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長編10
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ポータル

先日、かつて夢中になっていた、とある本に書かれていたことをふと思い出した。

それは、よくあるオカルト研究系の単行本で、異次元や時空転移について特集した巻だ。

要約すると、次のように書いてあった。

「この世ならざる世界へのポータル(出入り穴)は、意外にも、我々の身辺のどこにでも存在する。

普段は特殊な波動で蓋がされていて、霊能者などの特別な力を持つ者にしか、感知することができない。

しかし、ふとしたノイズの乱れで蓋がはずれ、人が迷い込むことがある。

特に強大な穴のある所には、ハッキリとした目印が置かれることもあって・・・」

そうそう、今でも忘れない。

この文に語られているようなことが、確かに僕の身にも起きたんだ。

今まで誰にも話さなかったし、封印したい記憶でもあったけど。

でも、身辺はすっかり落ち着いたし、このタイミングで例の本の一文を思い出したのも何かのめぐりあわせなのかもしれない。

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そういうことで誠に勝手ながら、僕が体験した信じられないような出来事について、お話ししようと思います。

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その日、僕は山を散策していた。

べつに、白銀に染まった雪山を踏破しようとか、そんな大層なことじゃないんだ。

普段通りの服に、いつも通りの靴、それにプラスしてちょっと虫よけのスプレーをかぶって、近所の山のハイキングコースをプラプラするだけ。

だけどこの日のお散歩には、思い返せばちょっと恥ずかしい目的があった。

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この山のコースはよく舗装されていて、お年寄りや足腰の弱い人でも、歩くのにさほどストレスにはならない。

なのでソロハイカー、親子連れ、カップル・・・とにかくたくさんの人でにぎわっている。

と、ここでひとつ、僕の趣味の話になるんだけれど・・・。

僕はこの当時、いわゆる「映画から影響を受けやすいオトシゴロ」だった。

今日ここへ来たのも、前の晩に「壮年の考古学者が活躍する某冒険映画」の洗礼を受けて、すっかりアドベンチャーをしたい気分になったからだ。

冒険の舞台に選んだのがこの近所のお山。

でも、実際に散策してみると日曜日ということもあってか歩行者が多く、ほとんど街中を歩いているのと変わらなかった。

おまけに勝手のしれた道なのだから、考えてみればあまり新鮮味もない。

もっと特別な気分に浸れる冒険を期待していたのに、なんだか肩透かしだなぁ・・・。

そんな風に思っていた。

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そうしてすっかり興ざめしながら歩いていた僕の目に、再び火のともる瞬間が訪れた。

山の中腹ポイント、二股に分かれた分岐路のうち、あまり人気のないほうの道を選んで歩いていた時のことだ。

山頂へ向けて緩やかに伸びたアスファルトの道のわきに、一部、鬱蒼とした草が分かれて、土の道が林の奥深くまで続いているのが見えた。

「けもの道」だ。

けもの道が冒険を求める少年を誘おうと、僕の目の前に身を横たえているんだ。

今の僕だったら絶対にそんな無謀なことしないけど、この時の僕は即決で、独りその道を行くことにした。

僕は周囲のわずかな人目を潜り抜けて土の道に跳びこむ。

けもの道の狭さや鬱蒼とした木々や雑草が、僕の姿を隠す良いカムフラージュになる。

一度跳びこんでしまえば外からは見えにくかった。

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草をかき分けて、奥へと進んでいく。

そのけもの道は一本道で、普通に歩いていれば迷うことはありえない。

だけど周りは木、木、草、草・・・聞こえるのは自分が草を分ける音と野鳥の鳴き声だけ。

大自然に一人挑戦している自分に酔いしれて、なんとも言えないスリルを味わっていた。

少なくとも、「やっぱ、冒険はこうじゃなくちゃなあ」なんて、

芝居がかったことを独り言ちるくらいにヘンなテンションになっていた。

木々はさらに密度を増して、太陽の光をすっかり覆い隠していく。

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どんどん暗くなっていく。足元も見えない。

「グリッ」

!?

何か太くて硬いものを踏みつけた。

危ない、危ない・・・。

きっと大きな朽木でも落ちてたんだろう。

特に気にも留めずに先へ進んだ。

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「・・・」

「・・・」

「・・・?」

・・・あれ?

ついさっきまで、

本当にほんの一瞬前まで、

僕はあの「薄暗い」、「鬱蒼とした」木々と雑草の中をかき分けていたはずだ。

一歩進んだ、今のこの場所には、

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な に も な い

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「薄暗い」どころじゃない。上下左右、どこに首を回しても「闇」。

さっきまで僕の肌をくすぐっていた雑草の感覚も、

きっとこんな暗闇でも感じたであろう群生する木々の圧迫感も、

野鳥たちのさえずりさえも、

唐突に世界から消えた…。

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洞窟に迷い込んだ?

