長編8
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予告

霊視ができる青年に起こった話。彼がそれに気づいたのは小学生の頃だった。登下校中に友達と歩いていると横に見知らぬ子を見つけたが、友達に「隣に誰かいない?」と聞いても「いないよ」と言われたこと。または家族で買い物しているときに「あそこ誰かいる!」と言っても自分以外の家族には見えていなかった。

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霊視ができるからと言って不便になることもなく、いじめられることも無かった。反対に同級生からは珍しがられいつも「霊ってどんなのがいるの!?」や「触ってみたことあるの?」などしばしば話の中心になっていた。注目されることは悪い気がしなかったので彼は自分の能力に感謝していた。

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彼の能力は成長と共に強くなった。そして彼の生涯に大きな影響を与える出来事が起きた。それは彼が中一に上がった時のこと。いつものように彼は自転車で学校に向かっていた。交差点の赤信号を止まって待っていると、向こうに赤いランドセルを背負った小さな女の子がいた。

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彼は何となくその子のことが気になり見ていると、その子の周りにあり得ないほど黒く染まったモヤが出来ていた。そのモヤの黒さが一層強くなった瞬間。ドーン!と大きな音が鳴った。大きなトラックが女の子のいた所に突っ込んでいたのだ。

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トラックは彼がいた位置から見て右側から右折して女の子に突っ込んで行った。彼は黒いモヤを注視していたので気づかなかった。その日はとても学校に行く気になれず、一日中その事故で頭がいっぱいだった。

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夜になり、家族全員で夕食を食べているときテレビから今日の事故が放送された。彼は自分もそこにいたことを家族に伝え、事故直前に黒いモヤが見えたことも言った。お父さんから「死を予告したのかも知れない」と言われ、彼はそうだとしたら「なぜオレはあの子を救えなかったんだ!」と酷く自己嫌悪に陥った。

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そして彼は自分の能力で人の命を救おうと思った。全員を救うことは不可能だが、防げるものに関しては防ぐ行動をすることに決めた。彼が中3になるまでの間に幾つか黒いモヤに覆われた人を見かけたが、その人の死因までは予知できないので動こうにも動けなかった。

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そして中3になりようやく黒いモヤの対象が誰になるのかを知ることができた。それはその年に祖父が病死したことによる。彼は入院中の祖父のお見舞いにほぼ毎日行ったが、祖父に黒いモヤは全く見えなかった。そこで病気は関係してないことを知った。祖父も自分の能力を知っていたので、彼は祖父をお見舞いしている間「おじいちゃんは絶対良くなるよ!大丈夫。おれは見えるからね!」と励ましていた。

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祖父もそれを聞いて安心していたのだろう。スヤスヤとお昼寝するかのように永い眠りについた。そして両親からは「お前の力は素晴らしいものだ。全員を助けようなどとしなくても良い。でも人の命を救えることもあるんだ。良いことに使いなさい」と言われた。もちろん彼は言われるまでもなく、そうするつもりだった。

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その後。町に出ると人が多くなりその分だけ黒いモヤに覆われている人もたくさん見かけたが、ここで彼は新たに気づくことがあった。黒いモヤの濃さは人それぞれ違っていた。ほとんど灰色のモヤに包まれた人を観察するとその人が少し転んだ後、モヤは消えていた。

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怪我の大きさによって違うのだと彼は思った。そして黒さが濃いモヤを背負った人でもふとしたことがきっかけで消えることもあった。例えばちょっと足を止めてケータイをいじったり、途中椅子に座って休憩したり。彼は時間を外せば亡くなる可能性は薄まると察知したので、やはり交通事故などの外傷が見えているのだと知った。

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そうと知れば、死というのは単なる確率でふとしたことで生に変わる。特に交通事故は自分が責任を持つべきことでもないと思った。小さな子どもは判断力に乏しいため救おうとするのは当然だが、例えばトラックの運転手などは自業自得だろう。そう彼は自分が助ける人と助けない人は決めた。

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彼が高校生になったころ、更に彼の能力は強くなった。テレビ越しにも黒いモヤが見えるようになり、しかも幽霊の声を聴けるようになったのだ。つまり黒いモヤがかかっている人に取り憑いている背後霊などから情報を貰えるのだ。

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ある日、テレビに出ている政治家にドス黒いモヤを見た。背後霊の姿もあったから事情を霊から聞いた。「そのおじさん、近く死にそうなんだけど。どうしてだい?」と。

霊は「答える代わりに〇〇の住所に手紙を出してくれ。おれは妻を残して死んじまったんだ。おれが言った通りに書いてくれたらあいつも分かってくれるだろうからさ」

「分かった、手紙はちゃんと出すよ」

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「取引成立だな。このおっさんについてだが、こいつは汚職をしてやがってな?ワイロを貰ったり他の人を騙したりして今の地位に昇ったんだ。その中でも大層こいつに強い恨みを持ってる奴がいて、そいつが殺すんじゃないかって俺たちの中で噂になってるんだ。」

「噂ってのは他の霊と?」

「ああ、そうさ。手紙ちゃんと書いて出してくれたらより詳しいやつ紹介するぜ」

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彼は霊の言葉に従い手紙を出した。一刻を争うためすぐに別の霊を紹介してもらい、その霊からのちょっとしたお願いを聞くことで情報を得た。そうやっていくうちに色々と知ることができた。生前、一流の新聞記者だった男の霊(仮にSとする)がいたので、その霊のツテを使い今まで集めた情報を新聞社に報告した。

