とある古い炭鉱町で聞いた話。
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以前は炭鉱で栄えたというその町には、いたるところにボタ山と呼ばれる人工の小山があった。
ボタ山とは、採掘の際に出た捨石(ボタ)の集積所のことだそうだ。今はもう緑に覆われているものがほとんどで、あれがそうだと教えてもらわなければ、素人目には普通の丘との区別はまるでつかない。
このボタ山には、昔よく狐火が立ったという。
これは、ボタに含まれるリンが自然発火してできるものだと当時から言われており、子供が怖がる程度のものだったそうだ。
しかし、この辺りに狐が多く生息していたのは確かで、狐火を科学的に証明する一方で、「狐が死人を盗みに来る」といった迷信もまた囁かれていた。
こんな話が伝わっている。
とある家の通夜の晩。弔問客も途切れた夜半に、一人の男が訪ねてきた。家人はその人物に見覚えがなかったが、目に涙を溜めて是非線香をあげさせてくれと言われれば、断る理由はない。
家人は男を家に上げ、遺体の前に通した。男は、ずいぶん長いこと手を合わせていたという。そして不思議なことに、その場にいた全員が男に釘付けになっていた。目を離せなかったそうだ。
ようやく拝みを終えた男は家人に一礼し、手を合わせていた時とは真逆の他人行儀で、名も告げずにそそくさと帰ってしまった。玄関まで見送った家人が首を傾げながら仏間に戻ると、忽然と遺体が消えていたのだという。
この男は狐で、人間に化けて遺体を盗みにきたのだといわれている。化けた狐が家人の注意を引いている隙に、仲間の狐がこっそり遺体を盗み出すのだとか。
そういうことがあるので、通夜の晩でも夜中の弔問客には対応してはならない、というのがその地域の掟だった。遅くとも夜の九時には玄関を閉ざし、親兄弟が訪ねてきても開けてはいけないのだそうだ。
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「近所で誰かが死ぬとさぁ、裏のボタ山でいつもより多く狐火が燃えよったよ。青だけじゃない、赤や黄色の狐火が、まるで真っ黒い山に花が咲いたようにね。恐ろしかったけど、綺麗だったなぁ」
生まれも育ちも炭鉱町、という老婆は、懐かしそうに目を細めた。
「今は、人は家じゃなくて病院で死ぬし、通夜も葬式も葬祭場でしょう。いつの間にか狐の姿も見なくなったねぇ。ボタ山も、あんなに綺麗になったしね」
老婆の視線を追いかけた先には、新緑に萌える小山がちょこんとあるだけだった。
作者実葛
以前他サイトに投稿していた作品を、加筆修正したものです。
画像を投稿してくださった方、ありがとうございます。