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20年02月怖話アワード受賞作品
長編60
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スカベンジャー

この話は残酷な描写、グロテスクな描写、不快な表現を含んでいます。

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知人から聞いた話です。

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アパートの一室。

スマホの画面を凝視する男性。

一歩一歩ゆっくりと室内を歩きながら、スマホを上下左右あちこちに向けている。

「ねぇ。I田、さっきから何やってんの?」

ベッドの上で寝転がりながら漫画本を読むもう一人の男性が口を開いた。

「え?あ、ちょっと待って…」

I田は自室のドアを開け、スマホを凝視しながらリビングの方へ向かった。

「は?これは無理だろ…」

I田がぶつぶつと独り言を言いつつ、後ずさりしながら自室に戻ってきた。

「ここで中断だな。あ、何だっけ?」

「いや、さっきからうろうろ何やってんの?」

「え?T山、このアプリ知らないの?」

手渡されたスマホにはアプリのタイトル画面が表示されていた。

真っ黒な画面に白抜きで四文字の漢字。

【自宅迷宮】

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「自宅迷宮?初めて見るけど、新作?」

「ん~。新しくはないかな。俺も先月始めたばっかりだけど、タイトルが微妙なだけで、これが中々面白いのよ」

「へぇ。俺も入れてみようかな」

T山はスマホを操作し、Google Playストアを開き、検索窓に自宅迷宮と入力した。

表示されたアプリの一覧を下にスクロールするも【自宅迷宮】は見つからない。

「あれ?Androidには対応していない?iPhone専用?でもI田のスマホもAndroidだよね?」

I田はニヤニヤと笑みを浮かべながら、自室のパソコンデスクに腰掛けた。

「自宅迷宮は野良アプリだからね。Google Playストアには無いよ」

「野良アプリ?」

「ちょっとスマホ貸してみ」

I田はT山のスマホを操作すると、設定画面から【提供元不明のアプリ】のインストールを許可するよう設定変更した。

「前準備はこれだけ。自宅迷宮のapkはうちのパソコンにインストールしてあるから…」

I田はT山のスマホとパソコンをUSBケーブルで接続すると、英語だらけのパソコンアプリを起動し【jitakumeikyu.apk】をT山のスマホにインストールした。

「おっけー。インストール完了っと」

T山がスマホを確認すると【自宅迷宮】のアイコンが追加された。

「公式サイトとDiscordのURLは後で送っとくね」

「ありがとー」

「俺のIDも教えとくから【自宅迷宮】始めたらフレンド登録よろしくー」

「あ、今登録しちゃうよ」

T山が【自宅迷宮】のアイコンをタップすると、真っ黒な画面に白抜きで四文字の漢字が表示された。

【自宅迷宮】

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T山はタイトル画面をタップした。

【位置情報サービスをオンにしてください】

そう表示された後、タイトル画面に戻されてしまった。

「あ、【自宅迷宮】ちょっと時間がかかる初期設定があるんだけど、自宅以外の場所で登録しちゃうと毎回そこまで行かないと遊べないからね」

「え?」

「だから【自宅迷宮】なんだよ。だから俺んちでは登録しないでね。ハマって毎日来られても困るから。ちょっと貸して」

I田はT山のスマホを操作し、位置情報サービスをオンにした。

「んじゃ、後は家に帰ってから楽しんで。あ、コーヒー淹れるけど飲む?」

「あ、うん。ありがと」

I田は自室のドアを開け、リビングに向かった。

T山は【自宅迷宮】のアプリを終了させると、再びベッドに横たわり、漫画本を手にした。

【ピンポン、ピンポン】

突然、インターホンが鳴った。

「誰だろ?」

I田はリビングから小走りで玄関に向かうと、ドアスコープを覗き、玄関ドアを開けず、自室に戻ってきた。

「T山、ちょっと」

I田は小声でT山に呼びかけると、手招きした。

「どうした?」

T山も小声で返答し、漫画本をベッドの上に置いた。

「いいから、ちょっと玄関来て」

いつになく真剣なI田の顔を見たT山はベッドから起き上がった。

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I田とT山は忍び足で玄関ドアの目の前までたどり着いた。

I田が再びドアスコープを覗いた後、数歩下がり、T山にも覗くよう、ドアスコープを指さした。

【ピンポン、ピンポン】

T山がドアスコープを覗こうとした時、再びインターホンが鳴った。

驚いたT山を見たI田が口元を押さえて笑みを浮かべた。

T山は気にせず、ゆっくりとドアスコープを覗いた。

茶髪のセミロングで可愛らしい服装をした女性が玄関ドアの向こうに立っている。

「誰?知り合い?」

T山は小声でI田に訊ねた。

「知らないよ。T山の知り合いかなーと思って」

I田も小声でT山に答えた。

「何処かで見た顔なんだけどなぁ…」

二人は一瞬考えた後、同時に口を開いた。

『S美だ!』

【ピンポン、ピンポン】

ついつい大声を出してしまったのが聞こえたか、再度インターホンが鳴った。

「すみませーん」

続いて外から可愛らしい声がした。

流石に居留守は出来ないと判断したI田は玄関ドアを開けた。

「どちら様でしょうか?」

目の前にはS美と瓜二つの女性が笑みを浮かべている。

「突然申し訳ありません。お隣の<二〇二号室>に住んでいる者です」

<二〇二号室>には以前、夫婦が住んでいたが、数か月前に引っ越した。

その後、間髪入れずに新しい住人が引っ越してきたのは知っていたが、特に挨拶も無かった為、I田も新住人の顔までは知らなかった。

「あ、少し前に引っ越して来た方ですよね?ご挨拶できてなくて申し訳ないです。I田と申します」

I田は視線を逸らしながらS美?に挨拶し、背後に立つT山の方を振り向いた。

「ダメだ、直視できない」

「は?」

T山が呆れた表情を浮かべていると、S美?が口を開いた。

「すみませんが、ベランダをお借りできないでしょうか?出先で鍵を失くしてしまい、入れなくなってしまって…」

「あ、それは大変ですね。どうぞどうぞ!汚い部屋で申し訳ないですが、どうぞどうぞ!」

「ありがとうございます。お邪魔します」

S美?は玄関で靴を脱ぎ、手に持った。

「あ…」

S美?と視線が合ったT山は軽く会釈した。

「あ、こいつは同じ大学のT山です。ちょうど遊びに来てて」

S美?は微笑みながら会釈し、リビングの方へ向かった。

【ガラガラ】

S美?はベランダの窓を開けると、再び靴を履いた。

ベランダを伝って隣の<二〇二号室>に入るようだ。

「あ、お手伝いしま…」

背後からI田が声を掛けようとしたが、S美?は軽々とベランダの手すりに乗ると、あっという間に<二〇二号室>のベランダに移動した。

「忍者かよ…」

「なぁ、I田…」

T山が怪訝な表情を浮かべながらI田に話しかけた。

「お隣だけど、さっきから話し声と物音凄かったよな?このアパート壁薄いし。今の女、本当にお隣さん?」

「そういえば…。でも鍵無くして入れないって…」

「嘘なんじゃないの?あの身の熟し…泥棒とか?」

「それなら堂々と顔晒さないだろ?」

「確かに…。もしかすると俺らを安心させておいて…」

突如、T山はI田の背後に回り込むと首を絞め、腕を捻った。

「ゴキッ!」

その場に崩れ落ちるI田。

「さすがにそれは無いでしょ~」

T山との即興小芝居を終えたI田はすぐに立ち上がった。

「ちょっと、見てくるか…」

T山はベランダに出ると、<二〇二号室>の方を覗いた。

「ほら、急いで」

S美?の声が聞こえた。

「え?どうしました?」

S美?ではない別の女性が<二〇二号室>のベランダからT山のいる<二〇一号室>のベランダに移動してきた。

「この人をよろしくお願いします」

S美?はそう言い残すと軽く会釈し、<二〇二号室>に戻って行った。

【ガラガラ】

「あの?どちら様ですか?」

見知らぬ女性を前に困惑するT山とI田。

「早く鍵掛けて!警察呼んで下さい!」

「え?!え?!あ、はい!!」

鬼気迫る様子の女性を見た二人はただ事ではないと察し、すぐに110番通報した。

「また警察沙汰かよ…」

通報し終えたI田は深く溜息をついた。

その後、<二〇二号室>での事件はニュースとなるが、これはまた別のお話。

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数日後。

大学から帰宅したT山はスマホのアプリを起動した。

真っ黒な画面に白抜きで【自宅迷宮】と表示された。

T山はタイトル画面をタップ。

画面が切り替わり【迷宮登録を開始しますか?】と表示された。

T山は【はい】をタップ。

【自宅内部を歩き回りながら各部屋及び通路の床四隅と天井四隅に【OK】が表示されるまでスマホを向けてください。

 複数階ある戸建て等にお住まいの方は、歩き回りやすい階での登録をお願いします。複数階及び屋外での登録は出来ません。

 ※転落事故の危険がありますので一階推奨です。

 撮影モードに入りますか?】と表示された。

T山は【はい】をタップ。

撮影モードとなり、T山は説明通り、自室の床四隅と天井四隅にスマホを向ける作業を繰り返した。

全て【OK】になると【次の場所へ移動しますか?】と表示された。

T山は【はい】をタップし、自室を後にした。

3LDKのマンションに祖父母と暮らすT山。

通路、玄関、浴室、トイレ、リビング、祖父母の寝室、自宅内、全ての場所を登録し終えた。

スムーズに認識されず、なかなか【OK】表示にならなかった場所もあり、全て登録するのに30分近くかかった。

【次の場所へ移動しますか?】と表示された。

T山は【いいえ】をタップ。

【追加登録は出来ません。登録漏れはありませんか?】と表示された。

T山は【はい】をタップ。

【本当によろしいですか?】と表示された。

T山は【はい】をタップ。

【本当に本当によろしいですか?】と表示された。

T山は【はい】をタップ。

【本当に本当に本当によろしいですか?】と表示された。

「しつこいな…」

T山は呆れつつ【はい】をタップ。

【登録作業を開始します】と表示され、画面が切り替わった。

真っ黒な画面中央に白抜きで【迷宮生成中…】と表示された。

そのすぐ下には進捗率を示す白抜きのバーが表示され、【残り30分】と表示されている。

「そんなに時間かかるのかよ…」

T山は自室に戻ると、ベッドに寝転がり、漫画本を開いた。

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【迷宮生成完了。自宅迷宮へようこそ。チュートリアルを開始しますか?】

