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夜の卵【アサノハジマリ】

中編3
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夜の卵【アサノハジマリ】

 少年は知っていた。彼女がこういう形で自らが代償を払うことを知っていた。

マンションの屋上から、少年は彼女を見下ろした。無残に砕けた頭と、不自然な方向に曲がった手足を投げ出して生の光を失った彼女の目は漆黒の闇。少年は漆黒の翼を広げると、空高く舞い上がり闇に消えた。

「澪、自殺したんだって。」

朝から教室には重苦しい空気が漂っていた。

「澪、自分の彼氏が優菜に盗られたことをずっと恨んでいて、北村をストーカーに仕立てて差し向けたらしいよ。」

「北村って思い詰めたらヤバイ感じだったからね。優菜のこと相当好きだったらしい。」

「いくら何でも自分が差し向けたことで元親友が殺されたんだから責任感じるよね。」

「でもさ、優菜の彼氏、まあ澪の元カレでもあるんだけど、彼氏が言うには元はと言えば、澪の異常な束縛が原因だったらしいよ。」

「らしいね。優菜がその相談に乗ってたら仲よくなってしまったっていう、あるあるパターンだったらしいね。」

漏れ聞こえる噂話をよそに、教室で矢田は興味なさげに鈍色の空が今にも泣きそうな窓辺をぼんやりと眺めていた。

「主様、どこ?どこに行ったのお。」

佳代子は泣いていた。空は佳代子の不安をそのまま映す鏡。

「ねえ、佳代ちゃん、主様は遠くに旅立ってしまった。」

突然目の前に現れた漆黒の翼を持つ少年を佳代子は驚いて見上げたが、すぐに怒りに燃える目で彼の言っていることが何を意味するかを理解した。

「主様を返してください!返して!」

「佳代ちゃんは、もう卵を産まなくていいんだよ。」

「嫌だ!主様!」

佳代子は泣きじゃくり徐々にその姿を巨大な蟲へと変えて行く。

「可哀そうな佳代子ちゃん。僕が君を解いてあげる。安心して。痛くはないから。」

矢田クロードは式神を口に当てると、静かに呪文を唱える。人型の式神はその姿を大きくし、巨大な蟲へと変貌した佳代子の体に張り付いた。

「ごめんね、佳代ちゃん。本当は妹のアリアドネがあのふざけたステッキで解くほうが苦痛がないのだけど、あいつ蟲が苦手なんだ。」

巨大な蟲は苦しみながら、その姿を小さくして行き、やがて掌に乗るほどに小さくなった。佳代子の体はどんどん一本の糸に解かれて行き、空のどこかへと紡がれて行く。

「現世でまた会おうね。佳代ちゃん。」

矢田はそう呟くと、漆黒の翼を広げ空へ舞い上がるとその姿はすぐにカラスヘと変化した。

とある街の病院で一つの命が生まれた。女の子だった。

「おめでとうございます。女の子ですよ。」

夫婦は初めての子供に佳代子と名付けた。名前を決めていたわけではないが、その子供には佳代子と名付けることは夫婦にとって運命である気がした。

「えっ?」

助産婦と医師に驚きの表情が見られたので、母親は

「どうしたんですか?」

と尋ねた。

赤子を抱き上げるとその胸には、一つの白い卵が抱かれていたのだ。

「やれやれ、この人達の絆ときたら。」

病院の窓の外に、一羽のカラスがとまっていた。

乳児と母親のベッドの横のサイドテーブルには、小さな籠にそっと白い卵がのせてある。

佳代子はきっと彼女を産んだのだろう。自分が紡がれるその前に。佳代子の強い思いがその白い卵を生んだのだ。その白い卵は、現世のものではないからそのうち消えることだろう。

そしてまた、いつか。

「おや?お嬢さんはこの店が見えるのかい?お嬢さんは第四の色を見ることができる目を持つと見受けた。」

佳代子は、見たこともないような巫女装束の美しい女に声を掛けられ立ち止まる。

「佳代子、行くわよ。」

母親に促されて、佳代子はふと我に返る。

「ねえ、ママ。この卵、綺麗。」

「え?どこに卵があるっていうの。ほら、早く!お祭り、始まっちゃうわよ?」

女は母親に手を引かれる佳代子を、今まですっかり忘れていた溢れるような笑顔で見送った。

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