外では、秋の長雨がとうとうと庭木の枝を打っている。
雨戸を立てきった座敷のうちでは、先ほどから読経が流れていた。
その声が、不意にやむ。
法事で招かれていた常楽寺の住職が、そっと天井を振りあおいだ。
nextpage
「……だれぞ、わらし子でも遊びに来とるやっす?」
雨だれにまじって、子供の走りまわる足音が聞こえてくる。
祖母が静かに答えた。
「じづあ、東京さ嫁いどった孫が、腹の子ば流しまして」
「そいづは、お気の毒に……」
nextpage
住職は天井へ向かって合掌した。
「家に憑いたわらし子さ大切にすっど、守り神になるというがら、せいぜい慈しんでおあげなんしえ」
「へえ、そのつもりでがんす」
それきり住職は読経を再開したが、階上を駆けまわる足音はますますひどくなる。
ぼくは、そっと座を立った。
nextpage
戦前からつづく旧家なので、むやみに広くて昼間でも深閑としている。
階段をのぼり終えると、足音がパタリと止んだ。
息を殺し廊下を進んでゆく。
かつて姉が使っていた部屋のドアをあけた。
とたん、乳児を抱き上げたときのような甘ったるい匂いがただよってきた。
nextpage
「またこれだ……」
ぼくは、ため息をついた。
お供えする菓子や果物が、床に食い散らかされている。
祖母が買い与えた人形は、無残にも首を引きちぎられていた。
nextpage
「まんづ、元気なやろっ子だごど」
と祖母は目を細めるが、ぼくは知っているのだ。
東京の姉夫婦は、もうずっと以前から別居中であること。
姉の流産は人工中絶であり、しかもその子の父親がご主人ではないということを。
nextpage
ドアを閉めて階段をおりようとするとき、背後からシュウウ、シュウウとこちらを威嚇するような息づかいが聞こえてきた。
ただ無邪気なだけであれば、
この家に憑くモノが、けっして邪悪な心を持っていなければ――良いのだが。
つい、そう願わずにはいられない……。
作者薔薇の葬列
掌編怪談集「なめこ太郎」その七十五。