漫画を一冊読み終えたT山がスマホを確認すると既に30分以上経過していた。

T山は【はい】をタップ。

画面が切り替わり、まばゆい光に包まれたかと思うと、次の瞬間、森が表示された。

遠くから鳥の囀りが聞こえてくる。

自宅の間取りに合わせて森が生成されているようで、室内の壁があるところは通れないように木々が立ち並んでいる。

スマホを下に向けると生い茂った雑草が広がり、上に向けると木々の隙間から木漏れ日が射し込む。

「想像してたよりもすごいなこれ…」

このままVR対応させたら本物の森にいるかのような体験が出来そうだとT山は感動した。

T山が一歩進むと、画面に青白い矢印が表示された。

どうやら矢印に向かって進めという事らしい。

T山は歩きスマホで自室を後にすると、祖父母の寝室に向かった。

祖父母の寝室中央には一本の大木があり、その下には小汚い老人が座り込んでいる。

老人の頭には【吹き出しマーク】が表示されている。

【会話する際は吹き出しマークをタップしてください】と表示された。

T山は【吹き出しマーク】をタップした。

老人は立ち上がると、口をパクパクさせ、画面の下に会話文が表示された。

話し終えた老人が背後から【宝箱】を取り出し、T山の目の前に置いた。

【宝箱をタップして開けてください】と表示された。

T山は【宝箱】をタップした。

【宝箱】が開き、初期装備一式を手に入れた。

【左下のアイコンをタップしてください】と表示された。

T山は左下にある棒人間のようなアイコンをタップした。

画面が切り替わり、上部にT山のアバター、下部に所持品が表示された。

【ドラッグ&ドロップで入手した武器防具を装備しましょう。

 なお、この画面を開いている最中も時間は進み続けます。

 周囲に敵がいないか確認を怠らないようにしてください】

武器は【右手】、盾は【左手】、防具はそれぞれ【頭】【体】【腕】【足】に装備可能。

T山は【右手】に武器、【左手】に盾、防具を四か所に【ドラッグ&ドロップ】すると、装備画面を抜けた。

その直後、目の前にいた老人が突然倒れた。

T山がスマホを下に向けると、首元を押さえながらもがき苦しむ老人の姿。

しばらくすると老人は全く動かなくなった。

T山は老人をタップしてみたが、何の反応も無い。

画面には青白い矢印が表示され、次の行き先を示している。

T山が老人の遺体に背を向け、祖父母の寝室を後にしようとした時だった。

「え?」

突如、画面に真っ赤な血飛沫が表示され、左下の棒人間の胴体部分も一瞬赤くなった。

T山が振り向くと、先程の老人が立ち上がり、噛みつくような動作をしている。

どうやらゾンビとなった老人に背後から襲われたようだ。

【戦闘チュートリアルを開始しますか?】と表示された。

T山は【はい】をタップ。

【ゾンビの攻撃を避けてみましょう。最初にタイミングを合わせてしゃがんでください】

ゾンビが両腕を伸ばしながらT山に近づいて来たので、T山は指示通り、その場にしゃがんで避けた。

【バッチリです!次の攻撃が来ます。画面左側の盾アイコンを長押ししてください】

T山が【盾アイコン】を長押しすると、画面に盾が表示され、ゾンビの攻撃を防いだ。

【バッチリです!盾には耐久度があり、一定以上ダメージが蓄積すると壊れてしまいます。

 また、特殊な攻撃は防げないこともありますので注意してください。

 それでは反撃しましょう!画面右側の武器アイコンをタップしてください】

T山が【武器アイコン】をタップすると、画面にナイフが表示され、ゾンビの顔面を切りつけた。

【バッチリです!その調子で止めを刺してください】

T山が再度【武器アイコン】をタップすると、ゾンビの左側頭部にナイフを突き立て、引き抜くと血が噴き出した。

ゾンビはその場に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。

【バッチリです!この世界では敵も貴方も部位毎に耐久値が設定されています。

 右腕を攻撃され続けると、左下のアイコンの右腕が白⇒黄⇒赤⇒黒と表示が変化します。

 表示が変わるにつれて攻撃速度が遅くなり、黒になってしまうと攻撃ができなくなります。

 他の部位も同様に表示が変化し、左腕であれば盾を連続して構えられる時間が短くなり、

 黒になってしまうと盾を構えられなくなります。

 足であれば、移動速度が遅くなり、黒になってしまうとその場から動けなくなります。

 体は他部位と連動しており、体以外が白の状態であっても、体が黒になってしまうと、何も出来なくなります。

 最後に頭ですが、最も耐久値が低く、表示が変わるにつれて視界が悪くなり、黒になってしまうと死亡です】

「結構、シビアだな…そういやさっきダメージ食らって体の表示が黄色になってるな」

【耐久値は立ち止まり時間経過することで徐々に回復します。

 もしくは画面右上の薬草をタップすることでも回復します。

 倒した敵をタップすることでアイテムを入手することができます。

 先程のゾンビをタップしてみましょう】

T山がスマホを下に向け、ゾンビの遺体をタップすると、右上の【薬草】アイコンの表示がグレーから白3に変わった。

どうやら薬草を三つ手に入れたようだ。

T山が画面右上の【薬草】をタップすると、白3から白2となり、左下の棒人間の体が黄色から白色に変わった。

【バッチリです!ちなみに立ち止まっていても回復することはできるのですが…】

地面から一本の腕が突き出し、腐敗した別のゾンビが現れた。

【このように、この世界では絶え間なく、敵が現れ、貴方の休息を妨げます。さらに…】

画面の左上に突如タイマーアイコンが表示された。

【同じ階層に留まっていると、左上のタイマーアイコンが白⇒黄⇒赤⇒黒と変化します。黒になると…】

タイマーアイコンが一気に黒くなった。

目の前にある大木の中央が歪み、ブラックホールのようなものが徐々に広がった。

その中から異形の姿をしたバケモノが現れた。

「これってカツカツ…」

【大変です!スカベンジャー(掃除人)が現れました!スカベンジャーに捕まってしまうと…】

スカベンジャーは先ほど現れた別のゾンビをその場に押し倒すと、鋭い両足でゾンビの頭部をミンチにした。

描写があまりにもリアルで非常にグロテスクな為、Google Playのアプリ審査に通らないそうだ。

【早く!迷宮に向かいましょう!】

画面に真っ赤な矢印が表示された。

動き出したスカベンジャーがT山を追いかけ始める。

T山は矢印の示す先、玄関へと向かった。

玄関にたどり着くと、スマホには薄気味の悪い建物が表示されている。

スマホを上に向けると、その建物が空高く聳え立つ塔であることがわかった。

【迷宮の扉をタップしてください!】

T山が【扉】をタップすると、画面が切り替わり、動画が再生された。

開いた扉に向かって全力疾走する人影。

その背後から物凄い勢いで迫りくるスカベンジャー。

人影が滑り込み、扉を閉めると、間一髪でスカベンジャーの攻撃を避けた。

画面が暗転し、白抜きで四文字の漢字が表示された。

【自宅迷宮】

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数か月後。

T山は【自宅迷宮】を最優先する生活を送っていた。

大学の講義も可能な限り友人に代返、代筆を頼むようになった。

ベッドに寝転がりながら【ランキング】を表示し、上下にスクロールさせ、上位の面々を眺める。

「今週も、S行者さんが一位か~。ほんとすごいな…」

【ランキング】は上位百名まで表示される仕組みになっており、毎月上位十名が【自宅迷宮】内で使用可能な通貨や限定アイテムを報酬として授与される。

もちろん、上位になるにつれて報酬の内容はより豪華となる。

始めて数か月のT山はもちろん【ランキング】に載ったことは一度もない。

T山は【ランキング】一位のS行者さんの名前をタップした。

「ほんとカッコいいな~S行者さん」

スマホの画面にはS行者さんのアバターが表示された。

白狐の面をつけ、漆黒に黄の差し色が入った着物、腰には太刀と小太刀。

【妖狐】と呼ばれるシリーズ武具を全部位に装備している為、特殊効果としてステータスが大幅に上昇し、全身から虹色のオーラを発している。

「それにしてもスコア凄すぎるだろこれ…」

【ランキング】に用いられる【スコア】は以下項目等を独自の計算に基づいて算出しているそうだが、詳細は開示されていない。

・現在の階数

・登録した自宅の広さ

・取得経験値

・取得通貨

この仕組みではプレイ時期が早ければ早いほど有利ではないかと思われがちだが、そうでもない。

何故なら、敵にやられて死亡してしまった時の【デスペナルティ】が非常にきつく設定されているからだ。

装備品をランダムで一つ破壊され、【スコア】もマイナス10%されてしまう。

階数が上がれば上がるほど敵も強くなる為、一度死亡してしまうと連続して死亡する確率が非常高くなる。

結果として、【スコア】を気にせず死亡できるのは序盤だけ。

あまりに鬼畜な仕様であるが故、死亡してやる気を失くし、引退する人も後を絶たない。

【ランキング】一位のS行者さんであっても数回死亡するだけで二位以下に転落してしまう状況だ。

T山はそんなシビアな状況を楽しめる性格であった為、【自宅迷宮】に没頭している。

「よし、今日は何が出るかな…」

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【自宅迷宮】は毎日ログイン時に一回ガチャを回せる。

もちろん、お金さえあれば公式ホームページ経由で課金し、追加でガチャ(一回百円程度)を回すことも可能。

なお、【自宅迷宮】では欲しいレアアイテムが手に入るまでゲームのインストールとアンインストールを繰り返すリセットマラソン、

いわゆる【リセマラ】は誰もやろうとしない。

ご丁寧にガチャ画面の注意事項にも【リセマラは推奨しません。時間の無駄です】と明記されている。

最初の登録作業に時間がかかるのも理由の一つではあるが、ガチャから出るレアアイテムがプレイヤーの現在の階数に合わせて変化するからだ。

ゲーム開始直後にガチャを回したところで、S行者さんが身に纏っているようなシリーズ武具は排出対象外。

数か月プレイしたT山ですら、先日やっとシリーズ武具が排出対象になったところだ。

【開け!】

ガチャ画面には鉄扉が表示されている。

T山は鉄扉をタップした。

鉄扉がゆっくりと開き、中から眩い光が出…。

眩い光は出そうで出なかった。

ハズレのガチャ演出。

T山は銅レアの【ブリーフ】を入手した。

「いらねーよ…」

いつも通りの虚しいガチャ結果にT山はため息をついた。

【自宅迷宮】の装備品は銅⇒銀⇒金⇒虹の四段階にレアリティが設定されている。

S行者さんが身に着けているシリーズ武具【妖狐】はもちろん虹レア。

シリーズ武具以外にも虹レアは存在するが、どれもこれもハズレ扱いだ。

ガチャの排出確率は銅55%、銀33%、金11%、虹1%。

虹レアであっても、シリーズ武具10種類×6部位の60種、その他40種の計100種存在する為、お目当ての装備を引ける確率は0.01%となる。

「ん?」

【自宅迷宮】の【メッセージボックス】にI田からの新着メールが届いた。

『やっべーの出た!』

T山はフレンド画面からI田の名前をタップすると、I田のアバターが表示された。

「うわ、まじかよ…」

I田のアバターはシリーズ武具【剣豪】の武器【村正】を手にポーズを決めていた。

『いいね!俺なんてブリーフだよ!』

『ブリーフ?何それ?装備してみて!』

『装備したよー』

