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長編8
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亜種~エピローグ~

数年前のある夜の事だ。

私は同僚と数人で、夜の繁華街を巡回していた…所属する学生支援のグループ活動が定期的に、夜遅く街をたむろする若者と話をする為だ。

10代の子供達を相手にするのは、苦労もあるけど、彼らが心を開いてくれた時は、私達を信頼してくれた…という安堵があった。

守られるべき立場にある子供たちが、何らかの事情で家に帰ろうとしない…いや、帰れない。この状況がどうしても受け入れられなかった。だから、「辞めたい」と何度も思った気持ちを、どうにか抑えて来れた。

「君、こんな時間にどうしたの?」

前方を歩いていた同僚の声が聞こえた。

ゲーセンの色鮮やかな照明の下…そこに立っていたのは、一際幼い、1人の女の子だ。

「新しいお母さんの居る家に帰りたくない」

私が話しかけると、女の子はそう言い張った。

年齢を聞くと、まだ10代になりたて…荷物は、携帯とわずかな小遣いを入れた小さなショルダーバッグだけだった。

上司に連絡し、私達は一旦彼女を保護した。商業ビルの一角にグループが活動場所として借りている施設まで戻ると、以前声を掛けた若者数人と、彼が談笑していた。

「お帰りなさい!…その子は?」

目を丸くして、彼は私と女の子を見た。事情を知らない他人からしたら、若い母親と子供位に見えても可笑しくない。

保護したの、家はまだ分かってない…そう伝えると、彼は穏やかな顔に戻った。そして、こちらに向かって来ると、中腰になって女の子の目線に近付き、

「そうか…君、名前は?」

と…優しい声で聞いた。

「……サヤカ…」

か細い、幼い声───これが、私達とサヤカの、初めての出会いだった。

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ただの家出少女の様に最初は見えたが…話を続ける内に、実の母が子供の時に病死したショックと、程無くして再婚した父への嫌悪から、徘徊していた…と、話してくれた。

「お母さん死んだのに…また新しいお母さん連れてきて…怖い」

竹浪サヤカ。中学1年生の彼女は、そう呟いて涙をこぼした。

身体的虐待を受けている様子は見えなかったが、彼女が感じた精神的苦痛は計り知れない。宮内君も、彼女が置かれている現状に同情していた。

私は上司に相談して、一時シェルターに保護してもらえないかと打診した。家に帰したところで、彼女が嫌がっているのなら徘徊が常態化する…提携している女性用シェルターなら、安全かも知れないと思ったのだ。

サヤカの父親は、あっさりと許可をくれた。心配する素振りも見せず…「あの子がそれがいいと言うなら…」と…一見、娘の意見を尊重するようで、かなり冷たい対応だ。

それと対極に、宮内君はサヤカの身辺や荷物を確認しつつ、「大丈夫だからね」と、なるべく彼女が安心出来る言葉を掛けていた。そして、サヤカも過剰に警戒する事も無く…大人しくしていた。

「学校どこ通ってるのかって聞いたらさ、俺の義理の妹と一緒だったんだ。まあ、俺んちも色々あったし、現在進行形だから…もしかしたら、仲良くなれるかなって」

宮内君は、高校生の時に両親が離婚し…大学に進学するタイミングで、母親が再婚した。義父には連れ子である一人娘がいて、あまり懐いていないらしいが…彼はいつも気に掛けていて、話だけは私もよく聞いていた。

