ぼろぼろの麻のずだ袋から頭と腕を出し、私は、舗装されていない道を裸足で歩いている
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海に近いのだろうか、ときおり生暖かい潮風が左の頬をくすぐる。
見上げると、青白い太陽がギラギラと雲の合間から気だるい光を放っている。
彼方を見渡すと空一面、セピア色の雲が際限無く広がっていた。
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カラフルなサリーを羽織った整った顔のイスラムの女たち、
ランニング姿の肌の黒い屈強そうな男、
白いアゴヒゲを地面まで伸ばしたベレー帽の老人が、聖書を大事そうに胸にあてて歩いている。
あばら骨の浮いている痩せた子供たちが奇声を上げながら、駆け抜けていった、、、
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─ここはどこかの市場なのだろうか?
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右側には薄汚れた麻のテントがズラリと並んでいて、浅黒い肌の者たちが忙しく動き回りながら、様々な物品や野菜、果物を売っているようだ。
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しばらく歩くと、チリリリン、チリリリンというけたたましい鈴の音が聞こえてきた。
見ると、前方にちょっとした人だかりが出来ている。
─何だろう?と、近づいて行くと、
あるテントの前に、たくさんの人が集まっていた。
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後ろ側に回ってみると、前方を遮るたくさんの者たちの背中の向こう側から、意味不明の大声が聞こえてきた。
しばらくすると、何人かが勢いよく片手を挙げる。
どうやら何かの競りをしているようだ。
私は視界を遮る大きな背中、小さな背中をかき分けながら、懸命に前へ前へと進む。
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そしてようやく視界が開けた瞬間、正面に見えたのは腰高の木製のカウンターと、その奥には背丈くらいの棚。
棚は3段ほどあり、その全てに炊飯器くらいの大きさの透明のガラス容器がズラリと並べられている。
カウンターの傍らには黒い三角頭巾を被ったマッチョな大男が立っていた。
男は国籍不明の言葉で何か立て続けにしゃべると、最前列に立つ黒いサリーの女を指差した。
女は喜び、巾着から何枚かの金貨を出して、男の差し出す毛むくじゃらの手に握らせる。
男は棚からガラス容器を一つ取り、女に手渡した。
女は容器を大事に胸に抱き、その場を立ち去った。
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─ガラスの容器の中には何が入っているのだろうか?
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大男の背後にある棚に、私は目を凝らした。
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それは、、、
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人の生首だった、、、
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ホルマリン浸けにされており、まるで生きているかのように生々しい。
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男性のもの、女性のもの
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肌の白いもの、浅黒いもの、黄色いもの
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瞳を閉じているもの、大きく見開いているもの
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その中に、私のよく見知った顔があった。
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妻と一人娘だ
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「それは、私の妻と娘だ!」
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私は必死に棚の方を指さしながら、黒い三角頭巾の大男に詰め寄る。
男は私のことなどお構い無しに、群衆に向かって競りを続けていく。
私は何度も同じ言葉を連呼しながら、男に詰め寄り続けた、、、
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……
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ここで目が覚めた。
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喉元に心臓の激しい鼓動を感じる。
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生暖かい汗が顎をつたい、胸に落ちた。
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暗闇の中、いつもの天井の意匠が確認できたとき、
ようやく鼓動は落ち着いてきた。
時計の秒針の音がやけにうるさい。
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なんとか半身を起こし、ふと横を見ると
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─妻がいない!
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慌ててベッドから降りると寝室のドアを開け、
廊下沿いに並ぶいくつかの部屋のドアを一つ一つ開きながら、妻と娘の姿を探していく。
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「由香里!、、、美優!、、、」
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だが、見つからない、、、
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廊下に座り込み、しばらく途方にくれた後、ようやく立ち上がると寝室に戻る。
ベッドの端に座り数分間頭を抱えていたら、突然、何かが頭の中で閃いた。
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立ち上がり、目の前のクローゼットを勢いよく開く。
ハンガーに掛けられた洋服の下に、クーラーボックスが一つ置かれていた。
引っ張り出して蓋を開けると、ドライアイスの白い煙とともに微かに獣臭が鼻をつく。
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中には、妻と娘の首が二個、きちんと収まっていた。
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私はほっと安堵のため息をついた。
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Fin
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう
ひとりあそび
http://kowabana.jp/stories/33841
の番外編です