『全裸に白のブリーフとか、開発者ふざけてんな。つーかブリーフなんて装備あったっけ?』

T山はガチャ画面から【排出確率】をタップした。

銅レアの一覧を何度も上下にスクロールするも【ブリーフ】の文字が見つからない。

『ガチャ一覧に載ってなかったよ』

『だよな?俺も見てみたけど無かったわ。どんな性能?』

『耐久値ゼロ。ゴミですよ…』

『ただのネタ装備?ちょっとDiscordにアップロードしてみたら?』

『おっけー』

T山はDiscordの掲示板に【ブリーフ】の画像を投稿した。

誰も見たことの無い装備だったようで、掲示板は【ブリーフ】の話題で盛り上がった。

様々な憶測が飛び交う中、別のユーザーから新たな画像が投稿され、掲示板は更なる盛り上がりを見せることになる。

画像には仁王立ちで全裸に【赤いふんどし】姿のアバターが表示されている。

【赤いふんどし】には白字で【みらくる】と書かれていた。

『今度は赤ふんかよw』

『wwww』

『ネタだろ?』

『雑コラ乙』

『みらくるってなんだ?』

『排出確立に載ってませんが』

『いい加減にしろよ』

『つまんないよ』

『誰か警察呼んで!ここに変態がいます!』

『俺の虹レアと交換してくれ』

『み、ら、く、る』

『なにそれ?新レア?』

『つまんな』

『くだらねー』

『http://jitakume.jp/articles/10393』

荒れ始めた掲示板の流れを遮るようにURLが投稿された。

投稿者は【自宅迷宮】公式アカウント。

T山はURLをタップした。

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祝2周年!!

自宅迷宮ファンミーティング開催!!

サービス2周年を記念し、

オフラインイベントを開催いたします。

参加する為には【自宅迷宮】内で

開発者が落としてしまった私物が必要です。

期間内に開発者の私物を入手して、

開発者に会いに(返しに)来てください。

◆開催日

 YYYY年MM月DD日(土)

◆開催場所

 ヒミツ(日本国内)

 ※〇〇駅にて集合後、貸切バスで移動!

◆イベント内容

 ①みんなで会社見学!

  ⇒自宅迷宮開発の裏側全部お見せします!

 ②みんなでBBQ!

  ⇒お店の方が焼いてくれます!

 ③みんなで迷宮!

  ⇒広大な敷地で限定迷宮にチャレンジ!

   虹レア(シリーズ武具)三個以上確定! 

◆募集人数

 ・若干名

◆募集期間

 YYYY年MM月DD日(金) ~ YYYY年MM月DD日(土)

◆参加資格(以下を全て満たす必要があります)

 ・自宅迷宮プレイヤー

 ・自宅迷宮が大好きな方

 ・自宅迷宮を愛してる方

 ・自宅迷宮依存症

 ・開発者の私物を入手した方

 ・日本国内にお住まいの方

  ※海外の方ごめん。

   告知も日本語しか用意してなくてSORRY。

◆開発者の私物??

 ヒミツ

 ※ガチャもしくは迷宮高層階にて

  超低確率で入手可能

◆当選発表

 YYYY年MM月DD日(日)より順次

 参加資格を満たした方へ

 自宅迷宮メッセージボックス内に

 招待状を送付いたします。

 参加可否をご返信ください。

 ・当選されて参加できない場合

  開発者の私物はランダムで

  別の虹レアに変換いたします。

 ・当選しなかった場合(海外の方もこちら)

  開発者の私物はランダムで

  別の金レアに変換いたします。

◆主催

 RIACOAST,LLC

 (自宅迷宮開発チーム)

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数か月後。

自宅迷宮ファンミーティング当日。

都会とは言い難い、寂れて殺風景な駅前のロータリー。

T山は指定された待ち合わせ場所でバスの到着を待っていた。

周囲を見渡していると、向かいの通りにあるコンビニからスマホをいじりながら近づいてくる男性。

T山が腰かけているガードレールの右端に男性は腰かけた。

(この人も参加者かな?)

T山は声を掛けようか悩んだが、男性から話し掛けるなオーラが犇々と伝わって来た為、すぐに諦めた。

(それにしても遅いな…)

集合時間を過ぎてもバスが来る様子は無い。

自宅迷宮のメッセージボックスを確認するも、何の連絡も無い。

そもそも待ち合わせ場所に二人しかいない時点で何かおかしい。

(隣の人も参加者かどうか分からないし…)

「ファンミ参加者の方ですか!?」

「え?!」

突然背後から話しかけられたT山は驚いてバランスを崩し、腰かけていたガードレールから足が外れた。

「すみません!大丈夫ですか?!」

小柄で七三分け、黒縁眼鏡を掛けた小太りの男性が申し訳無さそうな顔をしている。

フード付きの真っ黒なパーカーを着ており、胸元には自宅迷宮のアイコンマーク、その下に白抜きで【RIACOAST,LLC】と印字されている。

「はじめまして!私は自宅迷宮開発チームのM田と申します。お手数ですが招待状のご提示をお願いいたします」

「あ、はい」

T山は自宅迷宮のメッセージボックスを開き、招待状の画面をM田に向けた。

M田が招待状に表示されているQRコードをスマホで読み込むと軽快なメロディが流れた。

「ご提示ありがとうございました!」

M田はそう言うと、もう一人の男性に話しかけ、同様に招待状のQRコードをスマホで読み込んだ。

(やっぱり隣の人も参加者かぁ…。どうせならもっと話しやすい人が一緒だと良かったなぁ…)

「ご提示ありがとうございました!それではファンミ開催いたします!」

M田は満面の笑みで開催宣言するも、参加者の二人は唖然とした表情を浮かべている。

「あの…。他の参加者の方は?」

「お一人、遅れて来るそうなので、後程合流となります!」

「え?おひとり?」

「予想以上に参加者が集まらなくて…申し訳ないです!」

(参加者、三人だけってことかよ…)

「あと、貸切バスもまだ来てないみたいですけど…」

「さすがに参加者三人で貸切バスは経費が嵩みますので、別の車を用意させていただきました!」

M田が指さした先には、先程から視界に入っていた黒のミニバン。

側面には白字で【RIACOAST,LLC】のステッカーが貼られている。

「社用車ですが乗り心地は抜群です!弊社スタッフに喫煙者はおりませんので、煙草の臭いもしません!」

「あ、はい…」

「…」

明らかにテンションの低い参加者二人は黒のミニバンに乗り込んだ。

参加者の乗車を確認したM田も助手席に乗り込んだ。

「それでは、出発いたします!運転手は弊社スタッフのK形が務めさせていただきます」

「K形と申します。本日は楽しんでくださいね」

運転席に座るK形が振り向きつつ挨拶した。

座っている為、正確な背丈は分からないがM田よりも頭一つ大きく、非常にガタイが良い。

立派な顎髭を蓄えており、M田と同様に七三分けで黒縁眼鏡は掛けている。

二人ともお揃いのパーカーを着ており、髭と身長以外は似通っている為、兄弟ですと紹介されても何ら違和感は無い。

或いは、お笑いコンビといった方がしっくり来るかも知れない。

「あ、後ろの座席に飲み物とお菓子用意しておきましたので、ご自由にご飲食ください」

T山は後部座席を確認すると、大きなビニール袋が二つ。

一方にはペットボトル飲料や缶コーヒー、もう一方にはスナック菓子。

「じゃあ、いただきます」

T山はミネラルウォーターを手にした。

「何か飲みます?」

「あ、じゃあ、コーラで」

T山はコーラを隣に座る参加者に手渡した。

「どうも」

参加者が飲み物を手にしたことを確認したK形が車のエンジンを掛けた。

「それでは、出発いたします。シートベルトの着用をお願いいたします」

参加者を乗せた社用車はゆっくりと走り出した。

最初の目的地に到着するまでの間、T山は隣に座る参加者、にいまる(アバター名)と自宅迷宮トークで盛り上がった。

すぐにフレンド登録し、互いのアバターを見せ合った。

その後、誰もが気になっているS行者さんについての話題に花が咲き始めたころ、社用車が停車した。

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何の変哲もない住宅街の月極駐車場。

社用車から降りた参加者はM田とK形の後について行った。

月極駐車場から徒歩数分の場所にある雑居ビル二階が最初の目的地【RIACOAST,LLC】のオフィス。

オフィス内は想像以上に広く、働いている従業員は全部で十人程だろうか。

「ここで自宅迷宮が生まれました!どうぞ自由に見学して下さい!」

M田とK形が満足気な表情を浮かべた。

参加者は戸惑いつつもオフィス内をゆっくりと見学し始めた。

装備品や怪物のデザイン案を描く人。

デザインを元に3Dモデルを作成する者。

ひたすらプログラミングする者。

ネットサーフィンする者。

居眠りしている者。

スマホアプリで遊ぶ者。

従業員は各々が異なる仕事(?)をしていた。

「弊社ではアプリ開発スクールの運営もしていて、ここで働いているように見えるのは生徒さんなんですよ」

「そうなんですか?」

「はい。弊社スタッフはM田とK形の二人だけです。アプリ開発に興味がありましたら是非」

M田はアプリ開発スクールのパンフレットを参加者に一部ずつ手渡した。

T山はパラパラとパンフレットをめくり、受講料のページで手を止めた。

(うわ…高いな…こんだけ金取っておきながら、自社のアプリ開発させてるのか…)

アプリ開発の闇を垣間見た参加者はM田とK形が見ていない隙にそっとパンフレットを近くの空きデスク上に置いた。

その直後、M田とK形の元へ小走りで女性が近づいてきた。

おそらくアプリ開発スクールの受講生だろう。

何やら険しい表情でM田に耳打ちする女性。

「すみません。急遽ミーティングが入ってしまったので、三十分程あちらの会議室でお待ちください」

M田とK形が申し訳なさそうな表情を浮かべ、K形が参加者を会議室へ案内した。

「テーブルの上のお菓子はご自由にどうぞ。では、終わり次第お声掛けします」

K形は軽く会釈すると会議室を後にした。

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「何の打ち合わせだろうね?」

「さぁ?」

会議室からはオフィス内の様子は確認出来ず、話し声もここまでは届かない。

「とりあえず、待ちますか。それにしても散らかってるな…」

中央に長方形のミーティングテーブルが置かれ、椅子が六脚。

テーブルの上には資料が乱雑に置かれ、中央には申し訳程度に個包装のクッキーが数枚。

「あっ…」

にいまるが椅子に座ろうとした時、テーブルの上に置いてあったバインダーに手が当たり、テーブルから落ちた。

「やばっ…」

落下した衝撃でバインダーの留め具が壊れてしまった。

にいまるはバインダーを拾うと、留め具を元に戻そうとガチャガチャといじり始めた。

その間、T山は床に散らばった資料をまとめ始めた。

「あれ?これ資料じゃないよ?」

「え?あ、ほんとだ」

いずれも切り抜いた新聞記事や、ネットのニュース記事を印刷したスクラップ。

記事内の単語や写真に赤ペンで丸が付けられている。

「これこの前テレビで見たやつだ。住宅二棟が火事で全焼、住人の遺体が見つかってなくて行方不明ってやつ」

「へ~。そんなんあったんだ。ニュースとかあんま興味無いから全然知らないや」

にいまるは興味無さそうに一瞥すると、再びバインダー修理に取り掛かった。

T山は散らばったスクラップをまとめ終えると、暇つぶしがてら、ぱらぱらと目を通し始めた。

(どれもこれも失踪事件の記事ばかりだな…。ん?これは?)

