子どもの頃、田舎の実家に帰るといつも気になる事があった、それは、おばあちゃんが大切なものをしまっていた物入れである。
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押入れの半分ほどの大きさの観音開きの物入れだ。おばあちゃんは俺を見る度に、その物入れの扉を開き、「ごそごそっ」と飴玉やお菓子を探しては「はい、お食べ」と言って分けてくれた。
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子どもの頃はそれがとても嬉しくて、実家に帰ると真っ先におばあちゃんの部屋にいっては、お菓子を貰っていた。
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そんな優しくて大好きなおばあちゃんだったが、なぜか夢の中ではまったく違った。
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物入れの扉が「バァッ!」と開いては、
中から「すぅ~」と、音もなくおばあちゃんが目の前に突然登場し、無表情に俺を見つめている
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なんども「ギョッ!」として、起きてしまう夢をたびたびみたのだ。
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夢だとは分かっていても、繰り返し見る夢の中のおばあちゃんは、ほんとうに無表情で子どもの俺にはとても怖い存在だった。
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おばあちゃんが元気な頃は、夢は夢、現実は現実と、はっきり区別できたので、不思議な感覚だったが戸惑うこともなく、実家に遊びにいっては、おばあちゃんと一緒に生活していた。
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俺が小学校高学年になる頃、おばあちゃんが突然亡くなってしまった。死因については詳しく聞かされていなかったが、あまりにも突然のことで本当にびっくりした。
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わけのわからないうちに両親が色々とお葬式の準備をして、その日は実家に泊まることとなった。お通夜で来客が多く、母屋の本間は人の出入りが盛んだった。そのため、俺と弟は亡くなったおばあちゃんの離れに泊まることになった。
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夕飯と風呂をさっさとすませて離れに行くと、今でもおばあちゃんがいるような感覚だったのか、弟が「おばあっちゃ…」と、つい声をかけながら戸を引いてしまった。慌てて俺の顔を振り返り、照れ隠しと寂しさを紛らわすような困り顔をして部屋の中に入っていった。
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おばあちゃんの部屋には布団が二組敷いてあった、弟は縁側近くをさっさと確保し布団に入ってしまった。仕方がなく俺は、押入れ側で我慢したが、「ふと」ある事に気がついた。
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物入れの扉がしっかり閉まっていない、少し空いていて指一本分が入るか入らないかぐらいの隙間になっている。
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なんとなく嫌な感じがし、扉に手を添えて
「カチッ!」
音がするまでしっかり押し込んだ。
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扉を閉めた途端、昔よく見た夢を思い出してしまった、
「バァッ!」
と、この扉が開いて急に出てくる無表情のおばあちゃん。そのおばあちゃんは、音もなく目の前に突然現れる…。
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夢のおばあちゃんも、現実のおばあちゃんも今はいない。
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何だか急に怖くなった、怖いことばかりが頭に思い浮かぶ。いっさいの想像をやめて脳を現実へと引き戻す、
「離れなので夜中のトイレはごめんだ」
独り言を口にし、今のうちにトイレにいこうと決心をした。
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夢のことを無理やり忘れるように、思いつく本当にくだらない歌を口ずさみながらトイレにいって足早に返ってきた。
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「さあ寝よう」
決心して灯りを豆電球に切り替えた。
「……あれ?」
物入れの扉が開いている。
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さっき閉じてからトイレにいったはずだ…、間違いなく扉を閉じた、
「弟のいたずらか?」
発しながら弟を見ても寝息をたてて熟睡している。
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扉が気になった、急いで電気を明るくしてもう一度確認する、やはり少しだけ開いている。それも指一本分空いているのだ。
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なぜか、物入れの奥には無表情のおばあちゃんがいて、背中を丸めこちらを覗いている姿を想像してしまう、
「怖くない、怖くない」
と、言いながら物入れの扉を右足を延ばして押し閉めた。
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「カチッ!」
扉の閉まる音が妙に大きく感じた。
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「おらぁしんのすけだぞぉ~ゆう霊なんかいないんだぞぉ~」
ひとりでおちゃらけ、嫌な雰囲気を一生懸命かき消すようにして布団に潜り込んだ。
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布団を頭までしっかりかぶり早く寝ようと目をつぶる、しかし、頭の中では遺体となったおばあちゃんが横たわっていた、お通夜の状況を思い出す。
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「眠れない、眠れない」と思っているうちにいつの間にか眠ってしまった。
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「カチッ!」
かすかな音で目が覚めた。
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「ん?」
物入れの扉が開いた音だと直ぐに気がついた、そう理解した。
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目だけは開けたが、体は動かない、どこもかしこも動かない。
なのに時計の秒針が動く音がはっきり聞こえる
「チッ、チッ、チッ…」
聴覚が冴えわたり、小さな音が気になる、色々と聞こえくる。
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その時、
「ゴソゴソッ」
妙な音が物入れの方から聞こえた。
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天井しか見えていない、物入れの扉がとても気になる。
何とか音のする方を見ようと首を傾ける、動かない…、努力をするがまったく動かない…
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「これが金縛りか」と、冷静に考えている自分もいる。
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同時にもう一人の自分が夢を思い出した、
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その瞬間
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「バアッ!」
大きな音がして物入れの扉が大きく開いた。
作者NIGHTMARE