いや、違った。

地面をかかとでツンツンしてみたけど、岩肌の感触とは違う。

シュルっとした、硬く平らで滑らかな感覚。

陶器でも敷き詰めてあるんじゃないか、というくらいの文字通り「不自然」な地面をイメージした。

それに居心地。

穴の中みたいな閉鎖的な空間じゃなくて、もっと広大な、無限ともいえる空間に放り出されたような心地だった。

暑さも寒さも、風の重みも、湿り気もからっ気もないひたすらに無機質な空気。

そんな闇の中にポツンとひとり。

僕はうまく状況が呑み込めず、刹那の間あっけにとられていた・・・。

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「ここにいてはいけない」

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不意に思考が復旧する。

「いやいや、まてまて・・・」

さっきから薄々感じている違和感について、頭を巡らせる。

僕が立っているここは、一歩下がればあの雑木林のはず。

なのに、風に葉が揺れる音も、野鳥たちの声も全く耳に届いてこない・・・。

あり得ない・・・!

ここだけが隔絶されているとしか思えない。

なら、ここは一体なんなんだ・・・!?

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「ここにいてはいけない」

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なんでこんなにも冷や汗が出るんだ・・・?

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「ここにいてはいけない」

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何か変だ・・・!

ここにいると、なぜだか途方もなく心細くなってくる。

あの何でもなかった散歩道や、そこを歩いていた見ず知らずの人々、そんな「なんでもない日常のもの」たちが、なんでこんなにも恋しく思えてくるんだ・・・!?

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「ここにいてはいけない」

さっきから僕の心にそう告げるのは誰なんだ・・・!

そうだ、まぎれもない僕自身だ・・・!

本能が、警告している。

すぐに帰ろう!

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これだけ考えて、僕は初めて踵を返す。

180°回転した。

背後に振り向いた。

そこにはさっきまで歩いてきた森の風景が広がっていた。

・・・なんてのは、甘い希望だった。

やっぱり闇が広がっているだけだった。

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「えっ・・・」

いや、あきらめるな。

このまま歩いていけば、バっと闇が開けて、気が付けば森の中に・・・。

そう自分に言い聞かせる。

一歩目、

駄目だ。

二歩目、

駄めだ。

三歩目、

だめだ

「うあ・・・あ」

思考が言葉にならない。

四歩目、

五歩目、

言葉になる前に、思考が消える。

「うああああ・・・・!!!」

僕はパニックになってめちゃくちゃに走り回った。

どこでもいいから抜け穴があってくれ・・・!

誰でもいいからぶつかってくれ・・・!

そう何度願ったことか。

闇にとどろく僕の声、

地面をはねる靴の音。

もう、顔じゅうの穴という穴から液体をまき散らして泣き叫ぶ僕。

それは情けない姿だったと思う。

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涙も枯れた。声も枯れた。のどが痛い。顔がひりひりする。

その場にガクリと膝を落とす。

どこにも抜け穴なんてなかった・・・。

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どうしようもない状況だと悟ったとき、人は悲しみに暮れるんじゃない。

考えることを、やめてしまうんだ。

認識できるのは自分の微かな呼吸音だけ・・・。

・・・だけ?

いや、違う。

この期に及んではっきり意識したんだけど、僕の呼吸音に交じって、なにやらヘンな音が聞こえてきたんだ。

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んン~~~~~~~~~~~~~

ズズッ、ズズッ

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

んン~~~~~~~~~~~~~

ズズッ、ズズッ

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それは音というより「声」に近かった。

んン~~~~~~~~~~~~~

図太い男性のハミングとも、機械的な牛の唸りともつかない、ちょっと寒気のする声。

そいつが、

ズズッ、ズズッ

僕の周りをはい回っているようだ。

もしこの「声」の主が意思を持った何者かなのだとしたら、

「こいつ」、僕を探しているのか?

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さっきから僕の周りをあてずっぽうに、

まったく見当違いの方向にさえぐるぐる回っていはいるものの、

一向に近づいてくる気配はない。

僕からは、「そいつ」の姿をとらえることはできない。

さんざん言っている通り、周りは闇。

真っ黒よりもさらに深い深淵で、人類の視力なんてまるで通用しない。

それは、「こいつ」も同じようだった。

んン~~~~~~~~~~~~~~

ズズッ、ズズ

きっと「こいつ」は僕の泣き叫ぶ声で、僕の居場所におおよその見当をつけて、

んン~~~~~~~~~~~~~~

ズズッ、ズズ

こうして近くまで来て、

んン~~~~~~~~~~~~~~

ズズッ、ズズ

手がかりもないままに、手探りで僕を探している。

んン~~~~~~~~~~~~~~

得体のしれないモノが、闇のとばりのすぐ向こうを這いずり回っている。

こんな状況は僕の恐怖をあおるのに十分だった。

思考停止によって、小一時間忘れていた「恐怖」が、いま戻ってきた・・・。

(「こいつ、何が目的なんだ?」

「見つかったらどうなるんだ・・・?」)

生産性のないことばかりが頭をよぎる。

んン~~~~~~~~~~~~~~

耳から脊髄へ響くたびに、僕を内側から崩していく。気色の悪い声。

今すぐにでも、この場から飛び退きたい・・・!

(駄目だ、駄目だ!絶対に、下手に動いちゃいけない!動いたらマズい!)

