「私、人が亡くなるのが2週間くらい前からわかるんです」
仕事を終えて、駅の近くの居酒屋でお酒を呑みながら、ご飯を食べている時だった。
後輩のM子が言った。
M子の話によると、人は死ぬ2週間くらい前から死臭を放つらしく、その臭いでM子はその人の死期が近いことを知るのだそうだ。
だが、普通はそんなに早くから死臭はしない。
でも嗅覚が鋭くて、死期が近い人の身体の内部(内臓)が発する腐敗臭(死臭)を、敏感に感じとる人が稀にいるらしいと、以前誰かから聞いたことがある。
きっとM子はそうなのだろう。
「嗅覚が普通より敏感なんだね」
そう言うと、M子は複雑そうな笑みを浮かべた。
「子供の頃からそうだったんですけど、でもその臭いがするのは年配の人が多かったので、加齢臭だと思ってたんです。でもこの仕事に就てからそれが死臭なんだって気づいたんです」
私たちはナースだ。普段から病気の人と接し、普通の人よりも死を間近に看てる。
「回復に向かっているように見えても、その臭いがすると二週間くらいで病状が悪化してステります(ステルベン=亡くなるという意味)」
必ず。
例外はない。
M子はそんな風に言った。
今日は立て続けにステルベンがあった。
新人ナースのM子には、ハードだったかもしれない。
「そう言えばさ、レントゲン技師のK君っていいよね」
私は話題を変えた。レントゲン技師のK君は年配の人に優しい、爽やかな好青年だ。仲間うちでは、彼はM子に気があるのではないかと噂している。
M子は可愛く、二人はお似合いだと思う。
余計なお世話かもしれないけど。
「M子 今彼氏いないって言ってたよね。K君なんかどう?」
私が尋ねると、M子は困ったような表情を浮かべた。
「K君はいい人だと思うけど…今は仕事で手一杯で、彼氏とか無理です。それに…」
M子は暫し沈黙のあと、言葉を続けた。
「…今日話した時 気づいたんです。K君から臭ってくるんです」
今日 仕事中、レントゲン室に患者を迎えに行って会話した時に、K君の口元から死臭がしたというのだ。
私は困惑した。K君は見た目には健康そうに見える。
「K君 病気ってこと? そんな風には見えないけど…K君に話して検査してもらう…?」
私の言葉にM子は首を横に振った。
「無駄だと思います。そんなこと言ったら変な人だと誤解されるのがオチです。それに…」
M子は言い淀んでから話を続けた。
「例え病気じゃなくても、死に捕まった人からは臭いがするんです」
言ったあと、M子はしまった!という顔をした。
M子はため息をついて
「先輩変なこと言ってごめんなさい。もう忘れて下さい」
それきりM子は話をするのを止めてしまい、私たちは気まずい雰囲気で店をあとにした。
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それから二週間後。
K君が死んだ。
病死ではなく、オートバイでの事故死だった。
朝の申し送りでK君の死を知った私は夜勤明けのM子に視線を向けた。心なしか蒼ざめて見えるのは夜勤疲れのせいなのか。
K君の事故死は偶然で、実は病魔に侵されていたのかもしれない。確認してないからわからない。
M子が言ったように病気でなくても、死の運命が間近に迫った人からは死臭はするのか…?
それとも…
M子が感じる死臭は人が発するものではなく、その人の背後に迫る、死神が放つ臭いなのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は知らず知らずの内に、手で自分の口を押さえていた。
作者國丸
昔、勤めていた病院にM子のような看護師がいました。ブログには彼女の話がありますが、エピソードが弱いので今回は彼女をモデルに創作しました。