A4サイズの白紙を裏返すと、まるで卒業写真のようにずらりと並ぶ人の顔、顔、顔。

モノクロやカラーが入り混じる顔写真の下には名前と日付が手書きで記されている。

どうやらここ最近の行方不明者を一覧でまとめたものらしい。

初めて見る顔ばかりであったが、テレビで見たことのある顔も散見された。

T山は行方不明者の一覧をテーブルの上に置き、スマホで写真撮影した。

(こうやって見ると何だか気味悪いな…。ん?)

「うわっ!」

「えっ?」

にいまるが突然大声を出し、背後を指さした。

T山が振り向くと、いつの間にか会議室のドアが数センチ開いており、誰かが会議室内を覗き込んでいる。

既にT山とにいまるの視線に気が付いているはずだが、一言も発せず、じっと会議室内を凝視している。

「あの?どうかし…」

T山が話しかけようとしたところで、会議室のドアはゆっくりと閉まり、人の気配も消えた。

「誰だったんだろね?」

「さぁ?気味悪かったな…」

「だね…」

その後、M田とK形がミーティングを終えて呼びに来るまでの間、参加者二人は椅子に腰かけ、雑談に耽った。

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「お待たせして申し訳ありませんでした。重ね重ね申し訳ないのですが…」

M田が本当に申し訳無さそうな表情で参加をじっと見つめた。

「どうしたんですか?」

「実は、予定していたバーベキューなんですが…手違いで会場予約出来ておりませんでした!」

M田とK形が寸分違わず深々とお辞儀した。

「そうなんですか…」

肉を楽しみにお腹が空き始めていたT山は少し残念そうな表情を浮かべた。

T山の表情を読み取ったのか、M田が会話を続けた。

「最後のイベント会場に向かう途中に美味しい焼き肉屋があるみたいなので、そちらで代替させていただけないでしょうか?」

「焼肉ですか?」

「はい。昼食の開始時刻が予定よりも1時間ほど遅くなってしまいますが…」

「大丈夫です!焼肉でお願いします!」

T山の表情が明るくなったのを確認したM田とK形は安堵の表情を浮かべた。

「にいまる様も焼肉で大丈夫でしょうか?」

「あ、はい。大丈夫です」

「ありがとうございます。それじゃ、予約しちゃいますね」

そう言ってM田は会議室を後にした。

「それでは皆さん、先にお車までどうぞ」

K形の後に続き、参加者は【RIACOAST,LLC】のオフィスを後にした。

「ちょっと…」

階段を一番下まで下りたところで、にいまるがT山の肩を叩いた。

「ん?あ…」

振り向いたT山もすぐに気が付いた。

二階へと続く階段の踊り場。

ビデオカメラを手にした色白で細長い腕だけが見えた。

「どうかしました?」

T山とにいまるがその場で立ち止まって凝視していると、背後からK形に呼びかけられた。

「あ、階段の途中に誰かいるみたいで…」

「え?どこです?」

K形が階段の踊り場を目視するも、誰もいない。

「ちょっと、見てきますね」

K形が階段を上がろうとした時、階段の上から駆け寄る足音がした。

紙切れを手にした男性が息を切らしながら階段を下りてきた。

「こ、これ忘れ物です」

T山とにいまるに冊子を手渡すと、男性は踵を返し、階段を駆け上がった。

「あぁ、弊社アプリ開発スクールのパンフレットですね」

T山とにいまるは渋い顔をしながら社用車に乗り込んだ。

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数時間後。

田舎道が続き、朽ち果てた民家が数軒。

【野犬に注意】と書かれた錆びた看板を横目に社用車を運転するK形。

社用車内、後部座席ではT山がドアに凭れ掛かりながら眠っている。

にいまるは両腕を組みながら俯いている。

焼き肉を食べて満腹になった参加者は社用車に乗り込んでしばらくすると静かになった。

「もう少しで到着か。それにしてもぐっすり寝てますね…」

M田はカーナビを見終えると後部座席を目視した。

「もう一人の参加者、間に合うと良いけど…」

三人目の参加者とはT山が朝から何度か電話でやりとりをしている。

結局、車で最後のイベント会場に直接来るとのことで、午前中のうちに住所は伝えてある。

「【限定迷宮】三人じゃないと進めない所、どうするかね?」

「ラストの仕掛け扉か…。とりあえず、先に二人でプレイしててもらうしかないね」

「手前にスカベンジャーでも設置しとく?」

「いいね!辿り着いても、そこで一旦死んでもらって、三人目が来たら再プレイしてもらうか」

「じゃあ、今のうちに設定変えておきますね。でも万が一…」

M田がバッグからノートパソコンを取り出しながら不安気な表情を浮かべた。

「S行者さんの動画見ました?ギリギリでしたがまさかスカベンジャー倒すとは思いもしませんでしたよ」

「あれは見応えあったな。開発者でも倒せないのにね。でもまぁ、大丈夫でしょ。S行者さんがプレイする訳じゃないし」

K形は微笑みながらハンドルを切った。

田舎道が終わり、周囲を木々に囲まれた学校が見えてきた。

「相変わらず気味が悪いな」

「ですねぇ…」

「上手くいきますように」

助手席と運転席で向き合ったM田とK形はまるで鏡写しのように悪意に満ちた笑みを浮かべた。

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薄暗くなり始めた校庭を四人の男性が歩いている。

正門を抜け、正面に校舎、右手に体育館が見える。

「目的地は体育館となります。校舎の出入りはNGとなりますので、絶対に入らないように」

M田が歩きながら注意事項を説明し始めた。

「体育館は入って大丈夫なんですか?ここ、廃校みたいですけど…」

「役所に手続き済みですので、大丈夫です。とにかく校舎だけは絶対に入らないでください」

「分かりました」

「あ、あとこれをお渡ししておきます」

M田はバッグからモバイルバッテリーを二つ取り出し、参加者に手渡した。

「途中でバッテリー切れとならないようご注意願います」

【自宅迷宮】ではプレイ中に強制終了すると、死亡扱いとなってしまう為、その配慮だろう。

「所要時間はどれくらいなんですか?」

「今回は体育館という広大な敷地での【限定迷宮】となります。

 階層は十階まであり、全ての階が入り組んだ迷路になっております。

 一階はボーナスステージ扱いで敵は存在せず、

 事前にお知らせした通り、虹レアのシリーズ武具が入った宝箱を三個設置しました。

 二階以降は敵も出現し、階数に比例して難易度も上がります。

 各階のボスを倒すことで、虹レアのシリーズ武具を確定で一つ入手できます。

 所要時間ですが、弊社スタッフのテストプレイで三時間程度でした」

「シリーズ武具そんなにもらえるんですか?!」

T山は歓喜し、心の中でガッツポーズした。

「五階以降えげつない難易度に設定してありますので、お楽しみいただけると幸いです」

「えげつない、ですか…」

M田が説明を終えると同時に体育館の入口へ到着した。

K形が入り口の鍵を開け、ドアを開くと左右に下駄箱のある玄関スペースが広がる。

「左手にお手洗いがありますので、プレイ前に済ませておいてください」

「はーい」

参加者はお手洗いへと向かった。

その間、M田とK形は玄関スペースに用意しておいたテーブルの上にノートパソコンを設置し、椅子に腰かけた。

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数分後。

「それでは【限定迷宮】を開始させていただきます!」

まばらな拍手。

本来であればもっと盛り上がるところなのかも知れないが、さすがに参加者二人だけではどうしようも無い。

「【自宅迷宮】のメニュー画面から【イベント】をタップしてください」

参加者は指示通りに【イベント】をタップ。

「【パスコード】入力画面が表示されましたら、こちらのパスコードをご入力お願いいたします」

M田はパスコードが書かれた紙を二人に手渡した。

「この体育館にいなければ参加することは出来ませんので、ネットに拡散いただいても問題ありません。位置偽装対策も万全です」

「あ、拡散しないので大丈夫です」

参加者は【パスコード】を入力し、【決定】をタップ。

画面が暗転し、白抜きの漢字が表示された。

【限定迷宮】

「私たちは玄関スペースで待機しておりますので、何かございましたらこちらまでお越しください」

「スタート地点はこちらで設定済みですので、どうぞお進みください」

K形が体育館内へと続く両開きの扉を開けた。

「え?ここからスタートですか?」

体育館内は全ての窓が暗幕カーテンで塞がれており、真っ暗だった。

「はい。スマホの画面を見ながら進んでください。周囲の壁にぶつからないことはテストプレイで確認済みです」