微かな理性で自分に言い聞かせる。

んン~~~~~~~~~~~~~~~

(どうしよう・・・!さっきより断然近くなってきてる・・・!)

ハッ、ハッ、ハッ・・・

この極限状態、人体はより多くの酸素を取り入れようと、呼吸のペースを速める。

・・・この生理機能が命取りになった。

ズズッ、ズッ・・・

ザリザリザリ・・・

ザリザリザリ・・・

移動する時とは違う音。

「あいつ」はおそらく方向転換をした・・・。

荒くなった僕の呼吸音を聞きつけて・・・。

んん~~~~~~~~~~~~~~!

「おそらく」は「確信」に変わった。

この時の「あいつ」の声は、まさしく真っ正面からとらえたもの。

ついに「あいつ」と向かい合ってしまった・・・!

shake

んンはァ~~~~~~~~~~~~~~↑↑!!

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今までにない、歓喜のニュアンスを帯びたうなり声。

「みぃつけたぁ」とでも言わんばかりに響き渡る声は、僕の胸を圧迫した。

ズズズッ、ズズズッ

ズズズッ、ズずずっ!

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ヤバイヤバイヤバイ・・・!

「あいつ」がくる・・・!

まっすぐこっちに向かってくる・・・!!

(逃げなきゃ・・・!)

そんな必死の思いも、かすれた吐息となって出力されるだけだった。

ハッ、ハッ、ハッ、・・・!

肝心の両の足は、地面にガッチリ根を張ったようにびくともしない。

つくづく思い通りにならない体。

僕はこの時ばかりは本気で人体の仕組みを呪った。

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そして僕は、次の瞬間には、両手両足をきつく握られ、顔面を締め付けられ、

全身の関節を構造的にロックされた。膝をついたままの姿勢で。

捕まった・・・。

食い破られる・・・。

・・・?

・・・いや違う。

ずずずっ!

ずずずっ!

例の「あいつ」は今まさに、「迫ってきている」。

つまり、まだ、僕のところに到達していない。

・・・じゃあ、今僕を締め上げているコイツは一体?

そんな僕の疑問を察したのか、「その人」は僕に話しかけてきた。

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「ヤ ツ ガ イ ル、

ス グ ソ コ ニ、

ツ カ マ ル ナ」

日本語・・・?空耳かもしれないけど、確かにそういってるように聞こえた。

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「ス グ ニ カ エ レ」

次の瞬間、僕は頭の酸素をすべて抜かれた感覚に見舞われ、その場にどさりと倒れこんだ。

目を開けた時見えたものは・・・、

あの森の中だった。

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久しぶりに味わった世界の香りと音が、一気に体に流れ込んでくるものだから、情報量が多すぎて、ちょっとめまいがするくらいだった。

「う~~ん」と起き上がり、立膝の姿勢になると、膝のあたりに、覚えのある感触があった。

「太くて硬い」なにかの感触。

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注連縄(しめなわ)だ。

人の世と神の世を分ける清き鎖が、すっかり朽ち果てて、土の中に沈んでいたんだ。

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途方もなく長くなってしまったけれど、以上が、僕の体験したこと。

後日、気持ちが落ち着いてから、あの注連縄のあったけもの道をちょっと見に行ってみたんだ。

ここを管理する人がこの場所に誰か(僕)が立ち入ったことに感づいたんだろうか。

けもの道は完全に封鎖されていた。道の途中ではなく、入り口に、しっかりとした鳥居が建てられ、真新しい注連縄で封がされていた。

このくらい「ハッキリとした目印」があれば、僕みたいな怖いもの知らずでもまず近づかないだろう。

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これは余談だけど、「山」というところは「黄泉の国」へとつながっているという古来からの言い伝えがあるらしい。

つまり、死者の国への「ポータル」があるんだ。

僕が不思議な体験をしたあのけもの道は、黄泉の国へとつながる強力な穴があって、その存在を知っていた誰かが道の途中、それも穴へのギリギリ一歩手前のところに「注連縄」というわかりやすい目印を設置していたんじゃないだろうか。

まあその肝心の目印が、すっかり機能をはたしていなかったあたり、ちょっとぞんざいな気もするけど・・・。

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生きたものが生きたまま死者の国へ迷い込むというお話は、日本神話にも例がある。

昔々、日本を創った神様の一人であるイザナギノミコトは、妻を連れ戻そうと黄泉の国へ降り立ったけれど、現地の神々に追いかけられて、命からがら逃げ伸びたそうな。

イザナギは神様だから自力で戻ったんだろうけど、人間である僕がこうして戻ってこられたのは、あのとき僕をつかまえた、あの神様(?)が助けてくれたおかげだと思っている。

Concrete
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@りこ-2 様
ヒヤヒヤしていただけて何よりですが、せっかく暖房をつけたお部屋で
風邪をひかれないように(^^;

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@えあり 様
ありがとうございます。
長くて読みにくかったと思いますが、楽しんでいただけたようでよかったです!

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温かいお風呂の中で読ませていただきました。おもしろかったです!

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