これは、かつて刑事だったAさんから聞いた話。
長くなりますので、お暇なときにどうぞ。
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Aさんはすでに警察を退職している。
Aさんはその警察人生の最晩年、警部として捜査第一課でチームを率いていたときに、なぜかいくつもの不思議な事件に遭遇したという。
その様子を見たAさんの同僚からは、Aさんのチームは「警視庁呪殺班」などと揶揄されていたそうだ。
「失礼な話だよな」
Aさんは苦笑いして、そう言った。
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「ありゃ、不思議な遺体だったな。部屋の中にあるので、まるで溺死したようだった。」
Aさんが若い頃、まだ刑事になりたてだったとき、何が嫌だったかといえば、ご遺体の取り扱いだったそうだ。時間が経って腐敗が進んだご遺体や、電車に轢かれたご遺体も嫌だったが、最も憂鬱だったのが溺死体だった。
「溺死体っていうのはひどいもんだ。水を吸ってものすごく膨らむんだ。男でも女でも一見わからないようになる。最初見たときは夢に見そうだったな・・・・」
まあ、気持ち悪いだろうからあんまり詳しく描写はしないけど、とAさんは笑った。
「そう、あのご遺体は、まるで溺死体みたいに、ブヨブヨに膨れていたんだ。でも、発見されたのは部屋の中だった。見た感じ、死後3日ってところだったな。」
都内S区の賃貸のワンルームマンションの一室、男子大学生のS.I、20歳が発見されたのは、数年前の6月中旬のことだった。部屋のソファの上でうずくまるようにして死んでいた。室内には水気もなく、争った形跡などもなかった。6月の梅雨真っ只中で寒かったせいか、Sは室内着の上にニットの上着という随分な厚着をしていた。
通常考えれば、病死といった風だった。
しかし、ご遺体はこれまで見た室内のどのような病死体とも異なっていた。
「発見のきっかけは、大学に出てこなくなったことを心配した友人が訪ねていったことだった。何度呼び鈴を押しても出ない。それで扉を開けてみたら、すんなり開いたので中に入ったらご遺体を見つけた、ということだった。」
当初、所轄署の刑事は病死と何らかの事故死の両面から調べられ、ご遺体は司法解剖に回された。
「まあ、この一体のご遺体だけなら俺らが出張ることはなかったんだがな・・・」
この事件に捜査第一課が関わることになったのは、この後、都内で連続して3体、同じようなご遺体が上がってきたからだ。いずれも室内なのに溺死の様相を示していた。
「死んだ時期もほぼ同じだった。4人の死亡推定時期は、6月12日前後とわかったんだ。」
ご遺体の司法解剖が進む中、殺害方法は不明ながら、連続殺人事件の可能性も視野に入れ捜査が開始された。ご遺体は全部で4体、最初に発見されたS.Iと、その後発見されたT.Y(男性)、R.S(女性)、T.T(男性)で、いずれも都内に住む大学生だった。ご遺体の状況から、この四人には関係があることが想定されたが、4人は住んでいる場所も違うし、行っている大学については、S.IとT.Tは同じだったが、後の2人はバラバラ、ただ、一つ年代だけが近いということだけが共通していた。
「そこで、俺らにお鉢が回ってきたってわけだ。たまたま担当したのが俺だった。」
Aさんらの班が投入され、一番最初にご遺体が見つかった地区を管轄するS警察署に捜査本部が設置された。捜査員たちは4人の共通点を探し始めた。
「まあ、それはそんなに難しくなかった。4人は大学こそ違ったが、同じ旅行サークルだったんだ」
とはいえ、同じ大学というわけではないので、4人が揃って顔を揃えたことはあまりないらしい。もともと、S.IとT.Tの大学のサークルだったのだが、そこに他の大学の学生も加わっていたーということらしかった。
「その旅行サークルっていうのがちょっと変わっていて、いわゆるミステリースポットや心霊スポットを巡るということをやっていたらしい」
捜査を進めるうちに、直近で、T.Yら4人が関わった「旅行」が明らかになった。
それは、その年の2月のことだったようだ。
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<第一の証拠:N県O村のキャンプ場バンガローのノート>
その年の2月、T.Tの発案で、旅行が企画された。N県O村にあるバンガローに泊まるというものだった。その企画に参加したのが、S.I、T.Y、R.Sの三人だった。
4人の死因がなかなかつかめず、他に手がかりもなかったことから、Aさんは自らもそのバンガローに捜査に赴いた。
「まあ、そこは普通のキャンプ地のバンガローといった風だった。簡単な自炊施設とトイレ、風呂はなかったが、近くのキャンプ場の施設でシャワーが浴びられるようだった。2月頃は、オフシーズンと言ってもいいような時期で、利用者は少なかったようだ。どちらかというと、夏の利用者のほうが多い。」
