参考人調書(不立件により破棄予定)

長編14
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参考人調書(不立件により破棄予定)

【事件の概要(全国紙記事から抜粋)】

 18日午後1時ごろ、建物の基礎部分を解体していた工事関係者から「人が埋まっている」との110番通報があった。県警が調べたところ、地中から、成人男性二人の遺体が見つかった。県警によれば、遺体は腐敗しておらず、それぞれ、全身に百か所以上もの骨折がみられるとのことで、身元や死亡の経緯を調べている。

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取調:令和元年11月22日(金)9時4分~同日16時46分 第2取調室

   (昼食休憩:12時00分~12時45分)

担当:巡査部長××××、巡査長××××

参考人:内田陽介(男性) 身上明細、別紙

今後の業務:本紙を参考人調書(案)として、捜査主任に報告

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(参考人任意聴取)  供 述 調 書

(人定事項、署名等省略。別紙身上明細に同じ)

 上記の者は、佐藤健司及び高木慎太の不審死事件について、令和元年11月21日××警察署第2取調室において、任意に以下の通り申し述べた。 

1 私は、文書管理室長という立場で、佐藤の直接の上司に当たります。佐藤は20代半ばの年齢で、まだ若干学生っぽいというか、ちょっと軽い感じのある男であったと思います。佐藤と話す機会も多く、休憩中には雑談もします。年齢は、私の方が10歳くらい上でしたが、うちの部署は人も少なくアットホームな雰囲気なので、佐藤とは親しい間柄だったと思います。職場外での彼の交友関係については、特に把握していません。

2 今年の8月頃から、佐藤は、仮想通貨や株式取引などについて、いろいろと調べている様子でした。「株、始めたの?」と私が話かけると、佐藤は「株はみんなやってるんで。他に新しいの、何かないか考えてます」そんなふうに言っていたのを覚えています。

3 二カ月ほど前、たしか9月下旬だったと思います。

 佐藤から「室長、不動産投資って興味ないですか?」と、唐突に訊かれました。多少興味はあったので、話を聞いてみると『都会に出るのに、そこまで苦ではないくらいの距離にある地方の空き家を安く買い、簡単にリノベして外国人に売るか貸す。日本に住みたい、別荘を持ちたい、などの興味を持っている外国人は多いらしいから需要はあるはずで、きっと儲かる』そんな内容でした。私に興味があるかと声をかけてきたのは、平たく言えば「金を貸してくれ」ということだったのです。

 佐藤が言うには、元手として、350万円必要とのことでした。そのうち、150万円を援助してくれと言うのです。佐藤には、それだけの貯金はなく、かといって金融業者からの借り入れは、できればしたくないということでした。

 

4 私は、もちろん断りました。

 ちなみに、私の部署は、不動産関係との繋がりは一切ありません。佐藤も私も、不動産ビジネスは全くの素人です。佐藤は簡単なサイドビジネス程度に考えているようでした。私は、佐藤の言うようにうまくいくとは思えず、仮に佐藤に金を貸しても、返ってはこないだろうと思いました。

 ただ、350万という金額に違和感を覚えました。「地方の空き家といっても、家を買うんだよな?買って、簡単とはいえ、それを人に貸せる状態に改修して350万?安すぎるだろう。ローンでも組むのか?」と佐藤に訊きました。

 

5 すると佐藤は「庭付き一戸建てで、150万っていうのを見つけたんですよ。」と得意げに答えました。

 「ありえないと思うでしょ?自分もそう思いましたけど、あったんですよ。九州に。古めの戸建てなんですが、自分の遠い親戚の持ち物なんです。その人は、大学出てからずっと東京で仕事して、結婚して千葉のマンションに住んでるんですね。で、その激安物件は、その人の親、高齢の父親だか母親だかが住んでたらしいんですけど、数年前に亡くなって以来、そのまま空き家らしいんですよ。建物を取り壊す費用を俺が持つなら、土地を150万で俺に売るって言ってるんですよ。どうせ売れる見込みのない土地だから、その金額でいいって言ってるみたいで、もったいないっすよね~」とのことでした。

 佐藤は、あとは買い手を見つけるだけなんですけどね、などと言っていたように記憶しています。

 この空き家の住所について、「九州」以上の詳細は聞いていません。佐藤は、九州としか言っていませんでした。

6 佐藤から私に提出された休暇申請書の日付によれば、10月30日のことです。

 佐藤が、次週の月曜から金曜まで、5日間の有休を申請してきました。私の職場は、カレンダー通りに土日が休みで、平日の有給休暇もどちらかというと、取りやすい方だと思いますが、5日連続ともなるとさすがに理由を聞きました。