恋人の私でさえ余り知らない、「兄」としての宮内君…サヤカとやり取りするのを見て、「もしかしてこんな感じなのかな…?」と、私は1人離れた場所で想像した。

それから数週間後…施設に行くと、サヤカが、見知らぬ女の子と一緒にいる姿があった。

「俺の妹の、チカだよ。俺にはツンデレだけど、あの子には大丈夫(笑)」

宮内君の読み通り、2人は互いの複雑な境遇から意気投合し、親しくなっていた。

「チカも放課後、ここに顔出しに来て良いからな?」

宮内君の言葉が聞こえているのかいないのか…チカはチラッと顔を向けてすぐ、サヤカと話の続きに夢中になっていた。

チカが施設に来たのはその1回切りだったが、共通項を持った友達と仲良くなれたからなのか…最初に出会った時よりも、サヤカの表情は格段に明るくなっていた。

両親の元に戻った後の事を心配していたが、定期的に施設に来ては、新しい仲間と駄弁って笑って…ようやく子供らしさを取り戻したのだと、私は安堵していた。

だが、これが悪夢の始まりなどとは…私は1ミリも、思っていなかった。

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「わかった…今からそっちに応援向かわせるから…」

もう何度聞いたか分からないセリフ。時刻は夜の11時。電話が掛かってきたのは、カラオケ店からだった。「子供達が数人で、カラオケ店に入っていった」と…巡回中だった同僚が偶然見つけ、保護しようとしたが…暴れて収拾がつかなくなったのだ。

「また…サヤカちゃんなの?」

宮内君は試験明けで目にクマを作りながらも、サヤカが、と言うと来てくれた。

施設で保護してから約1年…サヤカは明るさを取り戻したが、同時に手癖も態度も少しずつ増長していった。思春期に加え生育環境の問題だと分かってはいたが…

タメ口を利くのはまだ可愛いもの。出入りする学生同士で恋愛関係になるのも、家族ぐるみで職員と交流を持つのも、珍しい事では無い。

だが…彼女が問題だったのは…良好な関係に、亀裂を生じかねない嘘をついて混乱させたり、遊びに行く為の嘘の口実を、いとも簡単に作り出して、遊び回っていた事だ。

彼女の嘘は、周りも一瞬信じ込んでしまう程にリアルなもので…私は時折、サヤカの言動に恐怖さえ感じていた。10代の女の子がつく嘘にしては、巧妙なのだ。

「担任の先生がね…勉強教えてくれるって!お家が学習塾やってて、皆で来て良いって言ってるから…」

今日は笑顔でそう言って、実際は自分よりも年下の子達を引き連れて、街を徘徊していた。

「…ごめんなさい…」

ぐちゃぐちゃ泣きながら、サヤカと行動を共にしていた女の子達が、私達に言った。皆、学童代わりに施設に通っていた子だ。背後では、同僚数人とサヤカが卓を囲んで話をしている。膨れっ面で脚を組むサヤカの顔は、不機嫌そのものだった。

「何が?意味わかんない!遊びたいってあいつらが言ったんだよ?だから!もーウザい!!」

悪あがきの言い訳に、私は心の中でサヤカを軽蔑した。それにもう、彼女の言動を殆ど信用しなくなっていた。

「サヤカちゃん…子供達だけじゃ、万が一危ない目に遭っても…何も出来ない事の方が多いんだよ?夜の街は、思ってる以上に恐ろしい事が沢山あるんだ」

健気に説得する宮内君が哀れで、涙腺が緩んだ。トイレに行って自分を落ち着かせ、再びオフィスに戻ると…宮内君に背中をさすられる、うなだれた格好のサヤカがいた。

何で…!?

今思うと、自分も憐れな人間だった。まだ学生だった宮内君は…勉学と、この仕事に追われながらも、私と付き合ってくれていた。2人だけの時間も作って、愛し合っていた筈…

だが、もういつの間にか恋人らしいムードから遠ざかり…ドライな態度を取り合う事が増えていた。だからこそ…同性に、しかも悪ガキ相手に優しい態度を見せる彼の姿には堪えた。

