中編3
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ショーケース

「あそこのショーケース前って、不思議なんだよ」

と、会社の先輩である、大関さんが言った。

「何で不思議なんですか?」

と、私が問いかけると、大関さんは一回頷いてから、語ってくれた。

店の中にある、ブランド商品が入った、三つ並んだショーケース。

その真ん中のショーケースの前でだけ、様々な怪奇現象が起こる事。

床に障害物や、歪みが全くないにも関わらず、殆どの人がつまづいたり、転んだりしてしまう。

そのショーケースを撮ろうとすると、撮った写真が歪んでいたり、データが消えたりしてしまう。

霊感の強い人が、ショーケース前を通ろうとしたら、眩暈や吐き気に襲われた等、様々な話を大関さんは話してくれた。

「そういえば、セラさんって、自分からあのショーケースには近付かないよね」

そう大関さんに言われて、初めて気が付いた。

誰かに呼ばれて、近付く事はあっても、自分からは近付いた事はなかった。

「まぁ、来たばかりだし、偶然なのかな」

そう大関さんは言ったが、この店に来て、約一週間。

一度も自分からショーケースに近付かないのは、偶然なのか。

「不思議すぎる」

そう思った私は、

「ちょっと、ショーケースに近付いてきます」

と言い、歩き出した。

「気をつけて」

と言って、大関さんも近くで見守ってくれている。

あまり広くない店内。

数秒経たない内に、ショーケースに着いた。

「すぅ」

軽く息を吸い、呼吸を止めて、一気にショーケース前を通過した。

途中、分厚い空気の壁に当たるような、モヤっとした感じはあったが、

「おぉ!おめでとう!」

と言う、大関さんの歓声によって、掻き消された。

そのままUターンし、

「戻っておいで」

と言う、大関さんの元に戻ろうとした時、

「カシャン」

と何かが落ちる音が聞こえた。

音がした自分の足元を見ると、最近買ったばかりの、レザーのネームホルダーと、そこに掛けていたペンが落ちていた。

「何で落ちたんだろう」

と考える前に、ネームホルダーを拾おうと、屈み、手を伸ばした所で、私はあるものを見てしまい、動きを止めた。

屈んだまま、一向に動こうとしない、私を不思議に思い、大関さんも近くまでやって来た。

「セラさん、どうしたの?」

そう言い、私と同じように屈んだ所で、大関さんも動きを止めた。

きっと、私と同じものを見てしまったからだろう。

最近買ったばかりの、新品に近いネームホルダーの紐の部分。

まるで、綱引きをしたように細く裂け、千切れてしまっていた。

悲鳴を上げる事もなく、無言のまま数分。

「きっと、寿命だったんだと、思います」

やっと私の口から出た言葉は、そんな事だった。

「違う」

そうお互い思っているはずなのに、否定の言葉は呑み込み、

「送り出した責任もあるし、弁償するよ」

と大関さんは言った。

「いや、大丈夫ですよ」

と私が言うと、

「いやいや、大丈夫だから」

と大関さんが言い、

「いやいやいや、大丈夫…」

と、何とか和やかな雰囲気にしようと、暫く大丈夫合戦が続いた。

ーーーーーーー

そのショーケース前では、未だに怪奇現象が起こっているらしい。

その日に居る、複数のスタッフの内、たった一人にしか見えない、喪服を着た老婆が居たり。

開店前にも関わらず、ショーケースの上に、少年が座っていたり。

ショーケース前の照明だけ、電球が切れるのが早いから、LEDに替えたところ、次の日には点かなくなり、業者に点検してもらったところ、配線が千切られていたり。

様々な事が起こるが、店の営業に大きな支障がないのは、幸いな事である。

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