私が幼かった頃祖父から聞いた話である。
祖父は桶職人であった。私が生まれた頃は引退していたが、腕のよい職人だったといい、地元の酒蔵の桶なども手がけていたという。
その祖父が若かった頃の話だ。
当時、町の四方は山に囲まれ、仕事先へ行くのにも山道を延々と歩いていったという。
肩に道具箱を抱え、朝早く家を出て帰りは明かりのない山道を帰ってくる。真っ暗な獣道を迷わず歩けるのは通り慣れた自分の感を信じていたからだという。
ある日の帰り道のことだった。
いつも通る山道をもくもくと歩いていた。道の両側は木や背丈の高い草などが覆い茂っている。ざくざくと歩く祖父の足音しか聞こえてこない。
道具箱を抱えもくもくと歩く祖父。
しばらくしておかしなことに気づいた。
この道、さっきも通ったのではなかったか?
山道はどこも同じように思えるが、それでもこの道は。
またしばらく歩いてみる。
山を抜けてもいいはずの時間歩いたはずなのに、いっこうに山を抜けることがない。
道具箱を抱え直し、さらに歩く。
道の傍らに人の頭よりも少し大きいくらいの石がある。
これはさっきも見た石ではないのか。
どうやら同じところをぐるぐると歩いているらしいと祖父は気づいたのだという。
「狐が馬鹿したんだな」
祖父はそう思い、その石に腰掛け、キセルで一服することにした。
そうすると狐が逃げていくのだという。
一服した祖父はまた歩き出した。
今度はすんなりと山を抜け家に着いたという。
作者anemone