40歳の誕生日を迎える年に私は20年間勤めていた会社を辞める決意をした。
体力を使う仕事で疲れていたのもあるが、若い子が増えてアラフォーの私は段々肩身の狭い思いをしていた。
慣れた仕事を辞めるのには勇気がいったが、思い切って違う職種に着くのも悪くは無いだろうと、転職サイトを漁っていた。
取り敢えず近場で検索を掛けて見るとK郵便局が従業員を募集していた。
40歳を過ぎてからの転職で、コンビニやスーパーのレジ打ちよりはまともな職業に見られるかもしれない、と安易な考えで面接を受ける事にした。
県で一番大きな郵便局なだけあって、人手不足だったらしくあっさりと採用された。
私はずっと接客業をやっていたので、窓口に入る事になった。
初日にメモ帳とボールペンを持ち緊張しながら職場に向かった。
最初にトレーナーとして付いてくれたのは、Nと言う男性だった。
夕方までは主に不在荷物の受け渡しと、書き留め書類にバーコードシールを貼ったりする様な簡単な業務から習う事になった。
一つ一つの工程をきっちりメモしていき、覚えるまではメモ帳と格闘しながら初日はなんとか乗り切った。
次の日はYさん、その次の日はIさんと、日替わりでトレーナーが変わった。
人によって教え方が違うので、初日にメモしてあった事と違う内容がちらほら出て来る。
覚える事で頭がいっぱいだった私は段々と混乱していき不安も増えて行った。
ある日Tと言う女主任がトレーナーに付いた事があった。
63歳のベテランだ。
色々教わって行くうちに、他の人から教えてもらっていた事と、全く違う事を言われた。
私は確認の為に「この前はこんな風に教わったのですが、違うのでしょうか?」と質問をした。
するとTは「一々口答えしないで、言われた通りやればいいのよ!」と言ってきた。
え?と思った。入って数日の新人が質問をしているのに、この人にとっては口答えになるのかと…その場はそれ以上何も言えなかった。
その後もTは事ある毎に私に対してキツい当たりをする様になっていった。
ある時、書類にミスがあったようでTから「この前書類の書き間違えがあったみたいだけど、Nさんが代わりにやってくれたらしいから気を付けなさいよ!」と言われたので、「私が間違えたんですか?」と聞き直すと「貴女以外誰がミスなんてするのよ、当たり前じゃない」と言ってきた。
「すみません、気付きませんでした」と謝ると、「言い訳するな、見苦しい!」と言われ、「教えてもらうのが当たり前だと思わないでね!」と言って来た。
入って間もない新人に対して言う言葉だろうか?と自分の耳を疑う言葉だった。
私は段々と仕事に行くのが嫌になり始めた。
早く仕事を覚えようと一生懸命やっているつもりだが、私の覚えが悪過ぎるのだろうか?それとも無意識に嫌われる様な事でもしてしまったのだろうか?と悩む日々が続いた。
仕事さえ出来る様になればきっと認めてもらえると思い、入ってすぐに怒られるのが嫌で辞める等も恥ずかし事だと思い、ストレスを感じながらも何とか出勤していた。
だが、一月経ってもTの態度は変わる事は無かった。
ある日、お客の不在荷物の書き留めを探していた後でTに呼び止められ、何かと思っていると「ここ探したの貴女?探すのはいいけどきちんと揃えて戻してくれる?私角にキチンと直してないと気に入らないの。ほんとにこういう事する人大嫌い!」と面と向かって言われた。
もう限界だった。Tの顔を見るのも、声を聞くだけでも胃が痛くなる日々が続いた。
朝まで眠れない日が続いていき、職場に向かうと頭痛に襲われる様になって行った。
誰かに相談しようとも思ったが、全ての人がTの下僕の様に思え、話せば嫌がらせがエスカレートするのではと誰にも言えなかった。
Tとのシフトが一緒になったある日、とうとう食事もまともにとれず、何とか押し込んだ昼食も戻してしまい限界を感じた私は早退する旨を伝えた。
もう辞めよう、同じ様な給料ならスーパーのレジ打ちの方が全然マシだと思えた。
