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きさらぎ行きの電車に乗って⑯

長編9
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きさらぎ行きの電車に乗って⑯

その日、何かが違った。

自転車通学の途中、ここ、何だっけ?みたいなことってないだろうか。

いつの間にか、そこにあったはずの建物が無くなっている。

最初は、その程度のことだった。

往々にして、人の記憶というものはあてにならず、そこに何が建っていたかと問われると、何だったろうかと考えるが、それ以上深くは考えないだろう。

ところが、今回は違った。

確かに、そこは、古くからあった雑居ビルが存在し、そこには雀荘に続く細い階段があり、よく猫がたむろしていたから、俺は覚えているのだ。

取り壊された、ということはない。

忽然と、消えたのだ。

毎日通る道だから、間違えるわけがない。

たった一日で建物が消えるなんてことがあるのだろうか。

ほんの昨日、階段の下で眠る、茶虎の猫の頭を撫でたのだ。

高校に着くなり、俺は親友の海斗にそのことを話した。

「なあなあ、郵便局前にさ、古い雑居ビルあったじゃん?あれが突然無くなったんだけどさ。取り壊し工事ってそんなに早くできるもんなのか?」

「古い雑居ビルぅ?」

海斗が頭を捻る。

「ほら、あったじゃん!二階が雀荘になってて、ボロいけど、なんか外装がレトロでお洒落なやつ。階段にいつも猫がたむろしてて、俺らよく撫でたりかまったりしただろ?」

「知らねえなあ。そんなのあったっけ?」

「あったってば!俺らの通学路じゃん」

「わかんねえ。無いだろ、そんなところ。あそこはずっと空き地だっただろ?」

「嘘だぁ。あったって!」

話は平行線になった。

これ以上、言うのもバカバカしくなった。まぁ、俺だけがあの建物に対して愛着があったのかもしれない。たぶん、海斗はあの建物のことを覚えていないだけなのだ。

ところがその現象はその後も続いた。

小さな銭湯が消えた。

これもまた、取り壊し工事のあとなど一切なく。

朝、いつも通り、その銭湯の前を通り、学校に行く。

そして、帰りにはすでに無くなっている。

その時も、俺は友人にそれを訴えたが、反応は同じ。

そこに銭湯などなかった。俺はだんだんと仲間から浮いた存在になってきた。

その次の日は公園が、その次の日は幼稚園が丸ごと。

これはどう考えてもおかしい。俺は怪訝に思いながらも、この日常の「欠け」について口にすることが無くなった。

理由は簡単だ。どうせ信じてもらえないから。不思議なことに、俺以外の人間の記憶から、その場所は綺麗に消えていくのだ。

思い入れのある場所、特に、友人や家族と過ごした場所が消えることに寂しさはあった。だが、この日常の「欠け」は俺しか気付かないことであり、もしかしたら俺が記憶障害なのではないのだろうかとすら思えた。

たまに「欠け」が補充されることもあった。欠けた場所にある日突然、ゲームセンターやスーパーができることもあった。あるいは古びた駄菓子屋が忽然と現れることもあり、俺はだんだんその日常に慣れつつあった。

そう。場所なら簡単に見過ごせた。

ところが、見過ごせない出来事が起こった。

海斗が消えた。

海斗は俺の幼馴染であり、一番の親友だった。

「海斗、今日学校来てないんだけど、どうしたのかな」

俺がそう言うと友人たちはキョトンとした顔をした。

「は?誰?海斗って」

「誰、って海斗は海斗だろ。ほら、俺の幼馴染で親友の。鈴木 海斗」

「知らねえな」

「知らねえって・・・そんなはずないだろ。お前らもツルんでよく遊んだじゃん。この前も、うちで海斗とゲームしただろ?」

「お前さあ、一度、病院で見てもらったほうがいいんじゃね?」

友人たちは明らかに、俺が冗談を言っているか、本当におかしくなってしまったのかと、戸惑いを隠せない感じで苦笑した。

「嘘だろ・・・」

俺は愕然とした。俺の周りは、明らかにオカシイ。

俺は学校帰りに、海斗の家へと向かった。そこに海斗の家は無く、空き地だった。そんなバカな。昨日までは、そこに海斗の家があり、俺も何度も遊びに行ったり泊まったりしたことがあったのだ。

一夜にして、海斗の存在も、海斗の家族、家も消えてしまった。

俺はどうかしてしまったのか。

一晩中眠れなかった。朝方、少しウトウトして目覚まし時計に起こされた。

朝になれば、きっとあれは夢で、学校に行けば海斗が居る気がして、俺は早々に支度をして家を出た。海斗の家へと向かう。そして、俺の淡い期待は見事に裏切られた。そこには、ぽかんとした空き地があるだけで、海斗の存在も家も消えていた。

