注)このお話には<前編>が存在します。
本作の前に拙著「忘れないよ?<前編>」をお読みいただくことをお勧めいたします。
↓では早速、本編チェケラッ!
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「ゴク、ゴク、ゴク」
こうして僕とゴクゴクさんの、にらめっこ対決のゴングが鳴らされた。
先に動いたのはゴクゴクさんだ。
頭部に続いて体もこちらにねじり、ヌッタリとした足取りで近づいてきた。
対する僕は、鬼のような形相でゴクゴクさんを見ていた。
別に、ゴクゴクさんを威嚇しようなんて魂胆じゃあない。
この暗い夜道の上で、得体のしれないモノが近づいてくるんだ。恐怖で顔も引きつるってもんさ。
ついでに言っておくと、僕はこのとき、自販機から缶を取り出したときのまま、腰を曲げたお辞儀のポーズで固まっていた。
ハタから見りゃ、僕はゴクゴクさんに対して、グッとしかめた鬼のツラをしながら頭を下げているように見えたことだろう。
これじゃまるで半〇直樹だ。
そんなこともお構いなしにゴクゴクさんは、ぬたっ、ぬたっ、と距離を詰めてくる。
「ゴクッ、ゴクッ、ゴク・・・」
カメレオンのように、右目で僕を、左目で僕が握ったコーラ缶を、それぞれの目でにらみながら。
ぶっちゃけもうヤダ、逃げ出したい・・・。
だけど、その視線に射抜かれて、こうして無機質に一定の速度で近づいてこられると、逃げ出すための一瞬の隙を見つけられないんだ・・・。
僕は尻をうしろに突き出した姿勢で、じりじり後ずさりすることしかできなかった・・・。
僕の尻が迫ってくることに恐れをなし、さっきの野良猫親子は完全に逃げ去ってしまった。
僕がもたもたしているうちに、ゴクゴクさんはもうそこまで来ていた。
(もうアカン)、僕も覚悟を決めた。
ゴクゴクさんは、ぬーーーっと、僕のコーラ缶に腕を伸ばした・・・。
…その時だった。
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shake
す っ か ~ ~ ~ ~ ~ ん ! !
ありのまま、起きたことを話そう。
そのマヌケな音とともに、ゴクゴクさんがすっ転んだんだ!
ゴクゴクさんが倒れると同時に、つぶれた空き缶が、その足の下から猛スピードで僕の足の間をくぐっていったのを憶えている。
ゴクゴクさんも、今や地にうずくまってウニャウニャ呻いていることしかできない。
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shake
「よし、今ならいけるっ!」
好機到来、姿勢を低くしていたことが吉となった。僕はそのまま、体育で教わったクラウチングスタートの要領で、夜中のカントリーロードをぶっちぎった。
こうして僕史上初、ゴクゴクさんからの緊急脱出を成功させたのだ。
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とまあ、そんな感じで僕はいつもとは違う、スリリングな夜を過ごして、その日は家にたどり着いた。コーラの女神に護られて、僕がつかんだ勝利だ。
なに、終わってしまえばなんてことない、一介の中学生の受験時代の思い出さ。
これから家族と一緒に温かい食卓を囲んで、まだ見ぬ僕の高校生活について語り合う、そんなハッピーエンドで締めくくることにしよう。
僕は今宵の安堵と余韻とを胸に、自宅のドアノブに手をかける。
・・・僕が手をかける前に、扉が開いた。
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shake
「立ち去れええええええええええっっ!!」
御年80歳。うちのばあちゃんが、木刀片手に怒号を放ってきた。
って、えぇっ!?「立ち去れ」ってそりゃないぜ、ばあちゃん!?
確かにいつもより遅くなったけど、それを理由に実の孫をうちに入れないなんて!?
バ「こりゃ、Z(僕の名前。勿論仮名)!!何しとる、はやくそいつから離れろ!!」
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え・・・「そいつ」ってダレ・・・?