辞める事を決意すると、段々とTに対する憎しみが湧いて来る。
どうして私がこんな目に合わないといけなかったのだろうか?勤務態度も普通だったし、初めての職種で不安はあったが、自分なりに頑張っていたつもりだった。
今までの不満をぶつけて面と向かって文句を言う、何て事が出来る性格ならここまで追い込まれてはいなかったかもしれない。
私はどうやったらTに復讐出来るか考えていた。
パワハラで訴えても大した痛手は負わせられないと色々調べて分かった。
弁護士等を雇っても費用の方が高く付くらしかった。
呪いと言う言葉を聞くが、現実にそんな事は可能なのだろうか?試しに検索してみると、『人形浄流符』と言うものが目に付いた。
詳しく読むと、人型の紙人形に憎い相手の名前を書いて水に溶かすと呪ってくれると言うものだった。
胡散臭い上に値段も安いし、そんな簡単な事で呪いなんて重たい事が出来るのだろうか?と思ったが、少しでも気が楽になれればもう何でも良かった。
早速購入する事にした。ネットで呪いが買えてしまえる時代に笑えてしまうが、どうにでもなれと半ばヤケ糞だった。
一週間も待たずに商品が届いた。川に流すのが一番いいと書いてあるが、風呂場の洗面器でもいいらしく、早速風呂場に篭った。
深呼吸をしてTの名前を紙人形に書く。3枚入っていたので、全てにTの名前を書いて洗面器に浮かべた。
水がじんわりと染み込み、紙の色が変わって行く。
Tの名前の文字だけが浮いた様に周りの紙の部分が溶けて行き、最後にバラバラに散らばる様にTの名前が溶けて消えて行った。
洗面器の水を捨て、もう一度深呼吸をして風呂場を出た。
呪いを信じる訳では無いが、気分的に何か仕返しが出来た様で、その日は久しぶりにぐっすり眠る事が出来た。
いつ辞めるか考えながら、次の日も職場に向かった。
奥からTの声が聞こえて、胃がギュッと締め付けられる感じがした。
やはり私の精神は限界なんだと思った。Tを見るとマスクをしていた。風邪を引いたらしい。一瞬呪いか?と思ったが、軽過ぎるし、偶然にしてはタイミングが良過ぎて心の中で笑った。
次の日からTが出勤して来なくなった。風邪を拗らせて寝込んでいるらしい。本当に呪いが効いたのだろうか?通販で買った安物なのに。
それから一週間経ってもTは出勤して来なかった。
その頃から変な夢を見る様になった。暗闇の中、満面の笑顔でTの首を絞めている自分の姿を更に上から見ている夢だ。
私は自分を止めさせようと上から叫ぶが、もう一人の私は何も聞こえていないのか、力を緩める気配が無い。
いつもそこで目が覚める。現実感は全く無い、首を絞めているのは自分の姿なのに、傍観している自分にしか意識が無いからだ。
それから暫くしてTが死んだと聞かされた。風邪を拗らせて肺炎になり、歳のせいもあって呆気なく死んだらしい。
私は震えが止まらなかった。呪いが効いたと言う恐怖ではなく、笑いを堪えていたのだと思う。
ザマアミロ…地獄に落ちればいい。罪悪感等微塵も無かった、呪いなんてある筈が無い、私は上司にその場で退職の旨を伝えた。
清々しい気分で二週間後に無事退職する事が出来た。毎日気持ちの悪い位の笑顔で働いていた私を、引き止める人等いなかった。
次はどの仕事をしようかな?怖いモノなんて無いんだから、嫌なヤツがいたら又呪えばいい、まぁ呪い何てある筈が無いけど。
新しい職場はどんな人がいるのかしら、楽しみでまた眠れなくなるかも…
作者むぅ
ある人の悩み相談を聞いて書いたほぼ実話の話で、本人の許可を得て載せました。
実際Tさんはピンピンしてますが、彼女はまだ苦しんでいるみたいで、お話の中で復讐してあげましたw
呪いのグッズは実在の物なので、載せて大丈夫かな?とも思いましたが試した訳では無いので効果は分かりません。
やはり怖い話を書こうと思うと難しいですな( ¯−¯ )
少しでも彼女が元気になればいいのですが、現実は中々上手く行かないものですな( ˘•ω•˘ )
読んで頂いた方々に感謝致しますm(_ _)m