その時、後ろからポンと肩を叩かれ、驚いて振り向いた。

「海斗か?」

俺は期待を込めてそう言ったが、肩を叩いてきたのは女の子だった。

「海斗って誰よ。おはよ」

サラサラの黒髪をなびかせてその子は微笑んだ。俺と同い年くらいの見たことも無い女の子だ。

「・・・誰?」

俺がそう言うと、その子は心底驚いたような顔をしたあと、自分がからかわれたのだというふうに、ぷうっとふくれっ面になった。

「何よ、可愛い幼馴染がせっかく声かけてあげたって言うのにさ」

知らない。誰だ、この子。幼馴染と言っているが、俺に親しくしている幼馴染の女の子なんていない。

その様子を、登校中の級友にからかわれた。

「おー、相変わらず、お熱いですねえ、お二人さん。仲よくご登校か?」

俺とその子を遠巻きにして、冷やかすようにニヤニヤしている。

「何言ってんだ、お前ら。俺はこんなやつは知らない」

「テレんなよ、今更。はいはい、邪魔者は消えますよー。ごゆっくり」

何を言っても信じてもらえない。彼女のほうは、まんざらでもない風に顔を赤くして、それでも俺に着いてきた。

いったいどうなっているんだ。俺は狂ってしまったのか。

相談したいが、親友はもうここには居ない。

ほかの友人に相談したところで、俺はまた変人扱いされるだけだ。

仕方なく、二人で学校まで並んで歩いた。彼女は何か話したそうに、俺の顔を何度も伺ったが、とてもそんな気分になれない。気まずい雰囲気のまま、学校に着くと、教室の自分の椅子に座った。どうやら彼女も同じクラスらしく、俺の席と二つ挟んだ机にカバンを置くと、こちらをチラっと見て寂しそうに椅子に座った。

 チャイムが鳴ると、全く知らない男が教室に入ってきた。

「おはよう。皆そろったかな?」

誰だ、こいつ。

「じゃ朝礼始めるぞ。」

そう言うとその知らない男は淡々と連絡事項を告げて来た。

ああ、担任の先生も消えたのか。確か担任は、森本という女性教師だったはず。この森本先生が「欠け」たあとのこの男は何という名前なのだろう。

もうどうでも良くなった。

俺の周りから、いろいろな物が欠けて行く。今度は何が欠けるのだろう。

俺は、それを思うと恐ろしくなった。俺は、教室を飛び出した。

「おい!どこへ行くんだ!」

俺は家へと走った。

どうか、何も欠けないで。俺の大切なモノ!

家の玄関の扉を開け、居間に飛び込むと母親がびっくりした顔で俺を見た。

「どうしたの?学校は?」

俺は心底ほっとした。母親はそこに居た。俺の大切な家族はまだ無事だ。

「うん、ちょっと気分悪くて。早退した」

「ちょっと大丈夫?病院行く?」

「ううん、大したことないよ。ちょっと頭痛いだけだから。寝てたら治るよ」

「そうなの?ちゃんと寝てなきゃだめよ?ゲームとかしたら承知しないからね!」

「わかってるって。大人しく寝てるよ」

いつもの母親の口調に心底ほっとして、自分の部屋のベッドに横たわった。

安心すると、眠気が襲ってきた。このまま今まで起こった異変を全て忘れられればいいのに。目覚めたのは夕方だった。

「大丈夫?ご飯食べれる?」

母親が心配して、俺の部屋を覗いた。

「うん、もう大丈夫。食べるよ」

俺は体を起こして、二階の自室を出ると、階段を下りた。いい匂いがする。母親の作るみそ汁は格別だ。

すでに帰ってきていた父親が食卓について、テレビを見ていた。

「あれ、父さん、今日は早いね」

「ああ、たまにはこういう日もあっていいだろ」

父が笑う。そして、小さな違和感に気付く。

「あれ?翔太はまだ帰ってきてないの?」

俺がそう言うと、父と母が俺の顔をキョトンとした顔で見た。

「翔太?誰それ」

母親から信じられない言葉が出た。

「おいおい、母さん、冗談も大概にしてよ。俺の弟の翔太」

「弟?」

今度は父の声。

嘘だろ?まさか。

「弟って、あんた一人っ子じゃん。弟なんていないし」

翔太が消えた。嘘だろう!あれだけ俺と仲良かった弟。俺は泣いた。

「どうしたんだ。何があった?」

父と母は心配した。俺はもう何も言えない。

「ごめん、そっとしといてくれ」

夕飯もそこそこに、俺は自室に籠った。

もう何も失いたくない。

いったい俺の世界はどうなった?これは長く悪い夢であってくれ。

もしかしたら、次に目覚めた時には、すべてが元通りになっているかもしれない。眠らなきゃ。これは悪い夢。

 朝目覚める。俺は寝ぼけ眼を擦りながら、隣の部屋を覗く。悪い夢なんかじゃなかった。弟の部屋であるはずのその部屋は、見事にその存在を打ち消して物置になっていた。弟が好きだったアイドルの写真も、小学生の頃から使っていたシールだらけの学習机も、雑に掛けられた学生服も存在しない。涙が溢れて来た。あいつにもう会えないなんて。

