『窮鼠』
ある夜、通い猫が煩く鳴くので玄関に出てみると、猫は玲子を誇らしげに見上げた。
揃えた前足の前には、喉を食い破られた鼠が一匹、痙攣しながら灯りに照らされ横たわっていた。
「あら、捕まえてくれたの。助かるわ。これからもよろしくね」
猫はやはり誇らしげに一声鳴いて、美味そうに鰹節を平らげた。
次の日の夜、猫は玄関で息絶えていた。食い破られた喉から、赤黒い血がタラタラと流れていた。
その夜から、天井裏や壁の中をトタトタと走る足音が聞こえるようになった。時には、夢うつつの時間に耳元で「チュッ」と嘲るような鳴き声がすることもある。カーペットの端や布団の隅が齧られてボロボロになり、まるで玲子に迫ってくるようだった。
どうやら猫のみならず、玲子も恨まれてしまったらしい。
「窮鼠猫を噛むとはいうけれど」
玲子は微笑む。
「私は猫より手強いけれど、どうするつもりかしら」
部屋のどこかで、「チュッ」と勇ましい返事がした。
(395文字)
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『バレンタインデー』
僕の左目は、奇妙なものを映す。
ある朝目覚めると、目の前に女の顔が浮いていた。知らない顔ではない。大学のクラスメイトだ。
寝ぼけて目の前の現象に頭がついていかない僕に、彼女はニコリと微笑んだ。
「キタさんにプレゼントです」
しかしそのプレゼントとやらは見えない。今は顔しかないので差し出せないんだな、と僕は妙に冷静に考える。
「よかったら、どうぞ。もちろんお返しは結構ですよ」
彼女はそれだけ言うと、スッと消えた。
僕は左目を前髪で隠し、見慣れた天井だけが右目に映るのを確認してから、二度寝した。
二度寝から目覚め、変な夢を見たなぁとぼやく僕の目に、こたつの上の小箱が飛び込んできた。リボンをセンスよく結んだソレを見て、僕は固まった。あれは夢じゃなかったのか?
小箱は確かに実体を持ち、右目にはっきりと映った。中には手作りと思われるクッキーが入っていて、「お返し」という彼女の言葉を思い出し、僕をますます困惑させた。
(399文字)
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『梅にメジロ』
庭の掃除をしていると、突然「バン!」と音がした。何事かと音のした方へ向かうと、窓ガラスにメジロが激突したようで、地に落ちてピクピクと痙攣していた。
脳震盪を起こしているなら動かさないほうがいいだろうと、しばらく近くで見守っていたが動く気配はない。そっと手に持つと、まだ温みはあったが生死の判断はつかず、一先ず庭の梅の木の下に寝かせておいた。
一時間後に様子を見ると、メジロはすっかり硬く冷たくなっていたので、そのまま梅の下に埋めてやった。
作業を終えて木を見上げる。すっかり年老いてしまったこの梅は、もう如月に入るというのに蕾の一つも見当たらない、寂れた木だった。
そのはずなのだが。
月が開けたある晴れた日、賑やかさに庭に出てみて目を疑った。
梅は雪が降ったように白い花を満開にし、暖かい空気の中には清らかな香りが漂っていた。
そして、何羽ものメジロが忙しそうに囀りながら、枝々を渡って遊んでいたのだった。
(397文字)
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『籠の鳥』
朝、籠の中で文ちゃんが死んでいた。
昼間外に出たら怒られるから、夜アパートの花壇に埋めた。
何度も謝った。文ちゃんの白い羽が薄桃色の嘴が小さな体が、土に覆われていくのを見て涙が出た。
これで私はひとりぼっちだ。
パパは「ペットには自分のメシを分けてやるもんだ」って言ってた。私はそうしなかったから、パパが帰ったらきっと怒られる。
文ちゃんの姿が見えなくなってから、私は倒れこんだ。
あげたくても、もう食べるものはなかった。パパが一ヶ月前に買ってきた食べ物はとっくに空っぽだ。パパはそれ以来帰ってこない。
でもそれは言い訳だと、パパは私を叩くだろうな。
土が気持ちいい。もう動けない。
その時、土の下から声が聞こえた。
「しぬよ」
それは文ちゃんの囀りに似ていた。
「とばなきゃしぬよ」
でも私、文ちゃんみたいに飛べないよ。
「とばなきゃしぬよ」
…そうかもね。でも今は、このまま眠りたい。起きたら頑張るよ。
そして私は目を閉じた。
(399文字)
作者カイト
タイトルの通り、原稿用紙一枚分の怖い話です。
習作なので正直お目汚しですが、よろしければお読みください。