Aさんたちが捜査に赴いたときには、当然、2月にS.Iらが利用した後に何組もそのバンガローを利用していたので、何らかの痕跡は期待できるものではなかった。
「バンガローの中に、ノートがあったんだ。利用者がメッセージを書くというやつだった。それをめくると、彼らが利用した2月10日にメッセージが書かれていた。」
そこには、
”この上の神社に肝試しに行きまーす”
と書かれていた。署名はT.T。どうやら、ツアーの目的はバンガローではなく神社であったようだ。
「地元の人によると、その神社は随分前に祭司も絶え、今は誰も管理していないのだという。地元民ですら、どんな神様を祀っていたのか知らないところだったようだ。いつの頃か、”女の幽霊が出る”だの、”落ち武者の亡霊がうろつく”だの言われ、ちょっとした心霊スポットとして雑誌なんかにも載るようになってしまったらしい。」
その神社は、車を使っても、県道から更に細い道に入り、しばらく山道を登ることになるため、夜に行こうとすれば、近隣で一泊するのが一番いい。そこに一番近いのが、このキャンプ場だったというわけだ。
「おそらく、2月10日の夜半、S.Iたちは、その神社に車で行ったんだ。俺たち?ああ、もちろん、行ったさ。ただし昼間にな」
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<第二の証拠:U湖の水>
神社は確かにしばらく村道を登ったところにあった。小高い丘の上まで荒れ果てた階段を登ると、苔むした石造りの鳥居に、朽ちかけたお社があった。神社の額の文字は全く判別できない。狛犬らしき彫像もあったが、片方は首が取れてしまい、悲惨な状況だった。
野鳥が鋭い声で啼く中、その神社の出で立ちはなんとも不気味だった。
「昼に来てもこんなに薄気味悪いってのに、夜に行こうっていうのは、本当に物好きだったんだろうな」
ただ、神社自体には変わったところはなかった。もちろん、S.Iらが来た、という痕跡も見出すことができなかった。
この神社、参道の階段を降りると、細い道を挟んですぐ林がある。その林の向こうには、U湖という小さな湖が広がっていた。
湖のほとりは切り立っているわけではなく、細かな砂利で、ちょっとした砂浜のようでもあった。こんな気味の悪いシチュエーションでなければ、夏に差し掛かり、暑い季節でもあったので、泳いでもいいくらいだった。
「でも、なんか薄気味悪かったんだ。水が異様に澄んでいるんだ。美しいといえばそうだが、深い青で吸い込まれそうだったよ・・・」
Aさんは、そのとき、なんでかはわからないが、この水を採取していこうと思い立った。
「自分でもなんでそう思いついたか不思議なんだがな。もしかしたら、4人がこの水を飲んで、この水に何らかの病原菌が?と思ったのかもしれないな・・・」
こんなことになるとは思ってもいなかったので、飲みかけのお茶が入ったペットボトルからお茶を捨て、そこに湖の水を入れた。
「結局、その水が決め手になったんだよ」
後日、その湖の水から、4人の死因につながるものが発見された。
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「結局、寄生虫だったんだ」
死因が特定されるまで、それから数週間かかったそうだ。日本住血吸虫という寄生虫の亜種で、これまで発見されていなかったものらしい。この寄生虫がいる水域で水に浸かると、皮膚から原虫が侵入し、数ヶ月かけて体内で増殖、悪寒や下痢などの症状の他に、腎機能や肝臓機能を冒し、体中がむくむそうだ。
最後には意識障害をおこし、助けも呼べないままブヨブヨの体で死を迎える・・・。
「ひとまず、これで、事件自体は解決した。4人は、揃って心霊スポットである神社にでかけ、そこで、何らかの理由で住血吸虫に感染した。ほぼ同じ体型、同じ年齢であったことから、ほぼ同じタイミングで死亡したーというわけだ。一応、そう報告書には書いたよ・・・」
でもさ、とAさんは続けた。
「おかしくないか?2月だぞ?そんなときに、なんで4人揃って、水の中に入ったんだ?」
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<第三の証拠:ビデオテープ>
「実は、報告書を書き上げる前に、部下の一人がおもしれーことを言ったんだ。
『Aさん、こういうツアー企画するようなやつは、ビデオとか撮ってないですかね』って」
どうして水に入ったのかが気になったAさんは、T.Tの部屋をもう一度捜査してみた。すると、HDビデオカメラがあったのに気づいた。最初に捜査したときには特に関係がないと思われ、見向きもされなかったものだった。