 「九州の物件、リノベしてきます。」と佐藤は答えました。例の話は、実はうまく進んでいたようで、購入に前向きな外国人を見つけたようなのです。

 私が資金を出さなかったので『改修費用を節約するために、自分でできるところは自分でやる。客の気が変わらないうちに、できれば来月中にはリフォームを完成させたい。そのために九州に行って作業したいが、九州なので通いでは無理だし、まとまった時間が必要』と話していました。

 私は、大したものだなと思いつつ「いくらで売れそうなの?」などと訊きながら、休暇を許可しました。佐藤に金を貸しておけばよかったなと思ったくらいです。

 このとき、佐藤の様子には、特に不審な点はありませんでした。

7 佐藤に休暇を付与した週が明け、佐藤が出勤してきました。

 私は、佐藤のサイドビジネスに一枚噛んで、小遣い稼ぎができないかとの思いがあり、早速佐藤に話しかけてみました。『改修の具合はどうだ?客は買いそうか?自分でやるのも限界があるだろう。話が具体化してるなら、多少は援助できるぞ』そういう話を、佐藤に振りました。

 これに対して佐藤は、「まぁ、これから、そういう時期が来たら、お願いするかもしれないですけど、とりあえず今回の件は、ちょっと手を引こうかと思ってるんで。必要があれば俺から言うんで、そういう話はしないでもらえますか。あと、俺のこの副業の件は、誰にも一切他言しないでくださいね。」という趣旨のことを、何とも面倒くさそうに言いました。上司に対してとる態度ではないと思いましたが、副業で成功した部下への妬みによるパワハラなどという反論を恐れ、私は何も言わずにその場を離れました。今まで甘やかしすぎたかな、と思いました。

8 こういう事件になった後だからかもしれませんが、今思えば、九州から戻って以降、明らかに佐藤の様子がおかしかったと思います。そわそわして、何か緊張しているような感じもあり、口数は明らかに減っていました。スマートフォンを、チラチラ見てばかりいる姿が目立ちました。私は『FXでもやってるのか?今度いっぺん、厳しく言わないとな』という具合に考えていました。

 

9 たしか、先週の金曜日でしたので、11月15日のことです。業務開始の直後、午前9時過ぎだったと思いますが、別の課の高木が急に佐藤のデスクまで来て、「ちょっと来いよ」と怒りを含んだ声で言い、佐藤のネクタイをシャツの胸部分ごと掴んで、室外へ引っ張って行きました。この高木は、佐藤の大学時代の同級生で、今も時々一緒に飲みに行く間柄だとか聞いた記憶があります。高木の交友関係については、私は一切知りません。

 私は、何かトラブルかと思い、佐藤の後を追い、少し離れたところから様子を窺いました。

 「あいつ、昨日から、俺んちにいるよ。気のせいとかじゃない。絶対にあいつだ。もう家帰れねぇよ。警察のことも含めて、何かあったらお前、どう責任取るんだよ」

 「いや、そう言われても、俺もどうしようもないだろ」

 「じゃあ、とりあえずお前、俺んちの様子見て来いよ」

 「いや、そもそも今業務中だし、お前の勘違だって。ありえないでしょ」

こんな会話が聞こえてきました。警察、という単語が非常に気になり、私は「あのさ、何やってんの?何かトラブってんのか?」と言いながら二人の間に割って入りました。 

 高木は、私を見ると「すいません。失礼しました。」と言って、そそくさとその場を離れました。第三者には話したくない、高木の顔にはそう書いてありました。

 「おい佐藤、お前ら何の話してたの?警察って何?」私はそのように問い質しました。「警察とか、そんなこと言ってました?」佐藤はとぼけました。「途中からだけど、聞いてたから。高木の家に来てる誰かと、警察沙汰になりそうなんだろ?」と、私は更に訊いたと思います。これに対して佐藤は少し考え『昨夜、高木が町でナンパした女性とトラブルになりかけている。その女性は、今も高木の家にいる。自分もナンパの場面に一緒にいた。高木は、それが事件になると恐れている。その女性を高木の家から立ち去らせ、このことを他言しないように言えと、高木から強く求められた。それだけで、自分は何も悪いことはしていない』そういう回答をしました。

 変なふうにごまかしてるな、とは思いました。しかし、先日からの佐藤の態度のこともあり、もうそれでいいやという一種のあきらめ、佐藤への面倒くささのようなものを感じ、それ以上の追及もせず、私語私用で長時間の離席はするなという趣旨の指導だけして、業務に戻りました。その日は、これ以外には特に佐藤とは会話していませんし、何事もありませんでした。