「そいつ」とおぼしき人物は、僕の視界上の右にも左にも頭上にもいない。
僕はこの手の話のセオリー通り、試しにうしろを振り返ってみた。
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<◎◎>
見開かれた二つの目が、まっすぐ僕を見ている。
「ゴクゴクゴクゴク」
ゴクゴクさん、リターンズ。
「あ・・・
うぇ・・・
shake
ヘァアアッッ!!」
ウルト〇マンみたいな奇声を一発、僕は玄関へと転がり込む。本家にも劣らないのはその声だけ。僕にはアイツに立ち向かうだけの勇気はない。3分間だってもたないことだろう。
一方のばあちゃんはゴクゴクさんの前に立ちはだかり、木刀をブン回して威嚇している。
バ「キヨシ(僕の父さん)!!塩もってこい、塩!とんでもねェのが来おったど!!」
ばあちゃんは神やら心霊やらといったモノの存在を固く信じており、とにかく「よくわからないもの」はすべてその手の人ならざる者として認定するという癖を持っていた。
キャラづくりなのかボケのせいなのかは知らないけど、そんなばあちゃんの変人根性が、この晩限りはとても頼もしく見えた。
父「よっしゃ、コイツをくらえ!!」
父さんが塩を満載した袋を抱えて台所から登場した。
子供のころからばあちゃんの影響をモロに受けてきた父さんは、ばあちゃんの言葉に従い、さっそくお祓いモードに入った。
招かれざる客人にむけて、塩が霧のごとくぶちまかれる。
母「なになに!?何なの!?」
騒ぎに驚いて、母さんがリビングから飛び出てきた。
母「って、どなたですか、あなた?警察呼びますよ!?
あ、ちょっとお父さん、塩まくのやめて!床が傷んじゃうでしょぉっ!?」
ゴクゴクさんを見たり、父さんの方を見たりと、母さんの視線はせわしない。
父「気が散るから引っ込んでろっ!!」
そうして父さんによって、母さんと妹(セリフなし)は奥の仏間に押し込められた。
父「ほら、Z!コーラなんか抱いてないで、お前も隠れろ」
ぶっちゃけこんな状況のなかでも、コーラだけはがっちりホールドしていた自分に驚く。
・・・でも次の瞬間にはもっと驚くことが起こってしまった。
shake
バンッ!
ゴクゴクさんがばあちゃんを突き飛ばした。
「うっ」
壁にぶつかり、力なく崩れるばあちゃん。
父「てめ・・・」
すべて言い切る前に、ゴクゴクさんは今度は父さんをも突き飛ばした。
大の大人が、僕の頭上を舞って台所まではね跳んでいく。父さんがぶつかったことでテーブルの足が折れ、卓上のものが雪崩のように床に散らされる。
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<◎◎>「・・・」
ゴクゴクさんはもはや何も言わずに僕に近づいてくる。
そして・・・
両腕を伸ばし、すさまじい力で僕の両肩を握ってきた。
「ぎゃあ、い・・・痛い!」
筋肉や骨までまとめて僕の肩をえぐり取るくらいの勢いだ。
<◎◎>「・・・」
視界全面に映るその鉄仮面への恐怖に、僕は完全に支配された。
動転する意識と感覚の中、それでも耳をつんざくようなばあちゃんの怒号が耳に届く。
バ「こりゃお前!その子になんかしてみろ、ワシが許さんかンなぁっ!!」
カランカラン・・・
ゴクゴクさんの足元に木刀が飛んできた。多分ばあちゃんが投げつけたものだろう。
でもその伝家の宝刀も、力なくその足元にひれ伏すだけだった。
万事休す。
僕たち家族は敗けたんだ。
こんなわけのわからないやつに・・・。
<◎◎>「・・・」
<◎●◎>「ヌチャァ・・・」
ゴクゴクさんが口を開く。
一本も歯の生えていない、深淵へとつながる洞のような口を。
いや、これはきっと口のような洞なのだ。
気持ちの悪い洞をグワッと開いたまま、ゴクゴクさんはさらに僕の顔に接近してきた。
痛みのゆえに薄れゆく意識の中で、僕がコイツに丸呑みにされるエンディングが脳裏をよぎった。
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<◎●◎>「・・・」
<◎●◎>「・・・」
<◎●◎>「・・・忘レテクレ」
・・・
・・・
・・・はぁ?
