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中編3
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猫が月に降りる日は

 母方の伯父が亡くなって一年が経った。

 伯父は天文学で名を馳せた人で、亡くなったときは結構な数の人が伯父の家にやって来た。弔問と言えば弔問なのだが、伯父が書いていた原稿やノート、集めていた書籍や資料を欲しがった人たちだ。なんでも伯父の研究は発想が異質で、その発想を起点とした調査方法も独特で、従来の科学的思考法とは全く違うものだったそうだ。

 本来科学とは「誰が計算しても同じ結果になる」「誰が実験しても同じ結果になる」「ゆえに条件や器具の精度には厳密であること」なのだが、伯父は発想だけではなく調査方法も着眼点が常人と異なり、それでいて真っ当な科学なんだそうだ。

 伯父の業績は発表された物を見れば誰でも手にすることはできるのだが、スタートのところが誰にも理解出来ず共有できないので、伯父の持っていた物でその秘密に迫ろうとする人たちが押し寄せたのだ。

 しかし結局、一年経って伯父の持ち物はほぼ全てが誰かの持ち物になったのだが、誰にもその謎は解けなかったようだ。

 遺品整理を大勢にやってもらったと考えれば全てが終了したので、祖母がゆっくりしに来ないかと誘ってくれた。祖母は息子の死にまつわるドタバタに最後まで付き合った私に喜んでくれているのだ。

 両親と一緒に祖母の家に行く。

 伯父は少年時代から星が好きで天体望遠鏡を覗いたり本を読んだりしていたが、さすがに祖母の家にある物は研究者には幼すぎて、詳しい人に引き取ってもらうと思うことが恥ずかしい物ばかりだ。

 しかし大学生のころの伯父に影響を受けた私は学者ではない、天文ファンだ。夢やロマンに溢れた本を読んで、伯父に手ほどきを受けていた幼かった頃を思い出す。

 伯父の部屋で神話や星座の本を読んでいたら、挟まれて気がつかなかった薄いノートを見つけた。開いてみると、伯父が大学生のころ書いたもので、飼っていた猫のことが書かれている。

 猫の種類、毛の色つや、体重だの好きな食べ物だの記録がしてあって、そのうち「なぜ猫の星座がないのだろう?」と始まり、古今東西の猫観と星座についての論考があって、合ってるんだかどうだか解らない結末で一区切りついていた。

 その結末とは「猫が天体に興味を持たないからではないか」である。

 そして次のページには、

「猫が猫又になるに際し、人は手助けができるだろうか?」というテーマで文章が始まっていた。

「猫をいじめて恨みを募らせて化け猫にするのは論外、それは当然である。それ以外の方法で猫を次の段階に進める手段は、何があるだろうか?」

 当時の伯父はいろいろ考えたようで、猫を連れてパワースポットを巡るとか、猫の不思議な話が語られている土地に連れて行くとか、猫を祀っている神社を渡り歩くとか、超自然現象の力を借りることが書かれていた。

 ふうんと読み進めていくと、

「猫の知能は人間の二、三歳児程度だと言われているが、動物で頭がいい、知能が高いと言われている犬やカラス、ブタなどもそうだけど、それら動物と人間の三歳児との違いはなんだろうか?」。

 なんだろうと先を読むと、

「三歳になる甥を見ていて気がついた。三歳の甥と三歳児程度の知能があると言われている猫の違い、それは天体望遠鏡だ。甥は見せられたら月を見るが、猫に見せてみようと思ったことがない。

 猫が夜空を見上げることはある。猫が月を見ていることもあるが、猫は月面を見たとき、何を思うだろうか。猫に科学を見せよう。猫を猫又にさせて、猫に猫座を作らせよう」

 ノートの書き込みはそこで終わっていた。

 伯父の試みは上手くいったのだろうか、猫は月面を見たのだろうか。

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