早速Aさんたちは、鑑識の協力の下、ビデオカメラの中の映像を調べてみた。
『あ、ありましたよAさん。2月10日から11日にかけての映像です。』
『第一の場面』
明るいバンガローの中。生前のS.I、T.Y、R.Sらが写っている。どうやら写しているのはT.Tのようだ。
S.I「これから、N神社を訪ねに行きます」
T.Yが横から顔を出し、ピースサインをする。メガネをかけたR.Sはそんな二人を見て、にこやかに笑っている。
『第二の場面』
車に乗っているよう。運転しているT.Tが助手席から映されている。背後から男二人がまだつかねーのか?などと声をかけてくるのが聞こえるので、撮影者はR.Sの様子。
外は真っ暗で何も見えない。ヘッドライトが闇を丸く切り取り、舗装の良くない村道を照らしている。
『第三の場面』
誰かが懐中電灯で照らしていてかろうじて階段が見て取れる。どうやら、神社の参道にあたる階段を下から見上げているところのようだ。ビデオには暗闇がザラザラとした質感で写っている。緊張しているのか、撮影者以外の三人もあまり口数が多くない。撮影者以外の3人は懐中電灯をもって思い思いの方を照らしている。
『行きましょうか・・・』
おそらく撮影しているT.Tの声。T.Tが一番しんがりに付け、先頭はS.Iのようだ。真ん中にR.SとT.Yを挟んでいるようだ。
『やっぱ迫力あるなー』『本当、なにか出そう』などと話している。
階段を登りきったとき、『うわ!』と声がする。先頭のS.Iが何かを見つけて叫んだ。
『どうした!』
T.Tが階段を駆け上がる。S.Iが懐中電灯で照らす先には首のない狛犬があった。
『なんだよ・・・』
T.Tの残念そうな声。
それから、4人は社に向かい、社を一周した後、階段を降りる。
特に、変わったことはなかった。
『第四の場面』
映像がものすごく揺れている。は、は、は、という激しい息遣いとともに、
ざっざっざ
ざっざっざという地面をける音がする。
ビデオカメラを持ったまま走っているようだった。
『あ~!』
時折、喘ぎとも、悲鳴ともつかない声がする。
ビデオを持って走っている人の周りにも数人いる気配がする。
はー、はあ、はあ・・・
映像の大きな揺れがとまり、小きざみなゆれになる。映像は相変わらず暗闇で、どうやら服の一部が写っているようだった。
『なんだよ、あれ。なんで車の中にあんなのがいるんだ?』
『どうするの?』
『めちゃくちゃ走ってきたけど、ここどこだよ』
『ちょ、まて、落ち着こう・・・』
肩で息をしながら、口々にもらす。どうやら、4人とも周囲にいるらしい。
『あれ、撮れたか?』
『いや、撮れてない・・・。あれ?録画スイッチ入っている・・・。あーだめだ。』
『ちょっとあれ!何!?』
女性の声、R.Sだろう。
カメラが向けられるが、暗闇で何も見えない。
『たくさん・・・なんだよ』
カメラに薄暗い森が逆さに映る。撮影者がビデオを持ったまま手を下げたようだった。
その後は薄暗く、揺れる画像の中、声だけがする。
『とにかく、走れ!車にもどれ!』
『でも、さっきのまだいるんじゃ?』
『でも、他に方法がないだろう』
『待って!足が・・・いやー!!』
なにか、大きなものが水たまりに倒れ込んだような水音がする。
『おい、待て、S。Rが落ちた』
『何してんだよ!』
バシャバシャと水音がする。
『早く!助けないと』
画面がひときわ大きく揺れたかと思うと、急に静止する。地面に投げ捨てられたようだ。
遠くで『おい大丈夫か』『掴まれ!』などという声とともに、バシャバシャと何人もが水の中に入る音がする。
ビデオの前にザッと音を立て、誰かの足が映る。
映像はそこで終わった。
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「T.Tのビデオの映像で、4人が水に入ったことはわかった。でも、理由はわからねえ。何があったんだ?まさか落ち武者の亡霊に追われて、湖に引っ張り込まれたってのか?結局、これ以上のことはわからなかったよ。それに、報告書にもビデオのことは書かなかったよ。だって、書けねえだろう?『お化けに追われて湖に落ちたみたいです』なんて。書いたらクビが飛ぶわ」
それにしても、とAさんは独り言のように言った。
「あの最後の足・・・誰のだったんだろう?R.Sを助けるため男3人は湖に入ったと考えるのが普通だ。バシャバシャ音を立てて、まだ助かってない様子なのに、誰かが戻ってきてビデオを切った?不自然だよな・・・」
今、その湖は完全に立ち入り禁止になっているそう。そして、件のビデオは、未だに証拠品として警視庁に保存されているとのことだった。
作者かがり いずみ
Aさんから聞いた事件シリーズの第二弾です。
読む人のよってはグロテスクな表現が含まれてしまっているかもしれませんのでご注意を。
面白かった方は
「現代風の呪い」
もどうぞ。