T山がスマホの画面を体育館内に向けると、画面内には真っ暗な限定迷宮を照らすランタンを手にした左腕が表示された。

「【限定迷宮】内では【ランタン】が左手の固定装備となりますので、ご了承願います。もちろん盾としても使えます」

「それでは行ってらっしゃい!」

参加者が体育館内に入った後、K形が両開きの扉をゆっくりと閉めた。

体育館内はスマホ画面に表示されている【ランタン】の明かり二つだけとなった。

スマホの周囲だけが若干明るく、スマホを手にするプレイヤーの姿がうっすら確認出来る程度。

「それじゃ、にいまるさん行きますか!」

「行きましょう!」

スマホ画面に表示されている互いのアバターはお辞儀のジェスチャーをした。

【限定迷宮】の探索が幕を開けた。

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「あ、ちょっと待って…。ここ照らして貰える?」

体育館の入り口から少し離れた所でにいまるが立ち止まり、バッグを手探りしている。

「どうしたんですか?」

「いいからいいから…あったあった…」

にいまるはバッグから二台目のスマホを取り出すと、電源を入れた。

「スマホ?」

「さっき、車の中で話聞いて無かった?」

「え?何か話してましたっけ?」

「T山さん寝てたから聞いて無かったか…。俺、寝たふりしてたんだけど…」

にいまるはT山が寝てる間のM田とK形の会話内容を簡潔に伝えた。

「三人いないと進めないところがあるんですね…」

「そう。そこでこのスマホ」

にいまるは二台目のスマホで【自宅迷宮】を起動し、【イベント】画面から先ほどのパスコードを入力した。

「よし。これでサブ垢もイベント参加させたから、実質三人。所詮サブだからそこまで強くないけど…」

T山はスマホ画面に表示されているにいまるのサブ垢【にじまる】のアバターをタップし、ステータス画面を表示した。

「え?サブめっちゃ強いじゃないですか…」

「そうかな?とりあえず【にじまる】は操作しないから、やばくなったら壁代わりにでもしてね」

にいまるは二台目のスマホをポケットに入れると、再び【にいまる】を操作し始めた。

「それじゃ、さくっと全クリしますか」

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二時間後。

途中何度も死にかけながら、ようやく最上階となる十階の終盤。

虹レアのシリーズ武具が大盤振る舞いされたおかげで、T山もにいまるもイベント参加前とは段違いに装備品が整った。

「本当に参加出来てよかった」

「だね~。あ、見えてきた。あれかな?」

T字路の正面、壁に一枚の巨大な絵画が飾られている。

動く絵画となっており、スカベンジャーが人間の頭を踏み潰す度、額縁内に血飛沫が飛び散る。

「これは結構ハードですね…」

「そう?仕掛けはどうやって解くのか…」

T山とにいまるは周囲を見渡すとすぐに怪しい場所を見つけた。

T字路の左右それぞれの突き当りの床に緑色のスイッチのようなものが設置されている。

「あれを踏めばいいのか。でも、三人必要って事は…」

「二か所のスイッチ踏みっぱなしにしないと扉が開かないやつですかね?」

「それだね。ちょっと待っててね」

にいまるは右側の突き当りに向かい、ポケットから二台目のスマホを取り出すと床に置いた。

画面上、サブ垢【にじまる】が直立不動で右側のスイッチを踏んだ状態となり、スイッチの色が緑色から赤色になった。

「スイッチ踏ませてみたけど、絵に変化あった?」

T山が動く絵画を再確認すると、先程まで人間の頭を踏み潰し続けていたスカベンジャーの動きが止まっている。

「絵が止まりました!」

それを聞いたにいまるは二台目のスマホを床に置きっぱなしにして、T山の元に戻ってきた。

「やっぱり左側も踏まないと駄目か…。でもそうすると…」

「あ、僕が踏んでくるんで、にいまるさんが進んでください」

「え?」

「そもそも、にいまるさんのサブ垢が無ければこの絵画のイベントも体験出来なかった訳ですし」

「いいの?」

「もちろんです!」

「ありがとう!それじゃ、左側のスイッチよろしく!」

T山が左側の突き当りに向かおうとした時、異変が起きた。

「有言実行ってやつですか…糞運営め…」

左側の突き当り、スイッチの手前の空間が歪み、ブラックホールのようなものが徐々に広がった。

その中から異形の姿をしたバケモノが現れた。

「スカベンジャーとか無理ゲーすぎますよ…。【掃除人】の通り名通り、プレイヤーなんてゴミ同然じゃないですか…」

T山は踵を返してにいまるの元まで戻った。

「何とか誘き寄せて、隙をついてスイッチを踏むしかないか…」

「でも、なんかいつもと様子が違いますよね?追って来ないし…」

「確かに…。ちょっと飛び道具で攻撃してみますか」

T山は投げナイフを装備し、射程範囲内ぎりぎりの位置から攻撃してみた。

「全くダメージ通って無いですね…。もしかしたら攻撃されないかも知れないので、近づいてみますね」

T山は恐る恐るゆっくりとスカベンジャーに向かって歩き始めた。

「あ、ダメだこれ…」

T山があと二メートル程の距離まで近づいた時、スカベンジャーが攻撃態勢を取った。

慌てて後退りするT山。

「にいまるさん、どうしま…えっ?」

スマホの画面上、にいまるさんの背後、少し遠くに見慣れた姿があった。

にいまるも気配を感じたのか、スマホの画面を背後に向けた。

「は?何で?」

白狐の面をつけ、漆黒に黄の差し色が入った着物、腰には太刀と小太刀。

【妖狐】と呼ばれるシリーズ武具を全部位に装備し、全身から虹色のオーラを放つアバターがゆっくりと近づいてくる。

「S行者さん?!」

スマホの画面と実際の体育館内を交互に見比べるも、体育館内にS行者さんを操作するプレイヤーの姿はない。

「イベントか何かですかね?」

「…」

S行者さんは二人をすり抜けるようにゆっくりと移動し、スカベンジャーの目の前で立ち止まると、太刀の柄に手をかけた。

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一閃。

スカベンジャーの右肩口から左脇腹にかけてどす黒い血が噴き出した。

そのまま上半身が斜めにスライドし、地面に落下。

直後に下半身もその場に崩れ落ち、灰が飛び散るような演出と共にスカベンジャーは消滅した。

「あれを一撃とか有り得ないでしょ…」

T山は尊敬と畏怖が入り混じった表情でスマホ画面内のS行者さんを見つめた。

S行者さんはT山に向かって手招きするジェスチャーをした。

「あ、スイッチ踏んで来ますね」

「…」

T山が左側のスイッチに向かうと、S行者さんは絵画へと向かって歩き始めた。

途中ですれ違うアバター。

何度確認するも、体育館内にはT山とにいまるの二人しか存在しない。

T山が左側スイッチの上で立ち止まると、スイッチの色が緑色から赤色になった。

「にいまるさん!どうですか?」

にいまるがスマホの画面を絵画に向けると、絵画がひび割れ、灰が飛び散るような演出と共に消滅した。

絵画があった場所には新たな扉が現れた。

「先に進めるようになったよ!」

「良かったです!待ってるので行って来てください!」

T山のアバターが手を振るジェスチャーをした。

にいまるのアバターも手を振り返した。

いつの間にかS行者さんの姿は無く、どうやら先に進んだようだ。

にいまるもゲーム画面に表示されている扉をタップした。

扉が開き、更に奥へと進めるようになった。

【ガチャ】

にいまるは体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下へと続く扉を開けた。

外から湿った空気が体育館内に流れ込む。

【バタンッ】

「…」

体育館内はT山ただ一人となり、静寂に包まれた。

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「にいまるさん、遅いなぁ…」

数分後、痺れを切らしたT山は渡り廊下へと続く扉に向かった。

左側のスイッチから離れてしまった為、仕掛けが元に戻り、扉が消え、再び絵画が表示されている。

「にいまるさ~ん!」

呼びかけるも反応は無い。

T山は渡り廊下へと続く扉を開けた。

【ガチャ】

照明が点いていない為、真っ暗な渡り廊下。

T山はゲーム内では扉を開けていない為、体育館の外を見回してみてもスマホの画面上には何も表示されない。

「にいまるさ~ん!何処ですか~!」

再度呼びかけるも反応は無い。

「何処行ったんだろ?あれ?」

渡り廊下の先、校舎内で一瞬だけ明かりが点いたが、すぐに消えた。

(にいまるさん、校舎に入ったのか?)

