当時、僕は借金があり、本業と派遣のバイトを掛け持ちをしていた。
派遣のバイトは夜勤をメインにして、本業が終わるとそのまま夜勤バイト、そして朝方帰って爆睡が一連の流れであった。
派遣の夜勤バイトは色々な求人があり、PC製造工場、食品工場、運搬業などがあり、企業の社員に混ざって一夜だけお手伝いをするのが主な役割だ。
日によって求人が変わる中、1つ気になる求人を見つけた。
座っているだけでOK!
時給1700円!
座って超軽作業を行うだけ!
フリーター大歓迎!
という求人だった。
長年、派遣バイトをやってきてる僕からして見れば、あまりにも怪しい。
重労働の夜勤バイトでも時給1200円がいいとこなのだが、1700円はあまりにも高すぎる。しかも座って軽作業ときたものだ。
そう思いながらも、キツイ仕事は慣れていたので一度やってみるかと軽い気持ちで応募。
びっくりしたのが募集人数が50人と大量募集をしており、先着順でそのバイトを取る事ができた。
3日後の夜間という事で、直ぐに担当者からメールが入る。
勤務時間 0時~5時
業務内容 座っての軽作業(現場で説明)
持ち物 筆記用具 身分証明書
場所 都内近辺
との内容だった。
東京都の立川駅が集合場所で、無料送迎バスが出るとの事。立川駅から1時間弱と書いてあり、更に自宅から立川駅までの交通費は支給されるようでかなりの高待遇だ。
nextpage
3日後
本業の勤務を終えて立川駅へ向かった。
駅からやや離れた場所が集合場所で、到着すると既にワラワラと人集りができていた。
派遣夜勤バイトとなるといかにもという感じで底辺の集まり。
DQNが煙草を吹かしてたり、オドオドしたオタク、ブスな女4人組、歯がないオヤジなど、錚々たるメンバーが集まっていた。
まあ僕もその一人なんだが、その中で唯一まともな拓也という奴と話すようになった。
歳が近い事もあり、仲良くなり、バスも一緒に座り、自分の近況報告や、なんでこのバイトを選んだかなどを話し合っていた。
拓也はやはり時給に惹かれてとの事で、正社員で勤めていた会社を辞めて、今はフリーターをしながら職場を探しているとの事だった。
両親を子供の時に亡くし、今は1人で生きているとの事で、未だに親に甘えている僕にとっては一回り大人に見えた。
最初は騒がしかった車内も次第に緊張と不安でかシーンと静まり返り、どれくらい時間たっただろう。「着きました」 運転手がなんとも元気がない声で言った事で、やっと着いたのが分かった。
ぞろぞろと降りて行くバイト達。
どこだろう?辺りは暗闇に満ちて静寂に包まれていた。ケータイは圏外で山の中かな?とも思った。
そこから数分歩くと。
「長旅お疲れ様でした!ご案内致します!どうぞ此方へ!」
スーツを着た30代くらいの男が立っているのが分かった。
案内されて、工場のような建物に到着し、中へ入って行く。
だだっ広い応接室に案内されて、50人それぞれ好きな席に座っていく。
「もういませんかー!? 閉めますよー!?!?」
わざわざ確認する必要があるのか?と思いつつ、スーツ男はバタン!と勢い良く扉を閉めた。
「さて、早速ですが今回の業務内容ですが、座ってペットボトルにシールを貼るだけ!これだけになります!」
スーツ男がわざとらしくペットボトルにシールをつけてニタニタ笑っている。
「本当にそんだけなの?」
DQNが質問する。
「その通りです!個数のノルマもありません!休み休みやって頂ければ大丈夫ですよ!」
やったぜ!と声には出さないがニヤニヤしてDQN同士顔を合わせる。
いやいや、そんな簡単な仕事でこの待遇はあるのか?
僕は疑いつつスーツ男を注意深く観察するようにしていた。
「では大事なお話しです。今からアンケート用紙をお配り致しますので、記入をお願い致します!筆記用具は持ってきてますね!」
アンケート用紙が一人一人に配られる。
①お名前
②家族構成 生死も記入
③現在の職業
④お住い
⑤今日の意気込み
このような5項目だった。
こんな事が聞く必要あるのか?と思いつつ、嘘偽りなく記入した。
そして身分証明書で本人確認をする。
色々手続きが面倒くさかった。
全員が手続きが終わり、作業場に案内をされた。
各一人一人に仕切りがあり、個別塾のようなスペースだと思ってもらうと分かりやすいだろう。
ペットボトルが入ったダンボールが山積みに置かれていて、そのペットボトルというと、ラベルは無くて空の状態。シールは お得! と書いてあるだけのシールであり、飲み口の下に貼って、空のダンボールに入れていく。これだけであった。
正直なんの意味がある仕事なのか?
なぜ空のペットボトルなのか?
お得!って手描きじゃんか。
など気味の悪い不明点などあったが言われた通り黙々と作業に取り掛かった。
「君速いね。そんなに頑張らなくていいよ。君は大丈夫そうだし。ははははは!!」
スーツ男に意味不明な事を言われたが、軽く会釈をして続けていた。
「はーい!終わりー! お疲れ様でした!!!皆さんの頑張りに感謝ですー!」
終盤はウトウトしながらも真面目に仕事をした。
時刻は丁度5時で、給料振込の内容などは追ってメールが届くとの事だった。
「お疲れ様でした!バスが到着しています!どうぞ外へ!」
外へ出ると早朝の日光が身体に染みる。
昨夜は気づかなかったがやはり山中のようだった。
バスに乗り込むと間もなく、昨日の運転手が出発しようとする。
え? なんで?
明らかに人数が減っていた。
行きは50人はいたのに帰りは30人程で拓也や、DQN集団、歯がないおじさんも見られなかった。
あー、帰りは別便なのかな?と思いつつ、楽な仕事だったとわいえ、本業もプラスして疲れていたため、直ぐに眠りに落ちた。
「着きましたよ。」
ふっと目が覚める。
迷惑そうに運転手が声をかけていた。
辺りを見渡すと、立川駅の近くに到着しており、バスの中は僕1人だけになっていた。
すぐに準備をし、運転手に聞いてみた。
「あの別便はもう着いたんですか?」
「別便?そんなのはないよ。寝ぼけてるの?」
運転手の無表情だった口元がニヤリとしたような気がした。
追い出されるようにバスから降りる。
少し呆然としていた。
車内で拓也にLINEをしたが既読すら付いてない。
心配だったが、どうしようもできないため、帰路に着いた。
nextpage
1週間後
未だに拓也からの連絡はなく、既読が付かない。
派遣の人事の方にこの前のバイトの事について聞いてみた。
ここからは人事の方に聞いた話し。
年1回ほど、あの求人があるとの事で、そのバイトを気に連絡が取れなくなってしまう方々が続出しているとの事。
その消息不明の人たちに共通する事が独り身で保証人が居ない人たちだという。
人事の中で何処かで強制労働をさせられてるんじゃないかとの噂があるが調べようがないという。
「あくまでも噂ですからね……!」
人事の男性が喋り過ぎたと焦ったように引きつった笑顔をつくる。
僕は背筋が凍っていた。
作者ブラックスピネル