<◎●◎>「イヤ、頼ムカラ・・・」
ゴクゴクさんが、喋った。
喋って、そして・・・
それだけ言うと、あっさりと僕の肩を放して、
あっけなく玄関から出て行った・・・。
・・・「忘れろ?」
忘れろって、何をさ?
僕はぼんやりとした頭で、ゴクゴクさんとの数十分にわたる血みどろのメモリーズを探ってみた。
・・・すると、あるワンシーンが頭の中でぴたりとピントを結んだ。
あの自販機の前でゴクゴクさんが、空き缶に足を取られてすっころんだシーンだ。
あの時のアイツ、心なしかだいぶ恥ずかしそうに呻いていた気がする。
ああ、そうか。それしかない。
あの時の醜態を忘れてほしくて、わざわざ僕に脅しをかけに来たということか。
・・・いや、言っておくけど
忘 れ な い よ ?
こちとら危うく、一家全滅すると思った始末だよ。
残念ながら、あんたは僕だけでなく、家族みんなの記憶に深く刻み付けられる結果になったんだ。どんだけ恥ずかしくとも、一生覚えておいてやる。
僕は心の中のゴクゴクさんに対して勝ち誇った。
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後日談というか、「後時談」というか、そのあとの話。
母さんがひそかに呼んでいた警察が到着して、色々やったけど、終わりが近いから内容は省く。
ばあちゃんは今回の件を受けて、専門家気取りで僕に忠告してきた。
やれ、「ああいうのは実はそこら中にいるもんだ」だの、「今回来たのはもののけの類だ。かなり大物の」だとか、「ワシらはああいうやつらと背中合わせで生きているんだ」とか。
まあ、どうせソレ系の本の受け売りだろう。と、おもったのだが・・・。
思い返してみれば、今日ばあちゃんは僕が家に入る前に扉を開けて、ゴクゴクさんに対して一喝していた。
僕が扉に手をかける前にだ。
まるでゴクゴクさん(僕が連れてきた)の襲来を、前もって分かっていたかのように。
そういうことを考えると、ばあちゃんももしかしたら、単なるオカルトかぶれじゃなくて、実際に本物の「力」を持っているのかもしれない。そんな風に思ってしまった。
バ「ま、今度また外から帰って来る時にゃ、うがい手洗い、ついでにお清めの塩でもまいとくのがええな」
父「今夜は俺が家の周りにまいておく。またアイツが戻ってこんようにな」
大して役に立たなかった父さんが、決め台詞を残して玄関の外へ出て行った。
この二人の塩に対する信仰心は揺らぐことがないようだ。ゴクゴクさんには効果なかったのに。
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あとついでに言っておくと、この出来事のさなかに一つ不可解なことが起こっていた。
僕が買ってきたコーラがなくなっていたのだ。
ゴクゴクさんに肩をつかまれる前まで、確かに僕がホールドしていたはずのあのコーラが缶ごと消えていた。
家中探したし、家族にインタビューしたりしてみたけど、何の手がかりもなかった。
するとあの騒ぎの中、僕や家族以外にコーラをかっさらっていけるのは・・・、
もうアイツしかおらんやん。
・・・アイツもコーラ、好きなのかな。
作者つぐいら。
前編のURL http://kowabana.jp/stories/32932
長いうえにしょーもないお話です。
あまり考えず、お気楽に読んでいただくのが吉かと思います。