T山は直ぐに校舎へ向かいたい気持ちを抑え、まずはM田とK形に報告することにした。

小走りで玄関スペースへと続く両開きの扉の前に向かい、ゆっくりと扉を開けた。

「すみませ…」

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「え?!」

玄関スペース内、M田の姿は見当たらなかった。

「ちょっと!大丈夫ですか?!」

テーブルの上に突っ伏しているK形に駆け寄り、呼びかけるT山。

「ん…、あ…、T山さ…ん?」

左手で頭を押さえながらK形が身体を起こした。

「痛たた…」

K形の額からは一筋の血が流れ、左手も真っ赤に染まっていた。

「どうしたんですか?!大丈夫ですか?!」

「あ、うん…。あれ?にいまるさんは?」

「それが、ラストの仕掛けを解いて、体育館の外に出て行ってから戻って来ないんです…」

「え?スカベンジャーはどうしたの?」

「S行者さんが倒しました…」

「え?それは有り得ないよ。三人目の参加者、S行者さんじゃないし…」

「確かにプレイヤーは居なかったんですけど…それより、M田さんは?!」

「M田?あ、そうだ、M田は?!」

どうやらK形も事態を把握していないようだ。

「M田と二人で映画を見て時間潰ししてたんだけど、突然隣にいたM田が倒れたかと思ったら、直後に頭にすごい激痛が…」

「殴られたんですか?」

「多分、そうだと思う…そこにバット転がってるけど、ここに来た時は無かったし」

玄関スペースの床には血まみれの鉄バットが一本転がっている。

「誰に殴られたんですか?」

「背後から殴られたから顔は見てないんだよ…」

「そうですか…。とりあえず、救急車呼びましょう!」

「あ、大丈夫、大丈夫…」

「でも頭から血が…」

「頭ってたいした怪我じゃなくても、思いのほか出血するもんなんだよ。痛みも落ち着いてきたから大丈夫」

「本当ですか?じゃあ、警察を…」

「警察は私が呼んでおくから、ちょっと車から懐中電灯を取ってきてくれるかな?」

K形は社用車のキーをT山に手渡した。

「何に使うんですか?」

T山の問いかけにK形は玄関スペースの床を指さした。

M田が座っていたであろう椅子が倒れており、そこから血痕が体育館の外に向かって続いている。

「M田を捜すんだよ。一緒に会社を立ち上げて、苦楽を共にしてきた大切な仲間なんだよ…。警察来るの待ってたら助けられないかも知れないだろ?」

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数分後。

校舎へと続く渡り廊下。

二本の灯りが周囲を右往左往し、やがて地面の一点で重なった。

「ここまでですね…」

玄関スペースから続いていた血痕は校舎と渡り廊下の境目で途切れていた。

「校舎、入れるんですか?」

「どうだろ?体育館は役所から鍵借りたけど…」

K形が校舎のドアノブを回した。

「あ、開いてる…」

音を立てないよう、慎重にドアを開け、校舎内に入った。

「校舎内の照明が点いたのはどの辺だった?」

「一階の奥の方…だったと思います。暗くて距離感があまり分からなくて…」

「よし、とりあえず進もうか。念の為、懐中電灯は切っておこう。だいぶ目も慣れてきたし」

二人は懐中電灯をポケットにしまい、真っ直ぐに続く廊下をゆっくりと進んだ。

廊下の左側は校庭に面している為、右側に見える室名札を目視しつつ一室ずつ中の様子を確認する。

【保健室】

「誰もいないな」

【放送室】

「ここにもいない」

【職員室】

「いない」

【校長室】

「ここもいな…あ…」

「誰かいますね…」

校長室には誰もいなかったが、隣から物音がした。

【家庭科室】

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家庭科室の引き戸をゆっくりと左にスライドするK形。

「うっ…」

僅かな隙間から異臭が漂う。

「なんだこれ…生臭い…」

T山は咄嗟に左手で鼻の穴と口元を塞いだ。

「入るぞ…」

K形は人が一人通れるギリギリまで引き戸を開くとしゃがみながら家庭科室に入った。

すぐ後ろからT山も続く。

家庭科室は入口からみて右手に黒板、その前に調理台が一台。

室内には他にも調理台が六台並べられている。

異臭からくる吐き気を我慢しつつ、ゆっくりと室内を見渡すと、一番奥の調理台に複数の人影が見えた。

ゆっくりとしゃがみながら近づくK形とT山。

「うわっ…」

「どうしました?」

「なんか床に落ちてる…」

「え?あ…」

T山も足元に違和感を感じ、手を伸ばした。

指先に触れた何かは、ぷるぷるとして弾力があり、ぬるぬるとした感触、それでいて歪で細長い。

(これって…)

T山は恐らく汚れたであろう指先を両手で擦った後、ポケットから取り出した懐中電灯で床を照らした。

「ひっ…」

「これは…」

床には夥しい量の臓物が散乱している。

一番奥の調理台に近づくにつれ、臓物の量も比例して増える。

意を決したT山は懐中電灯の灯りを人影に向けた。

「おいおいおいおいおい…嘘だろっ!」

駆け寄ろうとするK形を制止するT山。

調理台の周りには六脚の椅子。

全ての椅子に人らしきものが座っているが、いずれも微動だにしない。

全員、頭には三角巾、体には首かけエプロン。

全員揃って、調理台の中央に両手を伸ばし、手を動かし始めた。

グチャグチャと音を立てながら、調理台の周囲に臓物のようなものを投げ散らかす。

調理台の中央には見覚えのある人物、M田が横になっていた。

仰向けの状態で顔だけK形の方を向いているが、黒縁眼鏡は罅割れ、口元は真っ赤に染まっている。

K形とお揃いの真っ黒なパッカーは胸元まで捲り上げられ、腹部からは臓物が飛び出している。

「M田ぁぁぁ!!!」

K形がまるで獣のような咆哮をあげると、調理台の六人、全員が座ったまま身体を捻り、K形とT山の方を向いた。

無表情な六人は真っ赤に染まった右手の人差し指を唇の前に立てた。

『授業中はお静かに。先生に怒られるよ』

「てめぇ!ふざけんな!」

K形はT山の腕を振り解くと、一番近くに座る三角巾の男性を殴り飛ばした。

椅子ごと床に倒れた三角巾の男性。

「お前ら絶対に…え?」

床に倒れた三角巾の男性は必死に起き上がろうとしているが、手助けなくては起き上がれない状態だった。

両足が木製の椅子に有刺鉄線でぐるぐる巻きにされ、血が噴き出しているように見えた。

「おいおい、どうなってんだよ…」

調理台を囲む六人は全員、その場から動けないよう、同様に有刺鉄線でぐるぐる巻きにされていた。

「早く!起こしてくれ!」

【ガラガラ】

床に倒れた三角巾の男性が涙を浮かべながら懇願した直後、背後にある家庭科準備室の扉が開いた。

「嫌だ!助けて!助けて!」

扉の向こうから、清掃服姿の男性がモップを片手に現れた。

男はモップを壁に立てかけると、床に倒れた三角巾の男性の両肩を掴み、家庭科準備室に向かってずるずると引き摺った。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

【ガラガラ】

清掃服姿の男性と三角巾の男性は家庭科準備室へと消えていった。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

扉の向こうからは、けたたましい機械音と叫び声。

「ごめんなさい!ごめ…」

静まり返る家庭科室。

調理台を囲む五人は再びM田の臓物漁りを始めた。

「今のが先生か?お前らを縛ったのもあいつか?」

『…』

「駄目だな…全く話が通じない…」

「あの…K形さん…」

T山がスマホをK形に手渡した。

「ん?あ、これは…」

スマホの画面には午前中にオフィス内で撮影した行方不明者の一覧。

M田はそのうちの一人を拡大表示した。

「奥の右側に座ってるの、この人ですよね?」

「本当だ…。もしかして…」

「はい…全員この一覧に載ってます。これ、オフィスで撮影したんですけど、誰がこんな一覧作ってたんですか?」

「M田が趣味でスクラップしてただけだから理由までは分からないな…」

「そうですか…。あ!」

遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。

「警察、来たみたいですね」

「とりあえずここを出て、後は警察に任せよう…。M田、ごめんな…」

K形はM田に向かって両手を合わせると、家庭科室の入り口に向かった。

T山もM田に向かって両手を合わせると、K形の後に続いた。

K形が家庭科室の引き戸に手をかけた。

「あれ?入口閉めたっけ?」

K形は気になりつつも引き戸を開け、廊下に出た直後、後退りして家庭科室に戻って来た。

「K形さん、どうしました?」

「T山さん、逃げ…」

K形は更に後退りし、ふらつきながら家庭科室の床に倒れた。

胸元にはナイフが突き立てられている。

【ガラガラ】

引き戸が勢いよく開き、家庭科室にもう一人入って来た。

白狐の面をつけ、左手にはビデオカメラ。

「S行者…さん?」

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白狐の面をつけた人物はK形に近付き、しゃがみ込むと胸元に突き立てられたナイフを引き抜いた。

「どうしてこんな…」

T山は懐中電灯の灯りを向けながら後退りし、怯える声で訊ねた。

「ごめんごめん。T山さん、そんなに怖がらないでよ」

「え?」

聞き覚えのある声。

目の前に立つ人物は背を向けながら白狐の面を外すと、黒板前にある調理台の上に置き、ゆっくりと振り返った。

「にいまるさん…」

T山の目の前には満面の笑みを浮かべるにいまる。

「どうも。さっきぶりだね。T山さんもやってみる?」

そう言いながら、にいまるはK形に突き立てられていたナイフの柄をT山に向けた。

「やるって何を…」

にいまるは再び白狐の面をつけると、鼻歌交じりに家庭科室の一番奥にある調理台へ向かった。

T山は震える手で懐中電灯の灯りをにいまるに向け続ける。

「は~い。みんな注目!今日は新しい転校生が来ましたが、残念ながら席がありません…」

大袈裟なジェスチャーをしながら先生の真似事をするにいまる。

調理台を囲む五人は嗚咽し始めた。

「突然ですが…」

にいまるは一人の女性の背後に立ち、手にしたナイフを背中に突き立てた。

その後もナイフを抜き差しする度に口から血を吐き出す女性。

しばらくすると女性は俯き、動かなくなり、椅子に座ったまま両腕を前にだらりと垂らした。

「彼女は一身上の都合で転校することになりました…みなさん、お別れの挨拶をしましょう」

『さようなら…』

「では、転校生には歓迎の挨拶をしましょう」

『よろしく…』

調理台を囲む四人は嗚咽し続けている。

呆然と立ち尽くし、全身の震えが止まらないT山。

(サイレンの音も止まったし、もう敷地内に警察も着いただろう…今のうちに…)

T山は全力で駆け出し、家庭科室から飛び出した。

「T山~!まだ授業中だぞ!全く仕方ないやつだなぁ…。みんな!休み時間は鬼ごっこだ!」

にいまるが背後から楽しげに大声をあげた。

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街灯の無い田舎道。

雲の隙間から見え隠れしていた月もしばらく目にしていない。

懐中電灯の灯りを右往左往させていたT山は立ち止まり、背後を振り返った。

風で木々が揺れる音と虫の鳴き声しか聞こえない。

(にいまるは近くには居ないみたいだな)

全力疾走したのはおそらく高校の運動会以来だろうか。

普段からあまり運動しないT山、息切れと吐き気が酷い。

その場に座り込み、スマホの地図アプリを起動した。

もう少しあるけば民家がありそうだ。

(それにしても、何で警察がいなかったんだ?通り過ぎたのか?)

