怖いというよりは不気味な話になります。
2年前くらい、私は不眠症に悩まされていました。寝ようと思ってもなかなか寝付けずに、生あくびと寝返りを繰り返して、最終的に意識を失うようにして眠りについていました。
そんな日が続いていたある日、私は自然に眠りにつくことができました。明晰夢と言うのでしょうか。これは夢だと感じるような不思議な夢を見ました。
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夢の中で、私は医師の診察を受けています。彫りの深い髭面の医師で、今までに出会ったことのない人でした。
「眠れますか。」
医師が私にそう尋ねました。
いえ、眠れません。と答えようと思ったのですが、今は眠っているんだよなと考え直して、返事に戸惑いました。
「大丈夫、眠れないのでしょう」
返事につまった私を見て、医師は微笑みました。私は戸惑いながらも、医師の言葉に頷きました。
「あなたはもう少ししたら、目覚めます。そこで月の裏側を知る男に会ってください」
医師は妙なことを言いました。
「月の裏側を知る男……」
「えぇ、目覚めたら、部屋の窓から月を見てください。それから、コップ1杯の水を飲んで眠ってください。大丈夫。そのときはすぐに眠れるはずですよ」
医師の言葉に返事をする前に、視界が歪み、体が投げ出されるような形で、私は夢から目覚めました。
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おかしな夢を見たものだ。そう思い、何もせずに再び眠ろうとしたのですが、目が覚めて眠れません。仕方がない。馬鹿らしいと思いながら、私は夢の中で医師に言われたように月を見ました。
そのときの月は青白く、丸々としていました。その日は満月ではなかったはずなのに不思議に思いました。まだ、夢を見ているのかもしれない。そう思いながら、水を一杯コップに汲んで、飲みました。
水を飲んでから、私は再び布団にもぐり込みました。軽く目を閉じただけで、体が重くなり、眠りに落ちる感覚がわかりました。
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夢の中で目が覚めると、私は荒涼とした砂の大地に立っていました。横には薄手のコートを着た人物が立っています。おそらく、男性です。帽子を深く被っているのと、コートの襟を立てているので、顔はよく見えませんでした。
「眠れませんか」
その人が尋ねました。声は先ほどの医師と同じ声でした。私が頷くと、その人は私の背後にまわって私の背中を軽く押しました。
「ここの空気を吸い込みなさい。ここは月の裏側です。ここには人間たちの夢が溶け込んだ空気が流れているから、少し持っていくといい」
私は意味がわからないと思いながら、空気を吸い込みました。しばらくすると、とてつもない眠気に襲われて、視界が歪みました。
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朝になって、夢から目覚めました。奇妙な夢を見たものだ。 夢で見た荒涼とした風景が頭にこびりついています。医師のことも出会った男性のことも不気味に思いました。
ただ、不思議なことにその日を境にして、私はぐっすりと眠れるようになりました。満月を見ると、誰かに見張られているような気分になります。
作者鯛西