中編6
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ゴローさん

私の通っていた高校には、「ゴローさん」という怪談めいた話が伝わっていた。少し長くなるけれど、私が体験した、ゴローさんについての怖い話を聞いてほしいと思います。

ゴローさんの話、というのは、学校の裏にある楠の下にあるぼろぼろになった百葉箱に、真夜中、「ゴローさん」宛の手紙を入れると、手紙に書いてある願いが叶うというものだった。

そもそも、真夜中に手紙を入れなければいけないということで、試してみた、という人はほぼ皆無だった。いたずら半分に昼休みに「ゴローさん」に手紙を書いていた人はいたけれども、特に何も起こりはしなかった。

高2の冬休み前のある日、私が親友のAちゃんと一緒に学校から帰っていると、Aちゃんが、

「私、今晩、ゴローさんに手紙を出そうと思う」

と言った。そして、怖いので、私にも一緒に来てほしいと言うのだ。

私は、その夜、Aちゃんとゴローさん詣をするために、家族に内緒で家を出た。Aちゃんとは、学校の近くのコンビニで待ち合わせていた。自分も怖かったが、ゴローさんに手紙を出すという、ちょっとしたイベントを楽しんでいた面もあった。

「真夜中」というのが何時を指すのか分からないが、おそらく12時だろうと考え、私とAちゃんは、11時30分頃に学校に侵入した。今のご時世では、防犯カメラなどがついていると思うが、私達が通っていた当時はそんなものも特についていなかった。

深夜の学校はどことなくいつもと違い不気味だった。非常灯に照らし出される昇降口を右手に見ながら、体育館裏にある百葉箱を目指した。

校庭の真ん中を横切ると誰かに見咎められる可能性もあったので、なるべく、校舎沿いを歩く。体育館の陰にたどり着き、やっと人心地付いた。

「ねえ、Aちゃん。何をお願いするの?」

私はこの時初めてAちゃんに願い事を聞いた。しかし、Aちゃんは言い淀んで、特に教えてくれはしなかった。その様子から、どうやら、恋や愛などといった浮かれた話ではないらしい、もっと切実な願いなんだということがわかった。

12時に近くなった頃、私たちは、体育館裏の百葉箱にたどり着いていた。一応懐中電灯は持ってきたが、街灯と体育館の非常灯の明かりでぼんやりと百葉箱を見ることができた。

Aちゃんは、「よし」と自分に言い聞かせると、まっすぐに百葉箱に近づいた。そして、扉を開ける。中にそっと手紙をおいて、扉を締めた。その様子を私は少し離れたところから見ていた。

扉を締めたとき、私は何の気なしに百葉箱の裏にある数本の木に目をやり、そこでぎょっとした。髪の長い、白い着物を着た女性が、じっとAちゃんを見ていたのだ。

Aちゃんは何も気づかない様子で百葉箱から駆け戻ってきた。Aちゃんに一瞬目をやり、その「女性」から視線がそれた。もう一度、同じところを見たときには、すでにそれはいなかった。

気のせいだ。

私はそう思おうとした。今にして思えば、このときに何かしらの手を打っていれば、ああはならなかったかもしれないが、今更どうしようもない。

次の日、登校してみると、Aちゃんが眼帯をしているのに驚いた。どうしたのかと尋ねると、Aちゃんは昼休みにそっと教えてくれた。

「実は、うちの両親離婚してるんだよね。それで、今の父親、本当は父親とは呼びたくないけど、って、ママの恋人っていうか、そういう人。そいつが最悪なやつで、酒飲んで暴力をふるったり、ママから小遣いせびったりなんだ。昨日、夜帰ったとき、たまたまあいつが起きててさ、それで、見つかって・・・」

その後は言葉を濁したが、要するに、殴られたのだろう。私はAちゃんを気の毒に思った。

「まあ、でも大丈夫。もう少しの辛抱だから」

Aちゃんは眼帯の顔に無理やり笑顔を作ってみせた。

異変は、その3日後ぐらいにあったと思う。Aちゃんの眼帯はすぐに取れたが、Aちゃんの顔は次第にやつれてきていた。でも、その割にはAちゃんは笑顔を絶やさなかった。笑顔、と一応書いたが、もっと、気持ちの悪い、ニヤニヤとか、ニタニタ、というような笑いが浮かんでいるのだ。

