私が子どものころ、近所に一つ廃屋がありました。
その家には昔、お金持ちのお爺さんが住んでいらっしゃったそうです。
ところが、お爺さんが引っ越しをされてからは、その家は買い取り手もなく廃屋となってしまいました。
もともと古い家でしたから、朽ちるのも早く、窓ガラスにはひびが入り、壁には染みが広がっていました。
私たち近所の子どもは、その廃屋の染みを恐れていました。
染みは茶色く薄く広がっていたのですが、金曜日の夕方だけは、染みが黒く濃くなるという噂が子どもたちの間で流れていました。
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私の親友のKちゃんは、その染みのことを悪魔と呼んでいました。確かに、広がった染みの形は角の生えた悪魔のように見えました。
そのころ、Kちゃんはオカルトにはまっていたこともあり、近所の子どもたちの不気味な噂に興味津々でした。
「ねぇ 夕方に悪魔を見に行こうよ」
Kちゃんが楽しそうに言いました。
小学校が終わり、私はKちゃんと近所の公園で遊んでいました。
Kちゃんの提案を私は渋りました。
その日は金曜日だったのです。
私はしつこく渋っていましたが、Kちゃんだけを行かせるのも可哀想な気がして、結局、廃屋に向かいました。
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廃屋に着くと、壁の染みが見えました。恐怖心から、染みがいつもより濃く感じられました。
私とKちゃんは庭にあったむき出しのコンクリートの塊に腰をかけ、しばらくお喋りをしていました。
最初のうちは早く帰りたいと思っていたのですが、Kちゃんとのお喋りに夢中になり、気がつくと空が橙色になるまで居すわっていました。
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「Kちゃん、そろそろ帰ろっか」
私はKちゃんにそう促しました。
「うん!」
Kちゃんは元気よく答えましたが、ふと、視線をそらすと急に絶叫しました。
「Kちゃん どうしたの?」
Kちゃんは答えてくれませんでした。
Kちゃんの細い足ががくがくと震えていました。
私は立ち上がり、Kちゃんの視線の先に目をやりました。私が座りこんでいた位置からは、見えなかったのですが、壁の染みが赤黒くなっていました。
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私も思わず悲鳴をあげそうになったのですが、急いでKちゃんの方を向いていいました。
「Kちゃん!大丈夫!暗くなってきたからそう見えるだけだよ!早く帰ろう!」
私はKちゃんの腕をつかみました。
ところが、Kちゃんは放心していて、立ち上がってくれません。
「…やなだ、さたらな」
Kちゃんはそうつぶやきました。
「えっ…Kちゃん何言ってるの?」
「なかやら、なたま…ヴヴああ」
Kちゃんの言葉がだんだん意味のわからないものなり、嗚咽まじりになりました。声はいつものKちゃんの声ではありませんでした。混乱する私の横でKちゃんは、ずっと訳のわからない嗚咽を漏らしています。
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Kちゃん…!どうしよう。
私は泣きそうになりました。
そのとき、急にKちゃんが立ち上がり、地団駄を踏み始めました。Kちゃんの顔は鬱血していて赤黒く、壁の染みと似た色になっていました。白目を剥いて、地団駄を踏むKちゃんの姿を見て、私は思わず逃げ出してしまいました。
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私は一目散に家に帰り、玄関の扉をあけると倒れこみました。奥から驚いた母が出てきて、話を聞いてくれました。
私は倒れこんだまま、涙がとまりませんでした。
「Kちゃんが…!Kちゃんが…おかしくなっちゃって…!」
母は私の話が理解できないようでした。
「Kちゃん?Kちゃんなら、さっきお母さんと、ここにいらっしゃったわよ」
「えっ…!」
「旅行のお土産、あなたに渡し忘れたからって、わざわざ持ってきてくださったの」
母の言葉を聞いて、私は混乱しました。
背筋が寒くなったのと、急いで帰ってきた暑さで体がおかしくなりました。
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そのまま、私は意識を失い、2日ほど寝込んでしまいました。少し体調が回復して、おそるおそる学校にいくと、Kちゃんが心配そうな顔で話しかけてくれました。
Kちゃんにおかしな様子はありません。
私は、それから廃屋の前を通るのが怖くなりました。
1年後、廃屋は取り壊されて空き地となりました。それでも、私はいつも、あの赤黒い染みを思いだして身震いがします。
作者鯛西