますね、皆様。」
かすかに震える手で、青年は二人の煙草に順に火を付けていく。二人で向かい合って。いっせーので、幼い子供みたいに声を揃えて言って。そして、煙草に口を付けて。やめて。やめて。やめて。死なないで。死なないで。嫌だ。嫌だ。死なないで。嫌だ。もう、こんな感情を抱きたくない。嫌。嫌だ!
そんな私の祈りも虚しく、彼女は倒れた。そして、無感情に、殿は告げる。
「私の正室は、水仙の君!水仙睦月とする!
これ以降彼女だけを愛し、彼女以外妻を娶ることはない!
それが、亡くなった十九人の側室たちへの供養となるだろう。」
ふざけないで。
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何はともあれ、勝者は水仙睦月、彼女は正室となって、あの不毛な戦いは終わった。
良かった。これでもう、私の目の前で、人が死ぬことはない。
けれど、これは地獄の始まりだった。
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「では、この煙草に順番に火を付けていくので、煙草を持って待っていて下さい。
ああ、逃げ出したりなんてしないでくださいね?貴方の家族を皆殺しにすることに、なってしまうかもしれませんから。」
そんな噂、聞いていなかった。この寺子屋は、最も城に近いところだから。だから、情報がとどくのも早いはずなのに。……うちの寺子屋が、最初なのか。
授業中、軍の人が、唐突に入ってきて。抵抗した先生を羽交い締めにして。
逃げようとした級友たちを捕まえて、煙草を配られ、今、このような状況になっている。
また、あの底辺親父の気まぐれか。
私は恐怖と怒りで手を震わせて、煙草を落としてしまう、しゃがむと髪が視界に入ってきてうざったかったので、耳に掛ける。立ち上がると、前に並んだ子……たしか、奈央といったか、可愛らしい烏の濡れ羽色のボブの髪をした女の子が私に話しかけてきたので、自分の気分を紛らわせるために返事した。
「ねぇねぇ藍那ちゃん、茉莉奈ちゃんが煙草を吸って倒れちゃったんだって。それでね、軍人さんに聞いたんだけど、これも二分の一の確率で毒に当たっちゃうんだって。怖いよねぇ……。」
「えぇ、そうねぇ……殿様の気まぐれにも困ったものだわ。……はぁ。」
「ね〜。凄い、怖いよねぇ。」
よく見ると、彼女の身体も震えていた。私は笑いかける。母に似ていると爺様に言われた、この一般的に言えばかなりの美少女らしい顔で。安心させるように。けれど、私の手は震えてしまっている。それを誤魔化すように、左手で右手を抑える。けれど、微笑みを浮かべることはやめない。私は、あの底辺親父の娘なのだから。彼女たちを、殺す者の娘なのだから。だから、少しでも。殺される子達の恐怖を緩和させられるよう、微笑む。
「藍那ちゃん……。」
感極まったように、奈央ちゃんは呟く。そして、順番だと奈央ちゃんは呼ばれた。それに驚いて、奈央ちゃんは煙草を落とす。私はそれを拾い上げ……私の握っていた煙草と交換した。驚いた顔をする奈央ちゃんの、震える手を握りしめて、大丈夫、と奈央ちゃんの耳元に囁いた。
そして、奈央ちゃんを立ち上がらせて、ぽん、と背中を叩く。そして、彼女は煙草に火を付けられて、すぅ、と思いっきり吸い込んだ。あ、それ、多分咽る……と、手を伸ばしたが、奈央ちゃんは暫く咳き込んでから、私の方に嬉しそうに、笑顔を向けた。よかったね、毒じゃなかった。これで毒だったら、私の立つ瀬がないから、良かった。
そして私は背筋を伸ばし、軍人に「お願いします。」と言った。すると、軍人の手がかすかに震えているのに気がついた。顔を見ると、例の、あの賭け煙草の最終対決の時の青年だった。だから私はふわりと笑って、
「ごめんなさいね、貴方に人殺しの罪を着せてしまって。これは、父の罪なのに。」
と言った。煙草に火が付く。煙草をすぅ、と吸い込む。そういえば、あの側室の方々は意外と綺麗な吸い込み方をしていた。それを真似するように、煙草を吸う。
ちらりと周りを見渡すと、青年は真っ青な顔をしていた。あぁ、そういえば、殿を「父」と呼んでしまっていたわね。バレてしまった。だから、誤魔化すように、安心させるように、大丈夫よ、というように、微笑んだ。奈央ちゃんが、真っ青な顔をしている。ああ、うん、ごめんなさい、私、死んじゃうみたい。軍人は、私から煙草を奪おうとしたが、ヒラリと避ける。そして、自らの命の火が燃え尽きてしまうことを確信した。
即効性とか、嘘でしょう。とんでもなく体中が痛い。煙草代、ケチったでしょう。煙草を手放して、口元に手を当てる。咳き込むと、手に血がついていた。頭が痛い。呼吸音がすごい大きく聞こえる。気道が狭くなっているのかな。ひゅう、ひゅうと気持ちの悪い引きつった音が聞こえる。頭に響く。めまいがする。立っていられない。関節の節々が痛い。あぁ、やっぱり死ぬんだな、と思った。死ぬのが怖い。嫌だ。死にたくない。怖い。怖いよ……。
その願いも虚しく、意識は遠のき、目の前が真っ赤に染まった。
作者久間莉衣亜
どうも、久間莉衣亜です。
❂話の内容について
今後がすっごい気になるんですけど。
殿様の隠し子が発覚して、爺様引っ捉えられて……あの例の青年が罪人として捕まえられないといいな……。
あと、殿様が賭け狂いをやめてくれると嬉しい。あ〜、でも、多分殿様は藍那のこと何とも思っていないだろうからな……。
殿様の罵倒の伏せ字は皆様ご自由にご想像下さい。