10 その翌週、つまり今週ですが、11月18日月曜日の午前9時前、私は、高木が所属していた課の大塚課長から電話をもらいました。

 『話したいことがあるが、時間をもらえないか』とのことでした。私が「今日はいつでも大丈夫ですが」と言うやいなや「なら、今すぐうちの課の会議室に来てください」と言って、電話を切られました。業務開始前の、他部署へのこういう電話のかけ方は異例で、何か相当ヤバい話だなと直感しました。

 すぐに会議室に向かうと、大塚課長が待っていました。大塚さんが「うちの高木の話なんですが」と切り出しました。このとき、大塚さんから言われたのが

『先週金曜の午前9時半頃、高木が何の手続きも許可もなく、いきなり退勤した。当然高木の携帯にも連絡しているが、いまだに一切連絡がつかない。今日も出勤してないので、無断欠勤として処理していくことになると思うが、高木は今月、そちらの佐藤君との九州旅行後から、勤務中にいきなり奇声をあげる等の奇行が確認されている。何らかの精神的な理由も考えられるので、軽々な処分は避けたい。何か、ご存じないか?』

という内容でした。

 

11 私は、佐藤が高木と一緒に行っていたことを全く知らなかったので、驚きました。九州旅行には佐藤一人で行ったものと認識していたことと、先週金曜の佐藤と高木のやりとりについて知っている限り、ありのままを話しました。

 大塚さんは「これは、一昨日の土曜日に、高木から送られてきたメールです」と言いながら、私にスマートフォンの画面を示しました。

 そのメールの文面は長く、相当に乱れた文章でしたが、要約すると

 『欠勤してすみません。私はもう限界です。原因は、文書管理の佐藤と九州に行ったときのことだと思います。そのときの状況は、添付の動画の通りです。佐藤が、後々ネットにあげるからと、私に撮るように言いました。警察に捕まるよりも、殺されることのほうが怖いです。携帯電話は、このメールを最後に破棄します。たぶん日本にはいられないので、今から海外に逃げようと思っています。今までお世話になりました』

という内容だったと思います。現物は、大塚さんが持っているはずなので、確認していただければと思います。そのときに、添付されていた動画も見ました。

12 その動画の内容は、私が記憶している限りでは、

 古いこじんまりとした家をバックに佐藤が映っていました。佐藤はへらへら笑いながら、自己紹介と、この家を自分でリフォームして900万ゲットだとか、何かそういうことをしゃべっていました。

 「それじゃ行きましょう」と佐藤が言い、玄関ドアを開け、中に入って行きました。

 家の中は薄暗く、佐藤が振り返りながら「撮れてる?」とか確認していました。

 「思ってたより綺麗ですね~」などと言いながら、廊下を進んでいくと「何この臭い」と、さっきまでのふざけた感じから急に真顔になり、佐藤が足を止めました。「まじで臭いな。気分悪いわ」と高木の声も入っていました。

 佐藤が「この部屋か?」と言いながら、引き戸を開けました。部屋の奥を覗き込むようにして「は?何あれ?」と声をあげ、部屋の奥へ進んで行きました。

 佐藤の背中を追うように、画面が部屋の奥の方へと近づいていくと、特に何も映っていませんでした。ただ、薄暗い和室と何もない畳が映っているだけでした。

 佐藤は、何もない畳を凝視しながら、本当に怖がっている様子で「子供の死体だろ!これ!何で!?ありえんし!おいこれ撮れてるか!まじやべぇ!」とか何とか、絶叫していました。高木は「俺にも見えてるけど、画面には映ってねぇわ!いや、これ絶対やばいって!」と叫んでいました。佐藤が「映ってねぇわけねぇだろ!ちょっと見せろ」と画面に向かって手を伸ばしてきたとき、高木が「ちょ待て!動いて」と叫びかけて、画面が大きくブレました。

そこで、動画は終わっていました。この動画も、大塚さんが消去していなければ、彼のスマートフォンに残っているはずです。

 大塚さんは「ちなみに今日、佐藤君は出勤してますか?彼から、ちょっと話を聞いてみてくれませんか?」と、私に頼んできました。私は「分かりました。午前中に話を聞いておきますので、午後イチで、またこの部屋でお伝えする形でよろしいですか?」と返答しました。

13 自室に戻ると、佐藤は出勤していました。窓ぎわに突っ立って、外を見ているようでした。

 「佐藤、ちょっと来てくれ。」と佐藤に声をかけました。佐藤は、私から声をかけられても、振り向きもしないし、返事もしませんでした。他の室員も、さすがにおかしいと感じ「おい佐藤、室長から呼ばれてるのが聞こえないのか!」と佐藤に言いましたが、これにも無反応でした。

 私も佐藤に対して、こいつの態度は何だ?と気分を害しました。「おい!」とさらに呼びつつ、佐藤に近寄ると、佐藤の頭に、ところどころ髪がごっそり抜けている箇所が見えました。