T山は念の為、警察に電話し、一連の出来事を伝えた。

警察も疑心暗鬼な様子ではあったが現場に向かってくれるそうだ。

また、とにかく現場から離れて、民家があれば助けを求めるよう指示された。

「どうしました?」

T山が電話を切り、立ち上がった時、背後から声を掛けられた。

「えっ?!」

警察との電話に夢中で周囲の物音が聞こえていなかったT山。

懐中電灯の灯りを顔に向けられ、眩しさから目元を手で隠した。

「大丈夫ですか?」

優し気な男性の声。

T山の目の前には右手に懐中電灯、左手に縄のようなものを持った初老の男性。

ふいに、垂れ下がった縄が突然動いた。

「うわっ!」

「こら!やめんか!」

縄を引き、T山に飛び掛かろうとした犬を制止した初老の男性。

ペット用ロープの先には一匹の犬が繋がれていた。

T山を威嚇するように牙を剥き出し、低い声で唸り続けている。

「わし以外には懐いてなくてな。元々捨てられて野犬になってたのをわしが拾って育ててるんだよ」

「そうなんですか…」

「で、何でこんなところに?」

「それが…」

T山は警察に話した内容をそっくりそのまま初老の男性に伝えた。

「そりゃ物騒な話だな。近くにわしの家があるから、しばらく休むと良い」

「本当ですか?!」

「人は支えあって生きとる。困ってる時はお互い様だ」

「ありがとうございます!」

「ちょうど君くらいの年の姪っ子が泊まりに来てるんだよ。仲良くしてやってくれるかな。それじゃ、行こうか」

T山は犬に怯えつつ、少し距離を置いて初老の男性の後に着いて行った。

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静まり返る室内。

うつ伏せに倒れている男性が上半身を起こした。

部屋の奥からは呻き声が徐々に近づいてくる。

男性が振り向くとお揃いの三角巾と首かけエプロン姿の男女が五人。

【ガラガラ】

遠くの引き戸が開き、清掃服姿の男性と、三角巾と首かけエプロン姿の男性が近づく。

【ガラガラ】

近くの引き戸が開く音がし、白狐の面をつけた人物が壁際の照明スイッチを肩で押した。

全員、眩しそうに目を細め、険しい表情を浮かべる。

明るくなった室内を見渡すと凄惨な光景が露わとなった。

床と壁に散らばる臓物。

そこにいる誰もが血まみれで生臭い。

一番奥の調理台に全員の視線が集まった。

腹部から臓物を垂れ流しながら横たわる男性の元に、呻き声をあげながら近づく人々。

一人が臓物に手を伸ばし、引き千切った腸を口元に運ぶ。

その行為は連鎖し、気が付けば全員が一心不乱に臓物を喰らう。

しばらくすると横たわる男性が小刻みに震え、罅割れた黒縁眼鏡の奥、閉じていた瞼がゆっくりと開いた。

「…」

「…」

「…」

「はい!カット!」

『お疲れ様でした!』

室内に次々と拍手が広がる。

「早速で申し訳ないけど、元に戻さないとならないので、各自片付けをお願いします!」

「この臭い、大丈夫ですかね?」

「とりあえず窓開けて換気換気!最後にゴミ収集車用の消臭剤を撒くんで、たぶん大丈夫!」

家庭科準備室から運んで来た空の発砲スチロール箱を床に下ろす。

「魚のわたはこっち、豚の内臓類はそっちの発砲スチロール箱に戻してください!」

家庭科準備室に用意しておいたモップと水入りバケツのセットを室内の中央に設置。

「血のりはこれで綺麗にしてください!あ、君は定点カメラの回収よろしく!校舎裏に停めてあるバンに積んでね!」

そう言って車のキーと定点カメラをセットした場所をメモした間取り図を手渡した。

「おい!いつまでそこにいるんだよ!」

K形はアプリ開発スクールの受講生達に指示を出し終えると、調理台に座るM田を怒鳴りつけた。

「いや~。何度見てもよくできてるなぁ~と思って」

M田は自身の腹部に装着した特殊メイクが施された小道具を見つめながら感嘆した。

「ほら、さっさと外して、M田も片付け片付け!」

「ほ~い。それにしても、多少の予想外はあったものの、結構リアルなドッキリ映像撮れたんじゃない?」

「だね。今回は再生数かなり伸びそうだな!」

「でも最後のゾンビのくだり必要でした?」

アプリ開発スクールの受講が横槍を入れた。

「最後のは近日公開予定のアプリの宣伝用だよ。ん…」

M田はスマホを取り出すとメールアプリを起動した。

「あ、三人目の参加者、もうすぐ到着するって。どうする?」

「とりあえず虹レアを多めに配布して、打ち上げに参加してもらえば良いんじゃない?」

「おっけー。そう伝えておくよ。あ、一応ドッキリ仕掛けとく?」

「どんな?」

「大掛かりなやつはもう無理だから、車内でこの小道具つけたまま死んだふりとかは?」

「良いね!それでいこう。そういえば一つ気になってたんだけど…」

「ん?」

「誰がスカベンジャー倒したんだ?」

「さぁ?にいまるさんは見ました?」

モップで床掃除をしていたにいまるが手を止めた。

「それが…S行者さんが現れたんですよ…」

「え?」

「ゲーム内には確かにいたんですけど、プレイヤーの姿は見当たりませんでした。M田さんの演出じゃないんですよね?」

「もちろん。でもどうやって?位置偽装対策はしてるから、違う場所からは接続出来ないはずなんだけど…」

「体育館には確かに私とT山さんだけでしたよ…」

「そうなると…。あ、体育館の屋根の上にいたとか…」

「そんな、忍者じゃあるまいし…」

「だよな」

K形、M田、にいまるの三人が顔を見合わせて笑っていると、パトカーのサイレンが聞こえた。

「あ、サイレンの音、ばっちりでしたね。にいまるさんナイスでした」

にいまるはスマホを取り出し、パトカーのサイレン音を鳴らした。

「バレないか心配でしたが、大丈夫でしたね」

にいまるはスマホをポケットにしまうと、再びモップを手にした。

遠くからまだパトカーのサイレンが聞こえる。

「ん?誰か鳴らしてる?」

家庭科室にいる全員が手を止め、首を横に振り、耳を澄ました。

静まり返る室内。

やはり、遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。

窓の外、複数の赤色灯が遠くに見える。

「おいおい…本物のパトカー来てないか?」

「誰が通報し…。あ…」

その場にいた全員が一人の男性の顔を思い浮かべた。

「おい、T山さんに早く連絡!」

M田がスマホで電話するもT山は出ない。

「繋がりません…。迎えに行って来ます!」

「何処にいるか分かるんですか?」

アプリ開発スクールの受講生が不安げな表情を浮かべる。

「位置情報がオンになったままなら、居場所は特定できるんだよ」

M田は駆け足でノートパソコンが置かれている体育館の玄関スペースに向かった。

「この状況で警察が来たら絶対に誤解されるぞ…。とりあえず早く片付け進めて!」

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田舎道を外れ、しばらく林の中を進むと一軒のコテージが見えてきた。

「あれがわしの家だ」

初老の男性がコテージを指差す。

思っていたより立派な作りにT山は少し驚いた。

道中、初老の男性の生い立ちや今の生活ぶりを延々と聞かされたT山。

元々は裕福な家庭で生まれ育ち、医師として活躍していたが、離婚を機に退職し、この地で物を拾いながら悠々自適な生活を送っているそうだ。

(きっと就職したらこんな風に上司の自慢話や武勇伝を飲み会で延々聞かされるんだろうな…それにしても…)

コテージに近づくにつれ、獣の臭いが鼻をつく。

野犬を見つける度に保護しているそうなので、きっと犬達の臭いだろう。

しかし、コテージの周囲に犬小屋は無く、外には一匹も見当たらない。

「きっとみんなも歓迎してくれる。とにかく怖がらないように」

コテージの玄関でそう念押しされたT山。

「どうぞあがって」

木製の玄関ドアが開き、コテージ内の光景を目にしたT山は戸惑った。

(ちょっと…これは…)

一階は広いリビング。左右にベッドルームがあり、正面突き当りに二階へと続く階段。

リビング内は犬の糞尿に塗れ、至る所に犬、犬、犬。

人混みならぬ、犬混み。

多種多様な犬達がご主人の帰りを待ちわびていた。

「みんなただいま~」

初老の男性が犬の頭を一匹一匹撫でまわし、頬ずりし始めた。

一見、初老の男性の周囲は穏やかに見えるが、他は違っていた。

T山を威嚇するように牙を剥き出し、低い声で唸る犬達。

「さぁさぁ、あがって。今お茶を淹れるから、ゆっくり寛いで」

(は?この状況、何処で寛げと?)

リビング内のソファもダイニングテーブルも犬に占領されている。

【ここにお前の席は無い】とでも言いたげな犬達。

「そうだ、左のベッドルームで姪っ子が寝てるから、起こして来てもらえるかな?」

「あ、はい…」

犬混みをかき分けるよう、足元に細心の注意を払いながら、T山は左側のベッドルームに向かった。

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ベッドルーム内は窓が無く、シングルサイズのベッドが二つ並び、中央にはナイトテーブル。

犬は一匹もいない。

右側のベッドに姪っ子と思わしき女性が薄手のシーツをかけて横たわっている。

「あの~」

呼びかけるも女性は起きそうにない。

「すみません!ぐっすり眠ってるみたいですけど!」

T山は再びリビングへと続くドアを開け、初老の男性に報告した。

「最近ずっと眠ってばかりでな。すまんが叩き起こしてくれるか!」

「あ、はい…」

T山はドアを閉じると、横たわる女性の元に近づいた。

「あの…。え?!」

顔を覗き込んだT山は絶句した。

髪の毛が長い為、女性と推測されるが、T山は断定することが出来ない。

(どうなってんだよ…これ)

顔中、1~2センチ程の黒いイボだらけで肌色が見えない。

「ちょっと!大丈夫ですか?!」

呼びかけるも全く反応が無い。

「ちょっと失礼します…」

T山は薄手のシーツをめくり、女性の手首に指を当てた。

(嘘だろ…脈無いぞ…)

嫌な予感がしたT山はポケットからスマホを取り出した。

(110番通報しなきゃ…あれ?)

廃校では使えていたスマホは圏外だった。

「姪っ子、起きたかな?」

T山が頭を掻きむしっていると、背後から呼びかけられた。

満面の笑みを浮かべた初老の男性がいつの間にか背後に立っている。

「どうかしたかい?随分具合が悪そうだけど…」

「あ、いえ…ちょっと友達に電話しようと思ったんですけど、県外で…」

「あぁ、すまんな。こういう生活をしていと携帯とは無縁でな。電波とか電磁波って身体に悪影響なんだ。人にも、もちろん犬にも」

「…」

「だから少しでも健康でいられるよう、二階に電波遮断装置を置いてあるんだ。知人からカンニング対策用のお古を譲ってもらってな」

(おいおい…、絶対にやばいやつだぞ、このじいさん…)

「で?姪っ子は?」

「…んでま…」

「何?」

「死んでます!顔中イボだらけで!」

「はて?イボ?」

初老の男性はベッドに横たわる女性の顔を覗き込んだ。

「どこにイボがあるんだ?」

「いやいや、どう見てもイボだらけでしょ!」

T山も再度覗き込んだが、先程と変わらず、イボだらけの女性。

「あぁ、そうか分かった。なるほど、イボか…」

初老の男性は満面の笑みを浮かべた。

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「ちょっと待っとれ。今、良いもん見せてやる」

初老の男性はそう言ってベッドルームから出て行った。

(今の内に逃げなきゃ…)

T山はゆっくりとドアを開けた。

「待っとれと言ったろうが!それ以上、動いたらこうなるぞ!」

初老の男性はリビングの壁に吊るされた麻袋から大きな肉片を複数手に取り、リビング中央の床に置いた。

「待てよ!待て!」

犬達は涎を垂らしながら、肉片を目の前に飛びつくことなく、静止した。

「良し!」

初老の男性が指差す合図と共に、一斉に肉片を貪る犬達。

「わしの合図でお前さんも一瞬で肉片になるぞ!分かったら待っとれ!」

T山は言われるがまま、ベッドルームに戻り、左側の空きベッドに腰掛けた。

全身の震えが止まらず、両太腿を何度も叩くT山。

(まずいぞ…どうしてこんな目に遭わなきゃならないんだ…。どうすれば…)