 親に泣いたのがバレないように顔を洗う。起きて来た俺を母が心配そうに見つめてくる。

「おはよう」

母親を心配させないようにと、普通に挨拶した。安堵したような顔で母親が、せっせと朝食を目の前に並べる。隣の席が寂しい。思わず泣きそうになるのを我慢していただきますと手を合わせた。

 玄関を出ると、昨日の幼馴染の女の子が待っていた。

「やっぱり、覚えてないんだ。私のこと・・・」

彼女が不思議なことを言った。俺は思わず顔を上げて彼女を見つめた。

「どういうこと?」

そう言うと、彼女は少し寂しそうな顔をして背を向けた。

「あのね、蜃気楼って知ってる?」

「ああ、あの地上や水上に、光の屈折かなにかでどこか遠くの町が浮かんで見える現象だろう?」

「うん、でもそれは違うよ?蜃気楼はね、溶ける町が、なんらかの時空の歪みが原因で出現するの」

「溶ける町?」

「うん、溶ける町。そこには、人の暮らしがあり、町は生きている。だけど、いずれ消えゆく運命の町」

「なんだそれ」

「君もそのうち消えるよ」

「ふざけんな」

「この町は、人々の思念が作り上げた物。生きていて欲しかった。そんな願いがこの町を作り上げていた。忘れられた物から消えていく。」

「そんなの、嘘だ・・・」

「じゃあ、どうして、物や人が消えて行くと思う?」

「お前、何か知ってるのか」

俺は彼女に詰め寄る。

「君だけが記憶を持っているのは、君を思う誰かの思念が強いからだよ」

そう言うと、彼女は俺を置いてさっさと行ってしまった。

「おい、待てよ!ちゃんと話してくれ!」

彼女は微笑むだけで何も答えなかった。

次の日、父が消えた。

そして、次の日には母が。

もう悲しいという感情はとうに枯れ果ててしまった。

とうとう学校も無くなった。いったい俺はどこへ向かえばいいのか。

あてもなくフラフラと歩いて、駅に着くと、一本の電車がすべりこんできた。

これに乗れば、何か答えが待っているのかもしれない。

俺は、電車に乗り込んだ。

「次はきさらぎ~。終点きさらぎ駅です。お忘れ物の無いようご用意願います。」

しばらく電車に揺られていると、車掌のアナウンスが響いて、俺はきさらぎ駅のホームに降り立つ。行く当てもない俺を待っていたのは彼女だった。

「おかえり」

彼女はそう言った。

今になっても俺は彼女の名を知らない。

「お前の名前、知らない」

「名前なんてどうでもいいよ」

「俺は一人になった」

「君には私がいるじゃない。一緒に暮らそう?」

俺は何も言わずに首を横に振った。

すると、彼女はとたんに怒りの表情を浮かべ、叫んだ。

「何で?私じゃダメなの?全て消したのに!」

ああ、何となく思い出したよ。

俺、お前に殺されたんだっけ。

「なあ、たとえ全てを消したとしても、変わらないことってあるんだよ」

彼女はホームに崩れて泣いた。

俺の体が白い光に包まれて行く。ああ、今度は俺が欠ける番だ。

少女は骨を抱いている。

この電車には、色んな人が乗ってくるから、さほど異様なことでもない。

だが、まだこの電車に乗って日の浅い青年がその少女に尋ねる。

何故、骨を抱いて電車に乗っているのか。

少女は泣いていた。

この骨は大切な人だと。忘れないために思い続けた人が、自ら消えてしまったと泣いた。この少女は、永遠にこの電車に乗り続けることだろう。

この骨と共に。

「次はきさらぎ~、終点きさらぎ駅です。お忘れ物のないようにご用意願います」

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@夜行列車 様
コメント、怖い、ありがとうございます。
お久しぶりでございます。
寒くなってきたので、めっきり怠けています(´・ω・`)
世にも奇妙な物語、録画だけして見てないや・・・w
本コワも実はまだ見れてないんですよ。一人で見ると怖いじゃないですか、あれw

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久しぶりに「世にも奇妙な物語」を見ているような気になりました。
タモリが出てきて、ニヤリと笑って去っていくシーンが浮かびましたよ。
不思議で儚い素敵な世界観。。。
過去作も読ませていただきます。
ありがとうございました。

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