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中編3
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原稿用紙怪談・四

『鼻歌』

台所から鼻歌が聞こえる。少し調子の外れた「sing sing sing」。

妻が機嫌の良い時に歌っていた曲だ。

妻はよく鼻歌を歌っていた。楽しい気分を歌に乗せて、悲しい時はそれを吹き飛ばすように。自作と思えるデタラメな曲を歌うことも少なくなかった。

それに合わせて肩や腰を揺らしていることもあった。しかしどうやら無意識らしく、指摘すると驚いて「聞かないでよ、見ないでよ」と照れて笑っていた。

台所から鼻歌が聞こえる。少し調子の外れた「sing sing sing」

妻の鼻歌。なんとも気分が良さそうに歌っている。姿を見たら、きっとノリノリで体を揺らしていることだろう。

何故、こんなにも上機嫌なのか。

私は先日受けた健康診断結果を、もう一度見つめた。

妻は、三年前に死んでいる。

(328文字)

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『目は口ほどに物を言う』

俺はマスクが嫌いだ。

マスクって目元しか見えないだろ?

すると、人間の顔って冷たく見えるんだよ。

最近はどいつもこいつもマスク姿。

奴らは揃って冷たい目で俺を睨みつけて、隠した口元で罵詈雑言を呟いている。

なんで睨まれるのかって?

それは俺がマスクをしてないからだ。

何故だと?

それは俺が聞きたい。何故、お前らみんなマスクをしてるんだ?

不気味なウイルスが流行っているから、なんて聞きたいんじゃない。

今やどの店にもマスクはない。棚は空っぽ、入荷は未定。

なのに、お前らのしてるその真っ白なマスクはなんだ。

おおかた、一人で何箱も買い占めたんだろう。

町中が、まるで犯罪者を見るように俺を見る。

もう耐えられない。

・・・・・

駆け込んできた男の血走った目に、店員は思わず身構えた。

「マスクを出せ! じゃなきゃ、いつまでも目から逃げられない!」

「目⁈」

「お前もだ。お前も、俺をそんな目で見るな! 早くマスクを出せ‼︎ はやく〜〜‼︎」

(399文字)

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『家に帰る』

「風邪なんか引いたことがない」が口癖だった祖母は、今年のインフルエンザであっさり旅立った。入院先からしきりに帰りたがったが、結局叶わなかった。

体を綺麗にしてもらい病院を出た後、葬儀社のご厚意で一度家に寄ってもらうことになった。といっても、走る車中から外観を眺めるだけである。

私は助手席に娘を乗せ、霊柩車を追走していた。

住宅街を抜け、やがて子供の頃よく遊んだ祖母の家が見えてきた。予定ではその周辺をぐるりとしてから葬儀社に向かうはずだったのだが、何故か霊柩車はハザードもつけずに停車し、後部座席が開いた。

が、誰も出てこない。

十秒ほどでドアは閉まり、何事もなかったかのように車は再発進する。

私は首を傾げながら後に続いた。

葬儀社についてから顛末を尋ねると、「よくあることです」との返事。

運転手が意図せず霊柩車が停まり、棺側のドアが開くことは、ままあるらしい。

祖母は、家に何か忘れ物をしていたのだろうか。

(398文字)

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『桜の木の下には』

桜並木の坂道を下る時に奇妙な音が聞こえるようになったのは、三ヶ月前からだった。

一緒に歩く友人には聞こえないその音は、発情期の猫の鳴き声のように不気味で、不安感を掻き立てた。

おまけに最近すこぶる不調だ。始終吐き気や目眩がし、気分は暗澹として涙脆く、情緒不安定この上ない。

心配してくれる友人には笑って見せるけれど、全然大丈夫じゃない。

━━本当は、体の不調の原因も、あの奇妙な声がなんなのかも、もう気がついている。

『ソレ、俺の子だって証拠あんの?』

電話越しの冷たい声が頭の中で響く。それは、あの坂道の声と一緒に私を追い詰めた。

月のない夜、私は坂道の頂上に立つ。

かすかな星明りに浮かぶ桜の木。その根元から、か細いけれどはっきり聞こえる赤ん坊の泣き声。

この声は私を呼んでいるのだ。

今まで土の中に一人で、寂しかったね。今、抱きしめてあげる。二人とも。

私は木の下と下腹部にそう語りかけると、縄を木に掛けた。

(396文字)

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