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中編4
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亀仙人

とある知人に聞いた話。

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知人は山奥の寺の若き住職なのだが、彼が子供の頃の話だ。

今でこそ、寺までまっすぐ続くきれいな舗装道路ができたが、一昔前はコンクリート舗装の離合もできないような細い山道が、小学校時代の知人のいつもの帰り道だった。

学校を出たときには数人いた友達は、一人減り二人減り、家まで残り三キロの地点で彼は早くも一人きりになってしまう。特にそれを苦に思ったことはないそうだが、一人きりの長い帰り道はとにかく退屈だった。

ある日のこと。

友達と別れてしばらく歩いていると、ふと少し前に一匹の亀がいるのに気がついた。

亀は亀らしいスピードで、ノソノソと彼と同じ方向に向かって歩いている。あっという間に追いつき、追い越した。

──デケー亀。

少し興味をそそられたものの、小さな命を大切にと日ごろから祖父と父から厳しくしつけられていた知人は、ちょっかいを掛けることもなく亀をやり過ごした。

次の日も亀を見かけた。どうやら亀は川でよく見かけるイシガメのようだったが、見たこともないほど大きく、甲羅には苔がみっしりと生えていた。

次の日も次の日も、亀は知人の前に姿を現した。

いつも昨日より少し進んだ場所で、亀は確実に歩みを進めているようだった。

同じ方向を目指す者同士、だんだん仲間意識が芽生えてきた。ある日、周りに誰もいないことを確認してから、とうとう知人は亀に声を掛けた。

「おい。お前、どこに行くんだ?」

「・・・・・・」

当然亀は答えない。

「もしかして、俺んちの寺に行くのか?」

「・・・・・・」

やはり亀は返事をしなかったが、まるで知人の言葉がわかるかのように、歩みを止めて彼を振り返った。

そんな亀の小さな動きを、彼は是と受け取った。

──スゲー! オレ、亀としゃべれんじゃん!

「俺んち行くなら、一緒に行こうぜ。連れてってやるよ」

知人はそう言って、亀に手を差し伸べる。

と、亀はその手を振り払うように首を振り、その上パクリと噛み付いたのだ。

「うわ!」

亀には歯がないため、噛まれたところで痛くはない。しかし、驚いて手を引っ込めた拍子に、知人はしたたかに尻餅をついてしまった。

「なんだよ、もう!」

怒りと恥ずかしさで、知人は鼻息荒く家路についた。

家についてすぐ、彼は本堂にいた祖父に先ほどの出来事をまくし立てた。祖父はニコニコとしながら彼の話を聞き、「まぁ、怒るな怒るな」と彼を宥めた。

「その亀はな、なにもお前の厚意を無碍にしたわけではない。そうせずにはおれぬ理由があったのよ」

「理由?」

「おうよ。亀は万年というがな、長い年月を生きた亀は、仏の教えを乞おうとこの寺を目指す。それも修行だから、途中で誰かの手を借りたらそれが台無しになってしまうのよ。それで、思わずお前の手を振り払ってしまったのだ」

「・・・・・・」

亀に本気で話しかけたことは棚に上げ、昔話を鵜呑みにするほど子供ではない、と知人は憮然とした。

その後、帰り道で亀を見かけることはなかった。

やはり、祖父の言ったことはでたらめだったのだ。そう、知人が亀のことを忘れかけた頃。

土曜日でいつもより早く学校から帰宅すると、本堂に祖父の客が来ていた。なにやらずいぶんと楽しげに談笑する声が聞こえてくる。

ヒョイと覗くと、祖父と話していたのは薄汚れた黄土色の着物を着た老人だった。座っていても腰が曲がり、後姿はとても小さく丸まっている。しかし、笑いあう声には張りがあった。

「おや」

客が知人に気がついた。痩せて細長く見える首をさらに伸ばして彼を見やり、ニコリと笑った。

「先日はスマンかったなぁ。あんたの心遣いは嬉しかったが、つい、な」

なんの話かと、知人は首をかしげた。目の前の老人と以前に会った記憶はない。

そんな知人を見て祖父は、

「すまんなぁ。まだまだ修行が足りんでな」

と、なぜか客に詫びた。

その晩、客がくれたサワガニがてんぷらとなって食卓を彩った。夕食の席で客の名前を聞いたとき、彼は「あ!」と思い当たったという。

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「その客人の名前はね、亀井さんといったんですよ」

知人はにこやかにそう言った。

「お爺さまの話にあった、修行中の亀ですか?」

私もつられて笑いながら話に乗った。

「御仏の前では、人も動物も、もちろん亀も、等しく一つの尊い命ですからね。ない話ではありません」

知人は真面目な顔を作り住職らしく言ったあと、

「まぁ、祖父たちに担がれただけかもしれませんがね」

と、もう一度相好を崩した。

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ネタバレ注意
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怖いと言うより、心に伝わる話ですね。
亀が修行、険しい道を自分の力で登りきる、自分も見習わないとと思わせてくれます。

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