布団に寝転がりそろそろ近づいてきた睡魔を感じながら、本日最後の一本に火をつけた。
思えばタバコを吸い始めてから何年になるだろうか?現在の俺は35才。18から毎日一箱吸っているとしてざっと6205箱。本数にしたら12万4千100本の計算になる。凄い数だ。
無論、俺の肺は見るまでもなく真っ黒だろう。そういえば親父も俺と同じくらいタバコを吸っていて56才の若さで肺がんでこの世をさった。なんとなく俺の命もその辺りで尽きるような気がする…
「あと20年か…まあ、それだけ生きられたら悔いはないか」
タバコを灰皿に押しつけ、枕元の電気を消そうとした瞬間、ふと隣りで眠る息子が寝言をいった。
「20年もありません。あなたはあと7年で癌になり、血を吐いて亡くなります」
いやにハキハキした寝言に焦る。息子は確かに寝ているはずなのに今まさに俺が考えていた事と寝言の内容がリンクしている。
「あなたはこの子の成人した姿も見れずにこの世を去る事になります。残念ですが、今すぐにタバコをやめたとしてもたいして変わりません。寿命が1年ほど伸びるだけです」
冷静に考えてまだ4歳の子供がこんな寝言を言うはずもない。あまりに驚きすぎて、火の消えたタバコを何度も何度も灰皿に押しつけている自分がいる。
「あ、申し遅れました。私はいわゆる死神というやつです。驚きましたか?」
「死神?!」
「ええ、暇つぶし…あ、いえ、たまたま今日この近くでお亡くなりになられた方がいらっしゃいまして…それでここを通りかかったら、ぶつぶつとひとり言を言っているあなたの声が聞こえましたもので…」
いつの間にか、その声は息子の口からではなく、襖を一枚はさんだ廊下側からしていた。
「あと7年って…冗談じゃない。俺が死んだら俺の息子、いや、俺の家族はどうなる?」
「今のうちに一番高い保険に入られていた方がよろしいかと」
「ふざけんな!」と怒鳴ると、襖がスーっと開き、黒いノートを持った長い手が俺の目の前まで伸びてきた。
ペラペラとめくれて止まったページには、俺の名前や生年月日、それに病名や死亡日などが書いてあった。
死神は言った。寿命を延ばす方法が一つだけあると。それは今隣りで寝ている息子の寿命を俺に移すというものだった。
たとえば息子の寿命を10年拝借すれば俺はギリギリ息子の成人した姿が見られる。息子も俺との思い出が確実に増えるし、幸い、息子の寿命はあと70年もあるらしいので、10年失ったとしても還暦までは生きられる。
俺は悩んだ。一見、俺にとっても息子にとっても好条件のような気もするが、果たして勝手に息子の寿命を父親である俺が奪っても良いものだろうか?
少し考えさせてくれと言うと、死神は自分も忙しいので今決めてくれと言った。おかしなものだ。普通に考えてこんなバカな事があろうはずもないのに、俺は夢だとも疑いもせずに、この死神とかいう奴の言う事を信じてしまっていた。
悩みに悩んだあげく、俺は…
…
朝。いや、昼過ぎに目を覚ました俺はいつもの休日と同じように朝メシを食い、急かす息子と一緒に近くの公園に出かけた。
遊具で遊ぶ息子を見ながら、ふと昨日見た夢の内容を思いだした。そういえば、俺は息子の寿命を一日だけ残して全て俺に移したんだっけ。
死神とやらは、びっくりした顔をしてたな。「本当にいいんですね?本当にいいんですね?」としつこいくらい尋ねてきた。傑作だ。でも夢とはいえ、妙にリアリティーがあったな。
もし夢が現実になったら、俺は105歳まで生きる事になる。そんな長生きなんてしたくねーよ。誰が俺の介護をしてくれるってんだ?
俺はタバコに火をつけた。
見ると、ジャングルジムの上に登った息子が大きく俺に手を振っている。
「おーい、そんなとこに登ったらあぶないぞ」
息子も俺に何か言っているようだが、声が小さくてよく聞こえない。俺は立ち上がり、息子の方へと歩きだした。
その時、ふと昨日夢に出てきた死神の声が聞こえた気がした。
「お約束の時間です」
了
作者ロビンⓂ︎
いやあ、暑いですね。