短編2
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ざしきわらし

外では、秋の長雨がとうとうと庭木の枝を打っている。

雨戸を立てきった座敷のうちでは、先ほどから読経が流れていた。

その声が、不意にやむ。

法事で招かれていた常楽寺の住職が、そっと天井を振りあおいだ。

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「……だれぞ、わらし子でも遊びに来とるやっす?」

雨だれにまじって、子供の走りまわる足音が聞こえてくる。

祖母が静かに答えた。

「じづあ、東京さ嫁いどった孫が、腹の子ば流しまして」

「そいづは、お気の毒に……」

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住職は天井へ向かって合掌した。

「家に憑いたわらし子さ大切にすっど、守り神になるというがら、せいぜい慈しんでおあげなんしえ」

「へえ、そのつもりでがんす」

それきり住職は読経を再開したが、階上を駆けまわる足音はますますひどくなる。

ぼくは、そっと座を立った。

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戦前からつづく旧家なので、むやみに広くて昼間でも深閑としている。

階段をのぼり終えると、足音がパタリと止んだ。

息を殺し廊下を進んでゆく。

かつて姉が使っていた部屋のドアをあけた。

とたん、乳児を抱き上げたときのような甘ったるい匂いがただよってきた。

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「またこれだ……」

ぼくは、ため息をついた。

お供えする菓子や果物が、床に食い散らかされている。

祖母が買い与えた人形は、無残にも首を引きちぎられていた。

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「まんづ、元気なやろっ子だごど」

と祖母は目を細めるが、ぼくは知っているのだ。

東京の姉夫婦は、もうずっと以前から別居中であること。

姉の流産は人工中絶であり、しかもその子の父親がご主人ではないということを。

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ドアを閉めて階段をおりようとするとき、背後からシュウウ、シュウウとこちらを威嚇するような息づかいが聞こえてきた。

ただ無邪気なだけであれば、

この家に憑くモノが、けっして邪悪な心を持っていなければ――良いのだが。

つい、そう願わずにはいられない……。

Concrete
コメント怖い
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子供は無邪気ですが、残酷でもありますね。

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