長編19
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Mme・アンリエッタの日常

                                                                                                                                                                      

                                                                                                                                                                                     

久しぶりに伯母を訪ねたのは、秋も深まる少し風の冷たい木曜日だった。

                        

                            

                           

                                                                                                                                                       

私は伯母が好きだった。

伯母はアンリエッタさんと言う。

「Mme・アンリエッタ」ことマダム・アンリエッタだ。

とても聡明でさっぱりとした性格の人で親戚の間でも

中々信頼をおかれている。

                                                                                                                                  

とても綺麗でお洒落な人でリビングルームはいつもヨーロッパの調度品で揃えられ、

天井にのライトにはシーリングファンがクルクル回っている。

出してくれるお茶も、アフタヌーンティーというイギリス方式にこだわり

茶菓子も手作りで 私は伯母を訪ねる時はいつもワクワクしていた。

                       

                       

                        

エントランスホールにてチャイムを鳴らす。

ドアが開き、玄関ホールの広い大理石の敷石を抜けて

リビングに通される。

                              

                               

                                          

    

甘い香りが漂う。

                               

                                          

                                      

                                      

今日のお茶のメニューはクリームティー&マカロンとチョコレートケーキだ。

ドルチェスタンドにきれいに並べられて銀の器にクロテッドクリームとジャムまである。

あぁいい匂い。

BGMまで癒しのクラシックで伯母の好きなバッハ、完璧だ。

銀のティーポットから美しいティーカップへと紅茶が注がれる。

今日の茶葉はキームン、伯母のおすすめだ。

キームンはミルクティーに合う。

                                

                           

                           

『 え? マドレーヌを紅茶に付けてたべるの? 』

伯母はキッチンの奥から焼き立てのマドレーヌを一つ持ってくると

私に渡す。

やってみて、と楽しそうに言う。

『 わあ、こんな食べ方もあるんだね!おいしい! 』

             

              

香ばしい焼き菓子と紅茶の爽やかな香りが口の中に広がる。

初めて味わう不思議な感覚だ。

    

                                      

プルーストになった気分でしょ?

嬉しそうにフランスの有名な小説に出てくるのだと教えてくれた。

私はプルーストとは名前くらいしか知らなかったので帰ったら

調べて見ようと思う。

 

                              

                                

伯母の家に来るたびに

ちょっと現実のせわしい日常から逃避行することが出来る、この感じが好きだ。

                                                                                        

そう、伯母はお洒落だ。

お洒落だけど、ちょっと変わっている。

                                                                                                 

この日は母に頼まれた用事で伯母を訪ねて楽しいアフタヌーンティーを頂いて

お土産に手作りのお菓子を頂いて帰るだけ・・・・のはずだった。

                                                                                                                             

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この前ね、笑ってしまうことがあったのよ。

伯母のそのひと言からはじっまた。

                                                                                      

それでも聞かずにはいられない、私の好奇心はきっと猫をも殺す。

                                                                                      

『 なんかあったの? 』

                                                                                             

私の問いに話は始まった。

                                                                                                                                                                       

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《 伯母アンリエッタの話 》

                                                                                  

                                                                                 

2週間くらい前かしらね。

大丈夫よ!ぜんぜん怖くないから!

                                                                                     

夕飯の支度をしたり片づけたりしてるとね、電気ポットのスイッチや

ミルクフォーマーのスイッチが勝手に作動することがあってね。

                                                                                      

始めは誤作動だろうと気にしていなかったんだけどね、センサーライトまで

反応するようになって来てあまりに頻繁にそういう事が起こるから

おかしいと思い始めたのよ。

だってキッチンに立っているときに限ってそういう事がおきるし。

                                                                                               

でもね

                                                      

主人は怖がりだから黙ってたのよね。

でもさすがにあぁも頻繁に起こりだすと、さすがに気持ち悪くなってきたみたいで

私にこう言って来たの。子犬の様な目で疑念を浮かべながら。

                                                    

「 最近 誤作動が多いね 」

                                                                                

だからね、妙な想像をしないように電化製品の寿命なんじゃない?って答えといたの。

                                      

私もはっきりとは分からなかったの、別に怖い感じも気配もないけどな?と思ってたの。

そしてね

ある日の夕方にガーデニングの手入れをしていたらね。。。

ハサミで不要な葉や枝を切っていたら、視線の端に違和感が走ってね。

なんていうのかな。

眼は葉っぱを見てるんだけど視界の端っこの方にに仄かにチラつく感じが

するというか。

そしたらね。。。

                                      

                                                                                                                                                                                                                                                                         

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いたの。

                                                                                                                                                                                                                                                                    

                                         

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そう。いたのよ。

                                                 

お花の鉢の向こう側に背中を向けて立っているナニカ。

目の端に何かいたような気がしたけど、すぐには直視しないで知らん顔で

水やりをしてたの。

                                     

なんとなくすぐ直視するのはいけない気がしたからね。

別に意味はないのよ。ただそうしただけ。

でもずっとそこにいる。 

                                                                             

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でね。

                                            

はぁーっとため息が出てきて、

               

〔あなただったんだ、誤作動の犯人〕

心の声で独り言を言ってたら

だんだん腹が立ってきてね。うふふふふっ

言っちゃたのよねぇ。もちろん心の声でだけど。

                                                                                        

〔 ちょっと!!! 

そこのおじさん、ちょっといいかしら!? 

                                        

あのね? 

                                    

やめてくれる?びっくりするでしょ!?  

      

なに、怖がって欲しいの?ダメダメ私は絶対認めないよ?

すごくすごく感じ悪いよ、あなた?

                                

                                          

自分の存在を認めて欲しいのか、びっくりさせたいのかは知らないけどね。

         

やめなさい?

ね? 