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普通であれば新聞社も受け付けないところだが、まとめられた記事がとても良くできていたこと。それに死ぬ前までそこで働いていたSの名があったこと。彼は新聞社に「Sさんの友達です。」と言った。それらが決め手になり新聞社は記事を取り上げることにした。

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しかし例の政治家のおっさんは既に死んでしまっていた。新聞社は電話をした彼のことを取材することにした。彼の狙いはそこにあった。テレビに出ることで多くの人を救うきっかけになると思ったのだ。

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そうして彼はテレビに出た。綺麗な若い女のタレントが彼の隣に座ったのだが、彼女にドス黒いモヤを見た。さっそく司会に「彼女は今危険な状態にあります」と伝え、霊聴により詳細を伝えた。すると彼女は「実は私がこの番組に出させてもらったのは今ストーカーらしき人に付き纏われている気がしたからなんです!」と言った。

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その証拠に彼女はケータイの着信履歴を番組で公表した。もちろん電話番号は隠して。一気に番組は盛り上がった。彼とタレントの女の子は初対面であったし、彼の言ったことは当たっていたからだ。視聴率はグングン伸び、彼専用のレギュラー番組まで出来上がった。

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番組の最後に彼はこう言った。「僕の持つ霊視や霊聴、死の予告などは正義のために使います。悪いことには使わないと家族、そしてこの能力を知るきっかけになった少女の事故死に誓いを立てています。僕の能力は万能ではありません、しかし注意をしてもらうことはできます。決して交通事故で小さな子を亡くさぬようにお願いいたします!」と。

彼の好感度、そして需要は大きく高まった。

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しかし、彼は死ぬことになる。それも18という若さで。ここから先は彼が死ぬ原因になった話である。

番組内では色々な人がゲストとしてやって来て彼の相談に相談した。彼は霊聴により、助ける人が正しいかどうかを選別した。悪い考えの人は受け付けないようにした。

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彼の番組は常に人気で視聴率も良かった。

番組内で若く綺麗な女から相談を受けた。内容は「彼氏にDVを受けている、今にも殺されそうな気がする」と。確かに女の周りには黒いモヤが張っていた。いつものようにその彼氏のことを霊聴により聴き出した。

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霊から集めた情報によると。

「あいつはその女がお前の番組に出ていることを知っている。警察に頼ろうとも確たる証拠が無ければ動くまい。それに札が無きゃあいつらは動けねぇ。その女の彼氏は今日帰ってきた女を殺すつもりでいるぜ。女を守りたきゃその家に帰したらいけない。」

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テレビで正直に今のことを話すと危険なので彼はこう言った。「いや、全く持って大丈夫ですよ。その彼は優しい人です。DV自体は許されざる行為なので一度病院に行き治療してもらってください。そこで彼にあなたが受けた傷を見せてやるのです。改心するかも知れません。また詳しく話しますので待合室でお待ち下さい」と。

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番組終了後、さっそく彼女のいる待合室に行き。霊から言われた本当の情報を伝えた。

彼女は「分かってくれる人がいて良かった。」と泣き崩れた。彼は女をかくまうことにしたが、自宅だとマスコミにより知られてる危険性がある。その日はホテルに泊まることにした。これが16の春のことだった。

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しかし、一晩経っても彼女から黒いモヤは消えることが無かった。死ぬくらいの濃さはないのだが、消えるくらい薄くもないのだ。霊聴したら「まだ危ないからかくまうべきだ」と言われる。両親に電話してアパートに住むことを伝えた。両親たちも何度か彼に事故や事件から救われたこともあったし、正しいことに使っていると理解していたのでそれを承諾した。

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女と住み始めて一年半が経った頃。黒いモヤは女から消えていた。しかし彼は女から離れたくなかった、女も彼と一緒にいたかった。そんなわけで正式に付き合うことに決めた。

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月日は経ち彼が18になった誕生日こと。一日中、彼女と2人で遊んで夜は濃密に愛し合い幸せな気持ちで眠りについた。眠る前まで彼女を見つめていたが黒いモヤは全くなかった。そのまま彼も彼女も息を引き取った。

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死因は毒死とされた。他殺ではなく自殺。

毒は徐々に体を蝕んでいくタイプのもの。自覚症状が出た頃にはすでに事切れて亡くなってしまう。

犯人の見つかることは無かった。犯人の形跡は不明で証拠も出なかったからである。しかも完全な密室。

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実はこの事件の犯人は彼女にDVをしていた彼氏である。彼にも青年のような能力があった。しかし彼は頭が悪く使い道に困っていた。そんな時、青年がテレビに出ているのを見かけた。

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彼は日頃の苛立ちから彼女へDVをしていて、彼女が青年の番組に出ることを霊から教えてもらった。

「まずい!DVが浮き彫りになってしまう!」「早くあいつを始末しなければおれが刑務所に入ることになる!」さすが頭が悪いだけあって殺人を決めた彼氏だった。しかし、やり方が分からない。そこで青年のように霊に相談することにした。霊の要求を叶えていくうちに一流の殺し屋の霊と話すことができた。手法を学び殺すことに成功した。

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ではなぜ彼女から黒いモヤが消えていたのか?

それは黒いモヤが出るのは殺意が原因であるからだ。

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病気に殺意はないだろう?しかしトラックの運転手などはと言うと。仕事のストレスにより人を殺したいと思うことはある。

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道に転んで黒いモヤが消えたという例を出したが、あれにしたって同じだ。殺意が黒いモヤの原因であるならモヤの濃さもそれに伴う。つまり街で歩いている人を見て「死ねば良いのにな」と思った人がいたということだ。

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