私とお昼を食べるときにも、Aちゃんはニヤニヤしており、あまり喋らなくなっていた。あのことから、一週間が過ぎた頃だったと思うが、一度だけ、Aちゃんが不気味なことを言った。

「もうすぐ、ゴローさんが来てくれるんだって・・・」

私はその時のAちゃんの顔を見て、ゾッとした。ニヤリ、というか、ニタリ、というか、とにかく凄絶というのはああいう表情なのだろうと思っていた。

その後、程なくして、Aちゃんは学校に来なくなってしまった。担任の先生は「風邪」と言っていたので、しばらく様子を見ていたが、1週間以上経っても登校しない。それで、心配になった私はAちゃんにメールしたり、電話をしたりしたが、全く音沙汰がなかった。

業を煮やして、私はAちゃんの家に直接行ってみることにした。

一応病気だというので、果物をお見舞いに買い、Aちゃんの家を訪ねた。Aちゃんの家の呼び鈴を2度3度鳴らす。

案の定、出てこなかった。

それでも、人の気配はするので、なおも、押してみた。

5回目くらいにガチャリと音がして錠が開き、扉が細く開いた。戸口にいたのはAちゃんだった。

Aちゃんは訪ねてきたのが私だとわかると、すぐに戸を開けてくれた。顔はひどくやつれており、目が落ちくぼんでいた。扉を支える手もひどく細くなっているようだった。ろくに何も食べていないのだろうか。

私はAちゃんに促されて、家に入った。その時、ムッとするような、なんとも言えない悪臭がした。

「Aちゃん一体、どうしたの?」

私が聞くと、Aちゃんは例のニタリという笑顔を見せた。

「ゴローさんが来たの」

ひどい臭い中、私とAちゃんは小一時間ほど話をしたけど、Aちゃんの言っていることはなんとも支離滅裂だった。

「ゴローさんが来た」

「あいつが飛んでいった」

「ママも喜んでいる」

「ママも同罪」

「やったんだ」

などなど。

私は、とにかくAちゃんを病院につれていかなければと思った。何か心の病気になったのだと思ったからだ。

でも、なんと言っていいかわからない。母親の所在を聞くと、ただ、ニヤニヤとするばかりで教えてくれない。

とりあえず、誰か大人の助力を得なければ始まらないと思い、私は、一旦帰ることにした。

その後、先生や自分の親に相談をした。先生は、スクールカウンセラーを伴って、Aちゃんの家に行ってくれたようだったが、結果、それから、私はAちゃんには二度と会えなくなることになった。

部屋に、Aちゃんの母親と、その恋人の腐乱した死体があったのだ。

Aちゃんは「ゴローさんが殺した」「勝手に死んだ」と言ったが、胸に刺さった包丁からはAちゃんの指紋が検出されたそうだ。結果的に、Aちゃんは殺人の容疑で捕まり、精神鑑定の結果、医療少年院に行くことになったようだった。

おそらく、Aちゃんは「ゴローさん」に「父親が死ぬように」と願ったのではないだろうか。それが、あの形で叶った、ということではないかと、私は思っている。

あの、木の向こうから見ていた、女性の顔、

あの顔は、後になって思えば、やつれ果てたAちゃんの顔にそっくりだった。

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ここまでの話を、私は過去にあるサイトに投稿しました。その後、この話にコメントがついて、私の中で一つ疑問が氷解したので追記します。

〇〇さんへ

私も多分同じ学校の卒業生だと思います。私の頃は、「ゴローさん」ではなく「ごんりょうさん」と言っていました。ごんりょうさんにお願いをすると、呪いが通じる、と言われていました。やり方は、体育館裏にあるお地蔵さんに憎い相手の名前を書いた紙の人形を置く、というものでした。

しかし、この呪いを行うと、自分にも災いがある、と言われていました。

この「ごんりょうさん」はおそらく「御霊さん」もしくは「怨霊さん」のことだと思います。Aちゃんは知らないで、結局は呪いをかけたことになったのでしょう。

そして、願いはかなった。

Aちゃんが、怨霊に取り憑かれて、父と母を殺害する形で・・・

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今でも、私の学校にはゴローさんの話が伝わっています。

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コメント怖い
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@ししなべ
お久しぶりです
また読んでいただけて嬉しい限りです。

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かがり様、誠に申し訳ございません。
しばらくの間怖バナをお休みしておりました。
今日からまた復帰してかがり様の作品を読ませて頂きますので今後ともよろしくお願いします。

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