嫉妬…ただそれだけだ。

「家に戻ったけど…やっぱお母さんと上手く行ってなくて、喧嘩になってたんだって…」

俺の方で対処するわ、と言って…彼は奥の会議室にサヤカと共に入って行った。その時…

私の方を振り返ったサヤカの口角が…ニヤリと上がった。

これが「すべての出来事の始まり」だったと、今更だけど思う。

「美織は、絶対に知らない方が良いよ」

宮内君と交わした最後の会話…何が?何を?私達は互いに、不満をブチ撒けて終わりにしたけど…

この出来事を境に、サヤカが施設に現れる事は無かった。巡回をしていても、彼女の姿を見る事も無く…きっと最後に、宮内君がキツいお灸でもすえたのだろう。それから程無くして、ついに心身が悲鳴を上げ…私は辞めてしまったけど…彼女が来なくなってから、施設は幾分か穏やかな雰囲気に戻ったのだ。

だが…それから約1年後。休養を兼ね、貯金を切り崩しながら過ごしていた、ある夜。

再び私は、彼女の声を聞く事になった。

「もしもし…サヤカです。お久しぶりです」

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職場での事がフラッシュバックして、体が強張りながらも、私は返事をした。

「ああ…久しぶり、元気そうね」

「何それ冷た(笑)私さ、今謹慎してんだよね」

彼女は明るい声で、学校でクラスメイトと喧嘩して謹慎処分を受けていると、ケラケラ笑いながら話した。相変わらず…反省している素振りはあまり見受けられない。

「それを何で私に…?悪いけど、私も宮内君も施設を辞めたし…もう別れたから」

「別にそーいう理由で電話したんじゃないんだけど!てか、私悪い事したって思ってるから、あなたの代わりに仕返ししてやろーと思って、その報告!」

「仕返し…って?何の事?」

「鈍感…なんで宮っちがお前と別れたか知ってる?あたしね、1年くらい前に、宮っちが制服姿の子と、ラブホのある通り歩いてるの見たんだよね。そしたらさ、クラスにその女がいるわけ!てか、宮っちも結構キモい事するよね(笑)」

「私もあんたの事見たよ…そっくりな母親と娘だよね?ショッピングモールで仲睦まじく買い物なんかしちゃってさ…母親を死んだ人呼ばわりするの、良くないよ?」

「げ、キモ…ストーカー?まあ、ママには失礼か(笑)てかね、浮気してんじゃねえって問い詰めようとしたらさー殴って来たの!スミレって女なんだけど…マジでムカつく、あ、そうだ…宮っちがさ、前にあたしに教えてくれた事があるんだけど…」

嫌な予感は、的中した。

母親は死んでもなければ…そもそも再婚でもない。サヤカは嘘をついていたのだ。

でも…そんな嘘だらけの話の中で、唯一興味深かったのは…宮内君の「おまじない」だった。

「お母さんに会えなくて寂しいって言ったら、教えてくれたの。元々はチカから聞いたんだけど…あいつ、詳しいやり方全然教えてくれなくて…でも、あたし教えて貰った通りにやったら、成功した事あるの!」

佐久田スミレ、お入りください

はい

あなたには、好きな人が居ますか?

はい

それは、誰かの恋人だった人ですか?

はい

奪いましたか?

はい────

「あいつの名前でやったら、全部『はい』だって(笑)…ムカつかない?ムカつくよね?」

所詮、ただのおまじない…それに、サヤカの嘘に踊らされるまいと思っていた。なのに…

嫌いな奴の事を意識すると、自分がいつの間にか、その嫌いな奴と同じ性格になっていく…

「あいつ、今○○通りに居るよ…やるなら今じゃない?」

商店街の出口近く…喫茶店から出てくる若い男女。制服姿の男子と手を繋いで、艶がかった髪をたなびかせながら微笑む少女…

やるなら今…やるなら…

私は、彼女に向かって振りかざした。けど、次の瞬間…

「ズッ」

という音と共に、太腿にじわじわと押し寄せる痛みを感じて、私は倒れた。

遠のく意識の中、

「ばーか」

サヤカが、ニヤニヤと笑いながら言っている気がした────

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エピローグ②に続く。

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