中編3
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思い出【烏シリーズ】

 バイト帰り、自宅近くの停留所でバスを降りる。

ひどく静まり返った空き家の多い住宅街に、俺の住むボロアパートがあるわけだが、今日は妙に気になることがあり、このまま家へ帰る気にもなれなかった。

どうせ、明日はバイトが休みだ。今夜中に調べたいことがあるので、俺は一度家に帰るか否かを悩んだ結果、帰って身支度を整えてから向かうことにした。

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 四月中旬、俺は高1の初夏に体験したヨハネに関する出来事をふと思い出し、先月は雨宮と久々に再会したこともあってか、オカルトへと首を突っ込むことが多くなっていた。

雨宮のことを考えると、早いうちに例の悪霊を探し出してやりたい気持ちもあるが・・・今、雨宮はこの町を離れて大学生活を送っている。流石に最恐の悪霊を相手に俺一人で立ち向かうのは危険すぎるだろう。

 肌を掠める夜風が妙に心地よく、俺は再び夜の町で溺れそうになる。

海辺へ辿り着いた頃には、夜9時を回っていた。研ぎ澄ませた感覚に、波の音で掻き消されていた海の中で砂が擦れ合う音や、岩に波が当たる音までもが入ってきている。

この海で死んだ人間の、死者の声も・・・全てが聞こえる。

「やっぱり、入ってこないな」

 暗闇の中、俺は小さく呟いた。探している声は、こんなものではない。

あの時見た悪魔のような姿。かつてのカラスが感じたであろう、それの気配。

この町で何かが起きているということは間違いない。つまり、俺はあの黒い生き物もまだこの町にいるのだろうと推測しているのだ。とはいえ、この町の“どこか”では、流石に手掛かりが無さ過ぎる。せめてアレの正体を知りたいのだ。

あれが、単なる奇形なのか。それとも妖怪、あるいは神の類なのか。

「奇形だとしたら、カラスに分かるわけないよな。ひょっとしたら、ただの動物霊だったりして」

 俺はまた、海に向かって独り言を吐いた。

喋る相手もいないのだから、自然と会話をするしかないだろう。我ながら寂しい奴だ。

 少し小腹が空いてきたので、俺は小さな肩掛けバッグの中からピーナッツのコッペパンを取り出し、堤防に座って食べ始めた。

どうでもいいが、あまり綺麗とはいえない夜空を眺めながら海辺で食べるコッペパンは格別だった。

 雨宮、お前なら分かるだろうか。

あの黒い怪物、堕天使の正体。そんなことを心で呟いてみる。

 パンを食べ終えてから、しばらく夜空に酔いしれていると、不意に何かの気配を感じた。

肌に纏わり付くようなこの感覚は、霊であることに間違いはない。急いで立ち上がり、それが居るであろう方向を見た直後、全身が震え上がるほどの凄まじい感覚に襲われた。

海上に立つ青白い人影が目に入る。それが一瞬にして、何者かの力で海中へと引きずり込まれていったのだ。

人影は抵抗しようとしているようにも見えたが、海中の何かはそんな隙も与えてくれなかったらしい。

 俺は流石に絶句した。今はもう感じないあの気配に、脚がガタガタと震えている。

そうだった。確か、昔もあれと似た気配を感じたことがあった。当時はまだ霊感が然程強いわけでもなく、ここまでの恐怖には襲われなかったのだ。

 ただあの時は・・・その姿まで、見てしまったのだ。

 好奇心もあったが、恐ろしくなった俺は早々に帰路へ着いた。

今夜もまた、思い出を漁りながら。

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