これは私がA子から聞いた話。
A子は小学校の教師になって3年目。まだまだ新任だ。教師というのはどうやらストレスが溜まるらしく、よく私を飲みに誘っては愚痴をこぼしていた。
その日も、そんな愚痴の一つだと思って聞いていた。
A子の行きつけのバーというところに呼び出され、飲み始めて30分くらい。他愛のない世間話をしたり、いつものA子の愚痴を聞いていた。カクテルを2杯くらい飲み、互いにほんわかと酔い始めたとき、A子がおもむろに怖い話をしよう、と言い始めた。
怖い話は私も好きだった。
「鬼送りって話なんだけど、話していい?」
A子にしては珍しく慎重に聞いてくる。
「ちょっと怖い話だけど、大丈夫?いい?」
「鬼送り・・・いい?」
しつこいな・・・。
いいよ!と私は答えた。
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「最近、うちの学校で流行っているいじめなんだけどさ。なんか変なんだよね。」
A子が言うにはここ数ヶ月、子どもたちの中で「無視」が流行っているということだ。ターゲットがコロコロ変わり、遊びなのか、いじめなのか、判別が難しいらしい。
「なんか、”鬼をつけた”とか、そういう事を言っているの。鬼ごっこかなにかなのかなと思っていたんだけどね。」
そんなある日、A子が担任をしているクラスのT子が、A子に不思議なことを言ってきたのだそうだ。
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「ねえ、先生、じゃんけんしない?じゃんけんで私が勝ったら、鬼を送っていってほしいんだけど、いい?」
どういう意味?私が尋ねると、A子も首を振った。
「結局、私が勝ったんだけどね。その後T子が話してくれたのが気味の悪い話でさ」
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A子はこれが最近流行っているいじめのことだと直感して、T子を職員室に呼んで話を聞いた。
「鬼ってどういう意味?」
T子はしばらくモジモジしていたが、ポツポツと話をしてくれた。
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誰がやり始めたかわからない遊びなんだけど、鬼送りっていう遊び。
鬼送りをつけられると、7日以内に鬼を離すか、送り先まで送ってあげないといけないの。
そうしないと、3日目に鬼の影を見るの
4日目に鬼の声を聞いて
5日目に鬼に追いかけられる
そして、6日目には鬼に捕まって
7日目には、死ぬ・・・
実際、Sさんが鬼をつけられて、5日目までだれにも鬼をつけられなかったの。そうしたら、本当に鬼に追いかけられて、階段から落ちたの。
鬼をつけられると、鬼が取り憑く。つけられた子には、みんな近寄らないようにしていた。自分がつけられないように、口も聞かない。
それでも、なんとかしてみんな別の子に鬼をつける。そうすると、その子がまた、無視される。
クラスの子、みんな知っている。みんなでやっている怖い遊び。
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「これがいじめの正体だったんだ。みんなで、この気味悪い遊びをやっていたんだ。でも、この話をT子から聞いて以来、そのいじめはピタッと止んだの」
なんにせよ、いじめがやんでよかったね、と私は言った。
鬼に追いかけられて階段から落ちたSさんの話は本当だそうだ。1ヶ月位前に階段から落ちて、足の骨を折ってしまい、今でも松葉杖をついていという。
「そろそろ出よう」
A子が言った。確かに、9時を回っている。明日はお互いに仕事だ。まだ週の半ばも過ぎていないのに、これ以上遅くなるわけにはいかない。
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一緒に飲んでいたバーから駅までの道は人通りが少ない、暗い道だった。小さい街中の公園がある。駅からは少し距離がある。
道すがら、他愛のないおしゃべりをしながら歩いていた。
私はふと気になったことを聞いてみた。
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そういえば、鬼って、どうやって人につけるの?
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A子はふふっと笑みを漏らした。
「昨日はこんな道、歩けなかったよ。怖くて」
確かに、女一人では怖いだろう。
「T子からあの話を聞いたのは、先週の木曜日だった。今日は火曜日。ギリギリだった」
え?
