漆黒の静寂が私を襲う。
固唾を呑み込む私の耳は、テニスボールの転がるコロコロとした音だけをとらえている。
「てか、いつまで転がってんだよこの球は!ちっきしょー!こんなもん拾ってくんじゃなかったよ!ばーろー!!」
私は己の恐怖を撃ち消そうと心の中で毒づいた。
震える手で記憶を頼りに電気スイッチを探す。「猫じゃない…猫じゃない…猫じゃない…猫じゃない…猫じゃない…」
そう、念仏のように繰り返す私の耳に、誰もいないはずの…いや、ワンコしかいないはずの台所の奥から「えへん!」と、やけにわざとらしい咳払いが聞こえた。
「なあ、ロビンよ。これでわかっただろ?てめえ、なんでもかんでも落ちてるもん拾ってくんじゃねぇって事だよ」
私はその瞬間、全身に冷水をかけられたような悪感に襲われた。
「てめえがボクにくれたそのテニスボールな。それ轢かれて死んだ猫の怨霊が取り憑いてんだよ。モノには魂や思念が宿る事もあんだからさ、おまえももう立派な社会人なんだからその辺ちゃんとしとかねぇとやべえぞ。つか、もう万引きは卒業したんだろうな?」
私は自分の耳を疑った。
いきなり前作では語れなかった「物語の核心部分」をついてきた事もそうだが、それよりも気になった事がある。
私はてっきり可愛いワンコが話しているのかと思っていたのだがどうも違うようなのだ。
というのも、私の犬はメスだ。一人称が「ボク」では説明がつかないのだ。いや待て、そういえば最近のイケてる女子は自分の事を「ボク」という子も少なからずいると聞いた事がある。もしやこの子もそういうタイプなのかもしれない。
「まあとにかく、そいつは自分を轢いた運転手を酷く恨んでいる。ボクが一生懸命説得してもダメみたいだから、ロビン、明日それ持って、神社的なとこで供養してもらってこい!わかったな?!」
「いやだ!!」
私は泣いていた。
理由は素手でこの猫を触るのがとても怖かったからだ。私は学生時代に使っていた汗と涙と青春の全てを吸ったグローブを久しぶりにはめると、その猫だか、ボールだかわからないモノを引っ掴み、もうダッシュで外に飛び出した。
グローブの中から「にゃうううん…」と、苦しそうな泣き声が聞こえたが知ったこっちゃない。こっちだって泣きたいのを我慢しているのだ。
近くの公園に着くと、学生時代にならしたピッチャーの右肩にメラメラと熱が帯びてくるのを感じた。
「さあ、君はうちの子じゃないんだ。人探しなら自分でやってくれ!だいたい私はネコアレルギーなんだよ!すまないね!!」
「にゃうううん…」
私は昔のままの投球フォームで、ネコ球を思い切り放り投げた。
了
追伸、肩を脱臼した私は一週間会社を休みましたが、幸運にもあのネコがまた我が家へ帰ってくる事はありませんでした。そしてワンコが話す事も二度とありませんでした…
作者ロビンⓂ︎