       

そこでねばっても私は絶対認めないよ。ダメよ。

                                          

どうしても認めて欲しいんだったらね、証明しないとアカンよ?

例えばね?

今週はちょっと急すぎるだろうから来週いっぱいまでに銀行口座の数字を

そうね、100億円!にしてみ?                   

人間じゃないなら出来るはずよ やってみて!                 

幽霊ならそれくらいやってみなはれ?

がんばりなはれ?

                           

                               

証明ってのはね、人間に出来ない事をやれるってところを見せてくれるという事よ?

でないと

お話にならないわよ?

それが幽霊名利ってものよ? 

                                                                        

                                          

どうなの!

                                  

おじさん、あなたはもう死んだの。ここじゃなくて行くべき所へ行くのよ。

それに許可もなく私の家に上がり込んで! 

失礼だしお行儀悪いと思うわよ? 〕

                                                                                         

なんてことを心の中で長々と喋ってるうちに、なんだか

お説教か脅迫か自分でも分からなくなって来てね、

そのオジサンのいる方を、ハッと振り返ってみたの。

                                                                                  

そうしたらね。

                                                                                          

もう居なかった。 

気配も消えてなくなってたの。

それから後も色々な誤作動なんかも無くなったの。

ピッタリ無くなったのよ。

           

私、そんなにひどかったかしら?

                                                                                                                                 

                                                                                                                              

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『 伯母さん、その幽霊っておじさん、だったんだ? 』

                                                                                   

そうね、中年のおじさんでね。アラシスくらいかな。(*around-sixの事です)

グレーのスラックスにベージュのジャンパー、そして合皮の黒い革靴姿で、

すっかり肩を落としてうなだれていたから

                          

あれは自殺ね。

                       

この世に未練があって寂しいっていうのが体中から漂ってたわ。

きっと私との交渉に答えられなくて居づらくなったのねぇ。

          

そういえば覇気のなさそうな性格に見えたわ。

あ、死んでるんだから覇気ないの当たり前か。

ふふふふふふふっ

          

まぁ、交渉決裂って事かしらね?

              

                                                                                                                              

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たんたんと

喋りまくる恐るべしアンリエッタ節の話を聞き終えて

                         

今回はあまりグロテスクでない事にホッとしながら

残りの紅茶に口をつける。

              

伯母さんはいつも怖い事を何でもない事のように話す。

                   

もう大丈夫なのかな、と

微妙な気持ち悪さでガラス戸の向こうのガーデニングに目をやる。

ちょっと綺麗な花でも見て頭を癒してあげよう。

ハーブの葉っぱや薄い水色や赤いバラたちが、夕日を浴びながら

そよそよと気持ちよさそうに揺れている。

気のせいか、

ギザギザしたまぁるい葉っぱが夕陽の薄いオレンジの色を借りて

マドレーヌみたいに見えるな。

    

   

                               

もう、大丈夫よ?

      

      

尋ねてもいないのに伯母が私の顔を見て言う。

そうすると私は少しホッとする。いつもそう。

                                                                                    

私は怖がりだが怖い話を聞くのは好きだ。

でもその後はやっぱり暫くゾクゾクするし手に汗を握る。

深呼吸だって欠かせない。

                                                                                   

伯母は変わっている。

        

見た目の上品そうなイメージと違い実は奇特な人だ。      

マイペースで飽きっぽくてのんびり屋だ、でもたまに笑わしてくれる。

いえ、相当笑わしてくれるのだ。                         

この人の一生懸命は傍から見ると、失礼だけど大変に滑稽なのである。

                                                                                                                             

『 ところで、もし100億円もらえてたら何したの? 』

                                         

と聞いてみたのだが、なにか会社を立ち上げたいような事だと思うのだが

説明がよくわからなかった。

アンリエッタ基金?という名前にしたいという所だけは分かった。

なにかを救うらしい。。。。。

まぁ、これはどうでもいい。。。。

                                                                                                              

                               

                                

                                         

さてと。

                                       

帰ろうと席を立ち、

袋一杯の手作りマドレーヌをお土産にしてもらって玄関へ向かう。

                                                                                  

『 伯母さんありがとう。                  

そうだ、伯母さんて幽霊さんがなぜ亡くなったのかわかるんだね。』      

                                                                    

そんな事もないけどね。                         

この前のは、ほらあれよ。ろくろ首だったからね、それに、、、、いや、     

まぁそんな感じよ。 

あはははっ                    

あ、それと今日はね帰り道に公園の横の石段を降りるときね、

絶対に振り向かないでね。 

私は呼び止めたり絶対しないから。                       

しばらくは注意なの。

                       

でも!大丈夫だから!! 

                                                                                    

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サラッと言うから。怖い事。

聞くんじゃなかった。言葉を濁したあたりも怪しい。

                         

後悔は否めないままに

帰り道は

死ぬほど怖くて冷や汗をかきながら

震える足で

階段を降りたあの木曜日。

                        

                           

でも大丈夫なのだ。                               

伯母の、『大丈夫だから』の理由。  

                          

                             

伯母さん家の飼い猫の「みーにゃ」が

ちゃんといつだって安心な場所まで送ってくれのだから。

                                                                                    

みーにゃはすごいのだ。

だからみーにゃと伯母の武勇伝が密かに我が家では伝説になっている。

今日の話も日記に書こう。

                                                                                    

秋の太陽が落っこちかけている帰り道、もうすっかり肌に冷たい晩秋の風が吹いてくる。

ブルっと背中が寒い。

伯母が焼いてくれたマドレーヌの香ばしい香りが

お土産の袋から、ホワッと香ってきた。

                                                                                               

今日の日記のタイトルは決まった。

『mmeアンリエッタ 木曜日のマドレーヌ』

                 

そして家の門をくぐった。

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