食欲の秋だというのに、連日の残暑にくわえ仕事によるストレスがたたり、すっかり食が細ってしまった。
これから年末にかけ繁忙期になるというのに、まったく体に力がわいてこない。
このままではいけないと思い、料理本などを読んで献立を工夫してみたりもしたが、残飯を増やすだけだった。
nextpage
そんな折り、なにげなく通販サイトを眺めていて見つけたのが、これ――。
「みるみる食欲がわいてくる魔法のくすり」
nextpage
医薬部外品とあるのでサプリメントのようなものだろうが、
原産地はベナン共和国となっており、胡散臭いことこの上ない。
でも百グラムたったの三百六十円だし、まあ笑い話の種にでもなればと思い、注文してみた。
nextpage
届いたのは袋詰めの白い粉。
それは、なんの変哲もないグルタミン酸の化学調味料に見えた。
やはりダマされたか。
ほんのわずかでも期待していただけに、少しがっかりした。
nextpage
それでも捨てるのは勿体ないと思いビンに移し替えようとしたところ、あやまって左手の人差し指にかけてしまった。
――その瞬間ぞくっと鳥肌が立った。
なぜだか自分の指が、たまらなく美味しそうに見えるのだ。
みるみる口中に唾がわき、胃が久かたぶりで元気に活動し始めるのが分かった。
nextpage
ばかな、自分の指だぞ。
でも食べたい。
理性では、もう抑えきれないほどに食欲がわいていた。
この指が食べたい。
口の端からつうっとよだれが糸を引き、気がつくと自分の指をまな板の上に乗せていた……。
nextpage
それから半月がすぎた。
今では左手に指は一本も残っていない。
両足の指もすべて食べ尽くし、残るは右手の指だけとなっていた。
nextpage
ここで、ふと悩む。
さてこの状態で、右手の指をどうやって切り落とせばよいものか……と。
作者薔薇の葬列
掌編怪談集「なめこ太郎」その十九