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中編3
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紳士

3年前に体験した話です。

私は夕方頃、近所の坂道を歩いていました。

一通りの用事を済ませた後で、私は早く帰ろうと急ぎ足になっていました。

空は気持ちの悪いほど濃い橙色で、私は不気味に感じていました。

ちょうど坂町の真ん中にたどり着いたところで一人の紳士とすれ違いました。

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その紳士は年は50から60代くらいでしょうか。品のよい黒いスーツに薄手のコートを着ていらっしゃいました。私は紳士のレトロな服装が目について、何となく、すれ違った紳士の方をふり返りました。

紳士はしゃがみこんでいらっしゃいました。革靴の紐でも結んでいるのだろうか。

そう思ったのですが、紳士はまったく動いていませんでした。

これは危ないぞ、気分が悪くなったのかも。

助けないと。

私はおそるおそる紳士に近づきました。

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私が近くによると、紳士は下を向いたまま苦しそうに呻きました。

「大丈夫ですか。救急車を呼びましょうか」

私がそう言うと、紳士はかぶりを振りました。

「いえ…ありがとうございます。大丈夫です。ただ…」

「ただ…?」

「大変申し訳ないのですが、しばらくここにいていただけませんか。もうすぐすれば、白い車がやってきます。手を挙げて、その車を止めて欲しいのです。」

紳士の言葉を私は断れませんでした。

紳士に対して怪しいと思わなかったのと、何より困っていらっしゃる様子でしたので、放っておけませんでした。

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私は車を待つ間、何となく居心地が悪く、あたりをキョロキョロと見渡したり、腕時計をしているにも関わらず、わざわざ携帯を取り出して時刻を確認したりしていました。

紳士はしゃがみこんだままの姿勢でしたが、いくぶんか回復されたようで、呼吸も落ち着いていました。

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5分ほどすると、白い車がこちらに向かってくるのが見えました。

私は少しだけ前に移動すると、分かりやすいように手を高く挙げました。

白い車は私たちのいる場所を少し通り過ぎた場所で止まりました。

私は車に駆け寄りました。

車の窓が開いて若い女性が顔を出しました。

私は少し緊張しながらも、女性に話しました。

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「すいません。先ほど、男性にあなたの車を止めるように言われまして…」

「男性?」

女性は怪訝な顔をしました。

「はい。お知り合いの方でしょうか。少し体調を崩していらっしゃるようでして…」

私は紳士の方をふり向きました。

とても驚いたことに、その場に紳士はいらっしゃいませんでした。

「えっ…」

私は困惑しました。

「いったい何なんですか」

女性の口調が厳しくなりました。

「いえ…すいません。先ほど、そこに男性がいらっしゃって…」

私はしどろもどろになってしまいました。

「私、そんな人知りません」

女性は、車の窓を閉めました。

私は、紳士とその女性が知り合いだと思い込んでいたようで、とても恥ずかしい思いをしました。

女性が去っていきます。

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車は私の横を通り過ぎました。

驚いたことに、車の後部座席に先ほどの紳士が座っていらっしゃいました。

いつのまに…

私はとても驚いたのですが、そのままどうすることも出来ず、小さくなっていく車を見送りました。

私はそのまま、少し沈んだ気分で家に帰りました。

家に帰るとテレビを見ながら、母と晩御飯を食べました。

7時になると、ニュース番組が始まりました。その日は、とりたてて大きいニュースはありませんでした。

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「今日、気分が悪そうなおじさんに会ってさ…」

「そうなの?」

母はあまり話に興味がないようでした。

「うん」

私がそう頷いたとき、ちょうど、ニュースの速報が入りました。

悲惨な事故が起こってしまったようなのです。ガードレールに車が激突し、車を運転していた方が重症のようでした。

現場の様子が映し出されました。

白い車がくにゃりと曲がって、ガードレールを突き破っています。

私はどきりとしました。

テレビの画面に映る白い車から、あの紳士がケガもなく出てきました。

ところが、現場にいる人は誰もその紳士に気がついていないようでした。

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あの紳士は何か悪いモノだったのかもしれません。

私は今でも、紳士の方をふり返ったことを後悔しています。

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