打開策が思い浮かばす、途方に暮れるT山。

しばらくすると、一匹の犬を連れた初老の男性がベッドルームに戻って来た。

まるで少年のように嬉々とした表情を浮かべながら、T山の隣に腰掛けた。

初老の男性とT山の間の床にはT山を威嚇するように牙を剥き出し、低い声で唸る犬。

「ほれ。これを見てご覧」

垂れ下がった犬の耳を持ち上げる初老の男性。

「これって…同じ…」

右側のベッドに横たわる遺体の顔面同様、犬の耳の穴からその周囲にかけて、びっしりとイボだらけ。

「どうだ、美しいだろ?元々、犬は好きだったが、これを見て以来、より好きになってな」

初老の男性はナイトテーブルの鍵を開けると、上段から救急箱、下段から真っ黒な箱を取り出した。

救急箱から厚手の手袋とピンセットを取り出し、真っ黒な箱をベッドの上に置き、徐に蓋を開けた。

「…」

箱が黒いのではなく、中身が黒い。

箱が透明なアクリル製であることにT山が気付くのに時間はかからなかった。

アクリルボックスの中は黒くて小さい虫がびっしりと詰まっていた。

体長は数ミリ程度。

胴体が大きく、手足は蜘蛛のようだった。

初老の男性が厚手の手袋をはめ、虫で蠢くアクリルボックスの中に手を入れた。

満面の笑みを浮かべながら、中から何かを取り出した。

(なんだよそれ…)

初老の男性の手元には遺体の顔面同様、びっしりとイボだらけの固形物。

「それ…何ですか…」

「これか?踝から下、人の足だ。わしが外で拾ってきた、この子達の餌だ」

「この虫に噛まれると、そのイボが出来るんですか?」

T山は横目で救急箱を確認しつつ、初老の男性に質問した。

「まだわからんのか?これはイボじゃない。【マダニ】だよ」

「マダニ??」

初老の男性は手袋の上をゆっくり動く虫を指差した。

「この小さいのもマダニ。この子達は吸血性のダニの一種でな。動物に寄生して噛みつき、血を吸う。

 イボに見えたのは吸血後にぱんぱんに膨らんだ状態なんだよ。ちょいと見とれよ」

初老の男性は人の足に噛みついているであろうイボに見える一匹のマダニを親指と人差し指で摘まむと、力を込めて潰した。

指先に飛び散る血液。

「ほれ。中身はこの通り、血だよ。そうだ、興味を持ってもらえたみたいだし、もっと良いものを見せよう!」

初老の男性は人の足をアクリルボックスの中に戻し、アクリルボックスの中を真剣な眼差しで見つめた。

「いたいた。これがまた凄いんだ」

初老の男性はアクリルボックスの上にティッシュペーパーを広げ、その上に一匹の膨らんだマダニを置いた。

救急箱の中から医療用メスと思われるものを手に取り、マダニの胴体に刃先を突き刺すと、ゆっくりとスライドさせた。

縦に真っ二つとなったマダニの胴体から、とびっ子のような赤黒く小さい粒々が大量に溢れ出した。

「この一粒一粒がマダニの卵だ。一匹から千近く産まれる。素晴らしいだろ?本当は産卵している最中を見せたかったんだが、それはまたの機会にしよう」

初老の男性は徐に隣のベッドに横たわる遺体にかけられたシーツをめくると、脹脛を手で揉み解した。

「この辺りで良いかな」

再度、医療用メスを手にすると、脹脛に刃先を突き刺し、ゆっくりとスライドさせた。

十五センチ程度、切れ目を入れると、指を入れ、押し広げた。

「これで良しと」

初老の男性は先程、強制的に産卵させたマダニの卵を脹脛の切れ目に均一になるよう摺りこんでいく。

「この子達の親として、卵から孵ってすぐ血液に在りつけるようにしたんだよ」

初老の男性は医療用メスを救急箱の中に戻しながら言った。

「姪っ子もきっと喜んでるだろう。次は君が甥っ子にな…」

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首元を押さる初老の男性。

T山の手には医療用メス。

「声が出なけりゃ犬に合図できないだろ?」

首元から血を溢れさせながら初老の男性はベッドに倒れた。

T山はアクリルボックスの蓋を開けると、初老の男性の上から大量のマダニを満遍なくばらまいた。

「それじゃ。お邪魔しました」

リビングの犬混みをかき分けながら、T山はコテージを後にした。

身震いが止まらないT山。

スマホを取り出し、現在地を確認した。

(とりあえず、さっきの田舎道まで戻ろう…)

スマホ片手に歩きだすT山。

風が吹く度、獣の臭いが鼻をつく。

振り向くT山。

遠くに見えるコテージの明かり。

野犬の遠吠えはしばらくの間、T山の耳にこだました。

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田舎道を歩くT山。

遠くから車のヘッドライトが見えてきた。

「すみませ~ん!」

立ち止まり、両手を振りながら大声で叫ぶT山。

徐々に近づく車。

「すみませ…えっ!」

衝撃と共に撥ねられたT山。

【バタンッ】

車のドアが開く音に続き、駆け寄る足音。

「すみません!大丈夫ですか?よそ見してたら気が付かなくて…」

聞き覚えのある女性の声。

「あ、はい。何とか…。痛っ…」

「本当にごめんなさい!病院までお連れします!あ、事故だから警察かな?どうすれば良いんだろう…」

スマホ片手に軽いパニック状態の女性。

「とりあえず…車に…乗せてもらえますか?」

「あ、はい!すみません!」

後部座席のドアを開ける女性。

T山は後部座席で横になった。

「大丈夫ですか?」

運転席から振り向き、心配そうな顔をする女性。

「死ぬような痛さじゃないです…」

「それなら良かったです!あの、ちょっと寄り道して良いですか?」

「え?」

「この近くの廃校でゲームのイベントがあるんですけど、私、遅れちゃってて…」

「それは駄…」

廃校には殺人犯がいることを伝えようとする前に意識が遠のき始めたT山。

「あ、寝ちゃいました?よっぽど疲れてたんですね?」

女性が鼻歌交じりに車を運転し始めた。

【~♪~~♪~~~♪】

意識が遠のく間際、聞きなれたタイトル曲に微笑むT山。

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数か月後。

動画投稿サイトに一本の動画が投稿された。

【自宅迷宮】と呼ばれる野良アプリの実況動画。

「は~い。みなさんこんちは!T山で~す!それじゃ、早速やっていきましょ!」

【自宅迷宮】のタイトル画面で軽快な挨拶を終え、ゲームを開始した。

「今日は昨日の続き、ボス階の直前からで~す。そうそう、アップデートで三人称視点が追加されたので、今回はこれでやっていきます!」

T山が操作するアバターが階段を上がると、画面が切り替わった。

「え?」

ゲーム画面にはマンションの一室でスマホ片手にヘッドセットを付けたパジャマ姿の男性が表示された。

「何これ?意味わかんないんだけど?何で俺?つーか俺の自宅そのままじゃん!」

本来、自宅迷宮は3D映像のはずだが、ゲーム画面はどこからどう見ても実写。

「もしかして、撮影されてる?」

T山は背後を振り向くも、室内にカメラは見当たらない。

「は?なんだこれ?」

左上のタイマーアイコンが白⇒黄⇒赤⇒黒と一気に変化した。

【大変です!スカベンジャー(掃除人)が現れました!】

「は?なんでだよ!」

本来であれば新しい階に足を踏み入れてから、10分で登場するはずのスカベンジャー。

背後の空間が歪み、ブラックホールのようなものが徐々に広がった。

「何これ?新イベント?やべーなおい!」

興奮が隠し切れないT山。

T山が振り向くと、スカベンジャーではない、別のアバターが現れた。

白狐の面をつけ、漆黒に黄の差し色が入った着物、腰には太刀と小太刀。

「まじかよ?!S行者さんと戦えるのかよ?!まぁ、スカベンジャーじゃなけりゃ余裕だろ!」

一気に接近し、S行者さんに殴りかかろうとしたパジャマ姿の男性。

「え?」

一閃。

パジャマ姿の男性の左腕が床に転がり、血が噴き出した。

「痛ってぇ!!!!!!!!!!!!!何で俺の腕が?!部屋の中、誰もいないぞ!どうなってんだよ!!」

片腕を失くし、慌てふためくパジャマ姿の男性。

【ピンポーン】

インターホンの音。

「あ!ばあちゃん、帰って来た!」

パジャマ姿の男性が駆け足で玄関に向かう。

「どうして、鍵開かないんだよ!」

背後から近づくS行者さん。

「ごめんなさい!ごめんなさい!許してくださ…」

スマホが落下したのか、玄関の足元から見上げるような視点となった。

続いて、立ち尽くすパジャマ姿の男性が崩れ落ちた。

T山の首から上だけが玄関の宙に浮いている。

掴んでいたT山の髪の毛を放すS行者さん。

落下するT山の頭部。

ゲーム画面には血塗れのT山の苦痛に歪んだ顔面がアップで映し出され、最後に文字が表示された。

【ゲームオーバー】

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【ピンポーン。ピンポーン】

インターホンを鳴らす老婆。

「あら?出かけたのかしら?」

バッグから鍵を取り出し、玄関ドアを開けた。

「ただいま~」

静まり返る室内。

「遊びに行ったのかしら?あら?」

足元に落ちているスマホを拾う老婆。

「あら?忘れてったのかしら?何これ?動画?」

ゲーム画面にはパジャマ姿の男性が表示され、まるでスマホの中から出してくれと言わんばかりに画面を叩き続けている。

直後、背後から近付く巨大な怪物に捻り潰されるパジャマ姿の男性の頭部。

【ゲームオーバー】

「こんな気持ち悪いゲーム、何が楽しいのかしらね…」

老婆が画面をタップすると、再びパジャマ姿の男性が表示され、怪物から逃げ回り始めた。

「やだねぇ…」

老婆は嫌悪の表情を浮かべ、スマホの電源ボタンを長押しした。

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林の中を歩く二人の男性。

「おい、本当にこんな所にあるのかよ?」

廃校ドッキリ映像が予想以上に反響を呼んだ為、次回ドッキリに向け、下見をしに来たM田とK形。

「どうしました?」

背後から呼びかけられ振り向いたM田とK形。

「あ、この辺りにあるコテージを…」

途中まで言いかけて、M田とK形は絶句した。

犬を引き連れ、顔中マダニで埋め尽くされた男性が口元を大きく開けている。

「そりゃ、わしの家だ」

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さとるさん
今月は投稿されないと思ってたので、良い意味で期待を裏切られました。
ありがとうございました。

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