予期せず、何の前触れもなく怖いことは起きる。だから怖いと感じるのだろう。今回の話は僕が体験したものだ。
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僕は家の近くのコンビニでバイトをしているが、夕方から夜10時までのシフトが基本である。その日も夜の10時までバイトをして歩いて帰っていた。いつもはまっすぐ帰るのだが、何の気なしに帰りがけにある公園に寄ってみた。
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公園のベンチに座り、ペットボトルのお茶を飲んでいた。キィキィと近くにあったブランコが僅かに揺れていた。まぁ人が漕いでいるときほどの揺れでは無かったから気にせず、ボンヤリと眺めていた。キャッキャキャッキャとはしゃぐ声が聞こえてきた、声からして若い男女のようだったのでカップルが来たのだと思った。
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カップルは二つあるブランコの片方ずつに腰掛けた。なぜか腰掛けた後は先ほどとは打って変わってどちらも沈黙していた。あんまりカップルの邪魔をするのは良くないのでそれ以上は見ないようにした。少し辺りが明るくなったので雲に隠れていた月が出てきたのだと思った。空を見上げるとやはり月が出ていた。
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しばらく月を眺めていると、トントントンと階段を上がる音がしたのでそちらを見た。スーツを着た中年らしきおじさんが滑り台に登って座っていた。滑って遊ぶのかなと思い少し見ていたが滑る気配は無かった。ブランコのカップルもジッとしたまま動いていなかった。何だか気味が悪いので帰ろうと思い立ち上がると、ダーッと大勢の子どもが勢いよく公園の中に入ってきて、一斉にジャングルジムへ登った。ジャングルジムは「100人乗っても大丈夫」でお馴染みのイナバの物置状態だった。ますます気味が悪くなりさっさと帰ろうと出口へ急いだ。
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しかし、出ることは叶わなかった。もの凄い力で体を後ろに引っ張られ尻もちをついた。周りを見るとスーツのおじさんやカップルや子どもたちに囲まれていた。おじさんが指をさしたので指した方向を見るとシーソーがあった。既に片方に誰か座っていた。その誰かは手招きをしていた。大勢に囲まれているし抵抗したら何されるか分からなかったので渋々シーソーのもう片方に腰掛けた。
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向かいの奴を見ると明らかに生きた人間ではなかった。福笑いのような顔をしていたのだ。(以降こいつのことは「福笑い」と表現する)口はデコの位置に、耳が目の位置に、目は口の位置にという風にちぐはぐな顔をしていた。気持ち悪い顔であったが、中でも目が一つしかなかったことに異常さを感じた。そしてその顔についた口で「漕げ」と言ったのだ。その一言でさっき僕を囲んだカップルや子ども、おじさんは遊具で遊び始めた。ケラケラと奇妙な笑い声を上げながら。
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満足しているのか周りの連中を見て福笑いの口は笑みを浮かべていた。パッと僕の方を睨んで「お前も漕げ!」と言ってきた。仕方なく足を動かしシーソーを動かすと上げて下ろしたところで目に激痛が走った。痛がっている僕を見ている福笑いはとても嬉しそうだった。あまりの痛みから漕ぐのをやめると「漕げ!漕がないと殺すぞ!」と脅してきた。あり得ないくらい長い手で僕の首を絞めてきた。殺されまいという一心で痛みながらもシーソーを漕ぎ続けた。
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奴の笑い声はさらに大きなものになる。激痛に苦しむ僕の叫び声と比例するように。いつのまにか僕は気絶しており、目が覚めると草むらの中にいた。しばらく視界がボンヤリとしていたが、やがてはっきりと見えるようになり驚いた。右目が見えなくなっているのだ。目も開かなくなってしまっていた。
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僕は立ち上がり草をかき分けてそこから出ると入り口に「立ち入り禁止」という看板が立てられていた。公園には違いなかったようだが、そこは家から50キロ離れたところだった。母に迎えに来てもらおうと電話すると「あんた夜通しどこで何やってたんよ!めちゃくちゃ心配して警察の人にも連絡したんよ!?」と怒鳴られ叱られた。
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場所を教えて迎えに来てもらい、その日のうちにそこから近い病院へ行った。右目のことで。精密検査をすると別に大したことは無いようだった。昨日起きたことを言うと医師から「そいつはタタラと言う妖怪でこの辺では有名だよ」と教えられた。医師によると、タタラは集団で行動して人を恐怖させ苦痛を与えるのが好きらしい。
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変幻自在に形を変えられるから仲間を少しずつターゲットの近くへ送り込むことも容易だそう。タタラは夜にしか活動できず、求めているのは恐怖や苦痛を感じている様子だけであるから生死や後遺症になる被害は受けないそう。タタラは比較的、大したことがないとされている。
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タタラの弱点は「悪口」であるからだ。タタラはメンタルが弱いので「タタラキモい」「タタラ臭い」と言うと傷ついてお家に帰るのだそう。逆に「タタラかわいい」「かっこいい」と褒めるとつけ上がって、攻撃してくるようになるから要注意だ。
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タタラに会ったらめちゃくちゃボロカスに言って日頃のストレスを発散できるからその地域では良いやつと思われることもあるそう。
作者やみぼー