「あそこのショーケース前って、不思議なんだよ」
と、会社の先輩である、大関さんが言った。
「何で不思議なんですか?」
と、私が問いかけると、大関さんは一回頷いてから、語ってくれた。
店の中にある、ブランド商品が入った、三つ並んだショーケース。
その真ん中のショーケースの前でだけ、様々な怪奇現象が起こる事。
床に障害物や、歪みが全くないにも関わらず、殆どの人がつまづいたり、転んだりしてしまう。
そのショーケースを撮ろうとすると、撮った写真が歪んでいたり、データが消えたりしてしまう。
霊感の強い人が、ショーケース前を通ろうとしたら、眩暈や吐き気に襲われた等、様々な話を大関さんは話してくれた。
「そういえば、セラさんって、自分からあのショーケースには近付かないよね」
そう大関さんに言われて、初めて気が付いた。
誰かに呼ばれて、近付く事はあっても、自分からは近付いた事はなかった。
「まぁ、来たばかりだし、偶然なのかな」
そう大関さんは言ったが、この店に来て、約一週間。
一度も自分からショーケースに近付かないのは、偶然なのか。
「不思議すぎる」
そう思った私は、
「ちょっと、ショーケースに近付いてきます」
と言い、歩き出した。
「気をつけて」
と言って、大関さんも近くで見守ってくれている。
あまり広くない店内。
数秒経たない内に、ショーケースに着いた。
「すぅ」
軽く息を吸い、呼吸を止めて、一気にショーケース前を通過した。
途中、分厚い空気の壁に当たるような、モヤっとした感じはあったが、
「おぉ!おめでとう!」
と言う、大関さんの歓声によって、掻き消された。
そのままUターンし、
「戻っておいで」
と言う、大関さんの元に戻ろうとした時、
「カシャン」
と何かが落ちる音が聞こえた。
音がした自分の足元を見ると、最近買ったばかりの、レザーのネームホルダーと、そこに掛けていたペンが落ちていた。
「何で落ちたんだろう」
と考える前に、ネームホルダーを拾おうと、屈み、手を伸ばした所で、私はあるものを見てしまい、動きを止めた。
屈んだまま、一向に動こうとしない、私を不思議に思い、大関さんも近くまでやって来た。
「セラさん、どうしたの?」
そう言い、私と同じように屈んだ所で、大関さんも動きを止めた。
きっと、私と同じものを見てしまったからだろう。
最近買ったばかりの、新品に近いネームホルダーの紐の部分。
まるで、綱引きをしたように細く裂け、千切れてしまっていた。
悲鳴を上げる事もなく、無言のまま数分。
「きっと、寿命だったんだと、思います」
やっと私の口から出た言葉は、そんな事だった。
「違う」
そうお互い思っているはずなのに、否定の言葉は呑み込み、
「送り出した責任もあるし、弁償するよ」
と大関さんは言った。
「いや、大丈夫ですよ」
と私が言うと、
「いやいや、大丈夫だから」
と大関さんが言い、
「いやいやいや、大丈夫…」
と、何とか和やかな雰囲気にしようと、暫く大丈夫合戦が続いた。
ーーーーーーー
そのショーケース前では、未だに怪奇現象が起こっているらしい。
その日に居る、複数のスタッフの内、たった一人にしか見えない、喪服を着た老婆が居たり。
開店前にも関わらず、ショーケースの上に、少年が座っていたり。
ショーケース前の照明だけ、電球が切れるのが早いから、LEDに替えたところ、次の日には点かなくなり、業者に点検してもらったところ、配線が千切られていたり。
様々な事が起こるが、店の営業に大きな支障がないのは、幸いな事である。
作者セラ
お久しぶりです。
忙しい日々が続き、あっという間に、七月になってました。
いきなりですが、この場を借りて、謝罪を…
今年の二月以降、私の駄作を読んでくださり、怖ポチやコメントを下さった皆さま方。
お返事できず、申し訳ございませんm(__)m
なるべく、怖ポチを下さった方にはお礼を、コメントには出来る限り、返信していこうと思います!
毎度の事ながら、誤字、脱字ありましたら、ごめんなさい。
どうか、暖かい目で、見守ってくださいm(__)m