大学構内をふらふらと歩く男が一人。
二回生の先輩(「海星」の先輩とは別の人)である彼は先週、友人達と心霊スポットを訪ねてから体調が優れないのだと言う。
私は先週からその彼が気になっていた。
気になるのは恋心を寄せているから、と言うことではない。ちょうど先週、おそらく彼が心霊スポットを訪れた翌日。彼に付かず離れずついて歩く小さな女の子がいた。彼がふらふら右へ行くと女の子もとことこ右へついていく。彼が左に逸れると女の子もそれに倣って左へ逸れる。それはまるで父親と娘のようであるけどそうではない。
女の子は彼に憑いている。憑いているとはつまり、あの女の子は幽霊である。
いったいどこで拾ってきたのやら、と思っているところに風の噂でそんなことを聞いたので合点がいった。どうやらそこから連れてきたらしい。
私は幼い頃からこういった具合に幽霊や妖怪が見えてしまう。それが私以外には見えていないことを知ってから、この事は自分だけの秘密にしている。きっと人に話したら頭のおかしい奴だと思われる。それが嫌だったから…。
彼も黙って憑かれていた訳ではない。
部屋の四隅に盛り塩をしてみたり、お線香を焚いて御神酒を供えて適当な念仏を唱えてみたり、ネット通販で聖水を購入してそれを部屋中に撒いてみたり、ありとあらゆる方法を試したけど、どれも効果がなかったらしい。
それから数日程彼を見なくなった。地獄にでも落とされたか、と思ったがそうではなかった。なんでも腕の立つ霊能者とやらにお祓いをしてもらったそうだ。
「これでもう大丈夫だ!」と嬉々として叫んでいたけれど、残念なことに女の子はまだ彼に憑いている。
だから正午を過ぎた頃には「ダルい…、頭が痛い…」と嘆いていた。
どうやらお祓いをした霊能者とやらはペテン師だったようだ。憑かれ騙されで哀れな男だ。
〇
女の子はただじっと彼を見据えていた。何故あの子はここまで彼に執着しているのだろうか。調べてみると彼が友人達と訪れた心霊スポットは自殺の名所として有名らしい。雑木林の中にぽつんと佇む一軒の廃屋には当時、三人の家族が暮らしていた。しかしある日、家財道具もそのままに三人は忽然と姿を消してしまった。
その家族と自殺になんの因果関係があるのかは分からないが、それからその場所では自ら命を絶つ人が後を絶たず、度々自殺した霊が目撃されるそうだ。
あの女の子が失踪した家族の一人だとすれば、図々しく自分の家に上がり込んできた彼に激怒して、あそこまで執拗に憑きまとっていると考えられる。けれど、果たして彼が憑かれた理由はそんな単純な事なのだろうか。
それからまた数日が経った頃。私が学食で少し遅めのお昼ごはんを食べていると、彼が女の子と一緒にふらふらとやって来た。
私は改めてあの子があそこまで彼に執着する理由を考えていた。怪談の定番だが、なにか持ち出してはいけない物を持って帰ってきたとか、飲み食いして馬鹿騒ぎした挙句にゴミを散らかして帰ったとか、写真や動画を撮って変なモノを映してしまったとか、色々考えられるが…。
すると女の子が突然、ぐるんとこちらを振り向いた。ぼんやり女の子を眺めて思案に耽っていた私に目を逸らす余裕はなく、女の子とばっちり目が合ってしまった。「まずいな…」と思っていると女の子がこちらに向かってとことこ走ってきた。
そしてちょこんと私の前で立ち止まると可愛く首を傾げる。
「おねえちゃんあたしみえるの?」
私はまず周囲を確認した。お昼時をだいぶ過ぎていたのが幸いして人はほとんどいなかった。それを確認してから向き直り、黙って頷くと女の子が話し始めた。
「あのね、あのね。あのおにいちゃんね、あたしのおうちにおくつぬがないではいったの。それでね、あたしがだいじにしてたおにんぎょさんふんだの。でね、おかあさんね、わるいことしたらちゃんとごめんなさいしなきゃだめだよってゆってたからね、あたしね、おにいちゃんにごめんなさいしてほしいの。でもね、おにいちゃんごめんなさいしてくれないの」
女の子は辿々しく、けれど一生懸命私に話してくれた。この子がここまで彼に執着する理由はこういうことだった。私はもう一度周りに人がいないことを確認する。
「悪いお兄ちゃんだね。ちゃんとごめんなさいしてほしいね」
私が小さく言うと女の子は首を横に振ってこう言った。
「ううん。もういいの。今日お父さんが来て怒ってくれるから」
女の子はばいばいと手を振ると彼の元へ戻っていった。
〇
翌日からまた彼を構内で見かけなくなった。なんでも足が一回り以上も大きく腫れあがり、歩行もままならないので近くの病院に入院していると風の噂で聞いた。足が腫れた原因は分かっておらず、彼は祟りだ祟りだと騒いでいるらしい。
祟りと言うのは概ね正解か…。だけど祟りではなくこの場合は自業自得、因果応報などの言葉が相応しいだろう。
彼の足が腫れた原因。それはあの女の子の家に土足で上がり込み、女の子の大事なお人形さんを踏んづけたから。そしてそれを謝らない彼に女の子の父親が怒ったから。
姿の見えない、声を聞くこともできない相手に謝れなんて無茶を言うなと思われるだろうけど、それ以前に人の家に土足で上がり込んだ挙句に住人の大切な物を粗末に扱ったのだから、体のどこが腫れようと文句は言えないだろう。
それよりも死ななかっただけ運が良かった。過去にもっと残酷なことをするヤカラを私は見てきた。きっと父親として、可愛い娘の前で酷なことはできなかったのだろう。
それからしばらくして彼が退院したと聞いた。こっそり様子を見にいくと女の子はいなくなっていた。どうやら刑はしっかりと執行されたようだ。
今後は彼が心霊スポットを訪れることはないだろう。そう願いたい。
今度は足が腫れるだけでは済まないだろうから。
作者一日一日一ヨ羊羽子
⇩◆名所の縄◆⇩
http://kowabana.jp/stories/33271
⇩◇海星◇⇩
http://kowabana.jp/stories/33501
最近ここに書くネタがないです。
そういえば椥辻生雲くんのお話をpixivに投稿してます。
https://www.pixiv.net/users/1909255
ちょっと書き直したり、表紙イラスト描いたりしてます。
よかったらどうぞ。