 驚いて佐藤をよく見ると、目の下にはすごいクマができ、何日も寝てないかのようでしたし、数日間風呂に入っていないような異臭も感じました。私は、とりあえず佐藤の腕をつかんで、書庫に引っ張っていきました。書庫は、私の部署に隣設されている倉庫のような部屋です。文書管理室内のドアから出入りし、窓はありません。中には作業用の小さい机とイスがあり、ほとんど誰も来ない場所でした。書庫のイスに、佐藤の尻を投げ落とすようにして座らせました。

 「お前、九州には、高木と一緒に行ってたらしいな。いや、別にそれはお前と高木の自由なんで構わないんだが、そのとき、何かあったのか?」

 「何もないです」

 「先週、高木とお前との会話で、警察がどうとか言ってたろ?あれは何のことだ?」

 「いや、何もないです」

 「高木はお前と話した後、無許可でいきなり退勤して、今も行方不明らしいぞ」

 「そうですか。でも、俺は何も知らないんで」

 たしか、このようなやり取りだったと思います。佐藤は抜け殻のような声で答えていました。このとき私は、佐藤を人事異動させようと考え始めていたことを記憶しています。 

 「お前、その態度、もういい加減にした方がいいぞ」と佐藤に言ったとき、ポケットの中の携帯電話が振動した気がしたので、ポケットに手を入れましたが、何も入っていませんでした。私は、携帯電話を自分のデスク上に置きっぱなしにしていたことに気づきました。これは、私にとっては非常に気になることでした。とりあえず携帯電話を回収してから、佐藤に説教をしようと思い「すぐ戻るから、そこで待ってろ」と言い残して、いったん自分のデスクに戻りました。

 

14 デスク上の携帯電話を取り、新規メールや着信の有無だけ確認してポケットに入れました。このとき、先任室員の太田から「佐藤、何かあったんですか?」と訊かれ「分からない。でも、あいつは次の定期異動で出す。あの態度は無理だ」と答えました。太田と少し話していると、書庫から

「わあああああああああ!!!ああああああああ!!!」

という、佐藤のとんでもない絶叫が聞こえてきました。人がこんなに大きな声を出せるのかというほどの叫び声でした。

 すぐに書庫の扉を開けると、佐藤の姿はありませんでした。佐藤を座らせていたイスは、破いて握り潰した紙屑のように、元の形が分からないほどグシャグシャに変形しており、そのまわりには、細かく引き裂かれた黒い布切れと、佐藤のものと思われる毛髪が大量に散らばっていました。布切れは、量的には、ハンカチ一枚分程度だったと思います。佐藤から目を離したのは、ほんの数分間のことです。何が起きたのか、まったく理解できませんでした。

 

15 私は「佐藤が消えた!」と室員らに言い、付近を捜すように指示しました。20分ほど付近を捜しましたが、佐藤の姿はありませんでした。何度も佐藤の携帯電話に架電しましたが「電源が入っていないか、電波の届かない・・・」という音声案内が流れるばかりでした。

 さっきの絶叫に驚いたんだと思います。他の部署の人間が、廊下を歩くふりをして、チラチラとうちの室内を窺っていました。

 その日の午前11時頃だったと思います。太田から「警察を呼びましょうか?」と意見されました。後に、別の刑事さんから「人の力だけで、イスをあのように変形させることは不可能。叫び声や大量の毛髪が引き抜かれていたことからも、通報すべきと思わなかったのか?」とも言われました。

 しかし、私の独断で勝手に警察に通報し、オフィスに警察が入るようなことになれば、他の部署も含めて全体として大騒ぎになる。室員の管理不十分という話にもなるだろうし、いずれにしろ、私は何らかの責任を問われかねない。そもそも、佐藤が職場から消えたということだけで、それで警察を呼んで大騒ぎしたとなれば、見識を疑われて左遷、最悪降格もありうるという危惧がありました。それで、警察には通報しませんでした。

 大塚さんには、その日の午後イチで、ありのままを話しました。今後について大塚さんと話し合い『とりあえず、二人が無断欠勤していて連絡もつかない、という事実についてのみ上に報告し、あとは今週いっぱい様子を見ましょう』という形で落ち着きました。今週中に、何らかの形で進展しなければ、上の指示を仰ぎましょうということを申し合わせました。

 それからは、昨日の昼に警察から佐藤の身元照会を受けるまで、何もありませんでした。

16 佐藤と高木は、何年も前からあった建物の基礎部分の下、つまりはコンクリートの下から発見されたと聞いています。私には理解できません。これまで申し述べたことの他、私には何も分かりません。

以上

Concrete
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カイト 様
不気味で面白いとのコメント、恐縮です。ありがとうございました。

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