私はA子を見た。
街灯の下に立つA子の口が薄っすらと笑みを浮かべる。前髪が影を作り、どんな目をしているかよく見えない。
「土曜日の夜、フィットネスクラブの帰り道、マンションの前に差し掛かったとき、足元に大きな影が見えた。あんまり大きな影だったから、びっくりして振り返ったけど、誰もいなかった。ただ街灯が光っているだけだった。」
「日曜日、部屋で寝ていたら、夜中に、低いくぐもった吠え声のような声が聞こえた。」
「月曜日、学校帰り。テストの採点で遅くなったんだけど、学校から出たところで、後ろから何かがついてくる。慌てて走って、人通りが多いところに行ったけど、後ろからじっと見られている感じがあって、その後はタクシーで家まで帰ったわ」
「T子は私に鬼をつけていった。だから、木曜日が1日目、金曜日が2日目、土曜日で3日目。」
「T子と話したとき、私もあなたと同じことを気にしたの。いったいどうやって鬼をつけるんだろうって。でもそのときは聞かなかった。」
「月曜日に、T子を問い詰めた。なかなか話してくれなかったけど、最後にやっと教えてくれわ。」
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鬼をつけるには、
「鬼送りしてもらっていい?」
って聞いて、聞かれた相手に
「いいよ」
って言ってもらうこと。
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「じゃあね、気をつけてね」
そう言って、A子は改札をくぐっていった。いつの間にか駅についてた。A子は足早にホームへの階段を上がっていった。
なんだろう。何か気になる。
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「ねえ、先生、じゃんけんしない?じゃんけんで私が勝ったら、鬼を送っていってほしいんだけど、いい?」
T子はA子にこう言った。
おそらくT子は「いいよ」と言った。
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『鬼を送っていってほしいんだけど、いい?』
と、聞かれて
『いいよ』
と答えたのだ。だから、A子は鬼をつけられた。
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クラスのみんなが知っている鬼送り、もう、誰もこんな手に引っかからない。だから、T子は先生に鬼をつけることにしたのだ。
じゃあ、鬼の影を見たりした、というA子の話はどうなるのだろう?
今日は火曜日で6日目。本当なら鬼に捕まる日だ。
『ギリギリだった』
え?
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『鬼送りって話なんだけど、話していい?』
『ちょっと怖い話だけど、大丈夫?いい?』
『鬼送り・・・いい?』
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話す前に、A子は私にこう聞いた。
私は「いい」と言った。
途端に背筋がゾクリとする。
A子は、私に鬼をつけていったのだ。
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A子と話したのが3日前です。
そして、今日、私も影を見ました。
A子が言うには、私が辿れる道は二つだけです。
一つは、鬼を誰かにつけること。
もう一つは、この鬼を目的地まで送り届けることです。
でも、この三日間考えて、第三の方法を考えました。
それで、ここに、こうしてこの話を書きました。
鬼を1人の人につければ、鬼はその人に憑いていく。
でも、10人、20人、100人の人に憑いたらどうなるか?
きっと、ひとりひとりに憑く鬼の力は弱くなるに違いありません。
そうなれば、取り殺されることはないのではないでしょうか?
ここには、怖い話を好きな人がたくさんいらっしゃいますよね。その人達に紙上で呼びかけて、何人もの人に「いいよ」と言ってもらえれば、鬼の力は薄まってしまうのではないでしょうか?
もしかしたら、ちょっと鬼の影を見るくらいはできるかもしれません。
これは実験です。うまく行かなければ、別のことを考える必要があります。明日か、明後日には結果が出ることでしょう。
お願いです。一人でも多くの方の協力が必要です。
協力してくださる方は、画面の前で
「いいよ」
とつぶやいてください。
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「鬼を送ってもらって、いいですか?」
作者かがり いずみ
ぜひ多くの人に読んでいただきたいと思います。
よろしくおねがいします。