北海道のだだっ広い道を年季の入った単車で走る
前にも後ろにも車は見えない
もうすぐ朝焼けが見える
ほら、太平洋の水平線に太陽が頭を出し始めた
ふと、バイクのケツが上がる
「もう、いいのかい?」
俺は独りごちた
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彼女との出会いは高校のときだ
真面目な彼女とわかりやすい不良少年の俺、
接点なんてなかった
でも、何の気なしに顔を出してた高2か高3の夏休み前の終業式で生徒会の役員としてスピーチしてた彼女を見てすぐに好きになってた
一目惚れだった
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長い黒髪も好きだったし、凛とした目も好きだった。ハキハキ喋るとことか他の女とは一味違うぜって思ってた。
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これは間違いなく高3のとき、就職するために今まで金髪だった髪を真っ黒に染め直してた頃
学校近くの駅前で自転車をガチャガチャやってる彼女を見かけた
話しかけるとイヤな顔されるかなと思ったけど、勇気を出して話しかけた
どうやら、カギをつけっぱにしてた彼女のチャリは誰かのイタズラでカギを抜かれてロックされてるらしい
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「急いで塾に行かないと行けないのに」
そう言ったから、じゃあ乗れよって俺の単車に乗せて送ってやった
ホントは一悶着あったけど
「君って意外といい人なんだね」って言われたことしか覚えてない
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そこから一気に仲良くなった
俺は就職、彼女は大学、それぞれに分かれても変わらず出掛ける時はこの単車だった
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なんだか彼女に認められたくて、死ぬ程仕事を頑張った
普段は怒りっぽい現監に
「○高出身でこんなに頑張るヤツは初めてだ」って言われた
嬉しくてもっとがんばった
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彼女は大学を出て地元のそこそこの会社に就職をした
そこから2年が経って、俺は彼女の両親の前にいた
彼女と俺、2人で決めたことだった
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意外なほどあっさりと親父さんは結婚を許してくれた
彼女のお母さんも味方してくれた
どうやら彼女が俺のポジティブキャンペーンをしてくれてたらしい
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息子と娘、2人の子が生まれてからは俺はバイクに乗らなくなった
売っぱらったわけじゃないけど、昔の俺からみたらしょっぼい軽に乗って、家族で出掛けるのが最高に楽しかったからだ
なんとかローンが組めた家は俺の城だ
内装は全て妻に任せた
だって喜ぶ顔みたいだろ
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幸せは長く続かなかった
子供たちがそれぞれ、出会ったときの俺たちくらいの年になったとき
俺は妻を失った
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今でも思う、じじいに運転させんなよ!ってな
ただ、どうしようもない事故だった
妻はコンクリ塀とトラックにすり潰されて死んだ
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勢いよく走ってきたトラックを避けられず
じじいはブレーキとアクセルを間違えたまま妻をすり潰した
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俺は泣いた。
目が干物になるんじゃねぇかってほど泣いた
暴れ散らしたい気分だったけど
妻の子供たちの前だと思うとそんなことできない
じじいは公判中に死んであっさりと刑事裁判は終わった
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抜け殻のようになっていた俺はそれでも
きちんと仕事はこなした
子供たちがどちらも大人になる年だった
世の中が俺だけ置き去りにして勝手に進んでる気がした
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夕方、仕事帰りにスーパーに寄り惣菜を買う
ろくにみる気はないのにテレビをつけて1人の夕飯を始める
始まりはそんなときだった
ブツン、
いきなりテレビが切れた
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妻は大事な話をするときは、いつもテレビを消した
息子の部活動の話とか娘の初恋の話とか、俺が「勝手にやるだろう」と気にもしないような話でテレビを消した
おかげでいまでもあいつらは俺を慕ってくれてるのかな?
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テレビが切れた瞬間、箸で持ってたコロッケを落とし、涙が勝手に流れた
「おまえ、ここにいるのか?」
カタカタとテーブルの前の椅子が揺れた
あいつの席だった
涙がとまらなかった
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約束を思い出した
『子供たちの手が離れたら2人で旅行しましょう』
『どこか行きたいとこがあるのか?』
『うーん、どこでもいいけど1つだけ条件』
『なに?』
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『初めて会ったときみたいにバイクに乗せてね』
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そこから俺は準備に取り掛かった
古くてサビついてるバイクをバラバラにして
ダメそうなパーツは新しいものを注文した
磨きに磨き上げた
あの頃、俺たちが高校生だったころ
そのときのバイクになるように
あの頃みたいに夢中になってピカピカにした
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もう全てがいらない
だって家族が帰ってきた
行先は決まっていた。北海道だ
家族旅行で行きたくて行けなかった場所
身の回りの全てをお金に変えて
アパートを引き払った翌日から出発した
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もうすぐ朝焼けが見える
ほら、太平洋の水平線に太陽が頭を出し始めた
ふと、バイクのケツが上がる
「もう、いいのかい?」
俺が語りかけると
『ありがとう』と言われた気がした
タンデムシートから少しの重さが消え
背中からほのかな温もりが消えた
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『ほら、子供たちも待ってる』
朝焼けに妻と子供たちの姿が滲んだ
「いま行くよ」
太陽に向かって走った
作者春原 計都
春原 計都 春の彼岸祭り⑦
「終幕」