中編3
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おいでの橋

とある田舎町で聞いた話。

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その街を山の方へまっすぐ進んでいくと、大きなダムに出る。昭和の終わりに完成したというそのダムは桜の名所としても知られ、春には花見客や祭りで賑わいを見せるそうだ。

そのダムの少し手前には、小さな橋が架かっている。

車がようやくすれ違える程度のこの橋には、ダムにちなんだ美しい名前がつけられていたのだが、その名で呼ばれることはほとんどなく、大抵の人からは「ダムのところの橋」と曖昧に呼ばれていた。

しかし時に、「知る人ぞ知る自殺の名所」と不名誉なあだ名で呼ばれることもあった。

どんな不届きものが言いはじめたのかは不明だが、

「ダムの放水に合わせて飛び降りれば、確実」

という噂が、まことしやかに囁かれているのだった。

確かに、橋から川面まではかなりの高さがあり、ゴロゴロとした岩も多い。運良くそれらを避けて飛び降りても、ダムの水に飲まれてしまえば浮き上がるのは難しいだろう。

噂を信じてかどうかはわからないが、数年に一度は、下流で身元不明の遺体が見つかる。自殺かどうかも定かではなく正確な入水場所もわからないが、おそらくはあの橋からであろうと町の人々は話すのだそうだ。

短い橋だが、両袂に一つずつ、中央の欄干の左右に一つずつ、計四つもの電灯がある。

ダムに至るまでの道路にも周辺にもほとんど灯りがないことも考えると、その橋は奇妙なほどに明るかった。夜になって灯がともると、まるで暗闇の中に橋が浮かび上がって見えるという。

もともと、電灯は両袂にひとつずつしか設置されていなかった。しかし、ダムが出来てから飛び降りが相次いだため、追加で設置されたのだそうだ。煌々とした灯りに照らされていれば飛び降りにくいだろうとの考えだ。

しかし電灯を追加した後でも、自殺者が目に見えて減ったということなかった。今でも時々、橋では置き去りにされた靴や遺書が見つかることがあるという。

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「あの電灯なぁ。あれが、逆効果のような気がするんだよな」

ダムの近くに住むという男性は、そうため息をついた。彼の家からは、闇夜に浮かぶあの橋がよく見えるのだという。

「白々と照らされたあの橋を見てると、なんだかこう、こっちに来いと呼ばれてるような気がするんだよ」

「呼ばれる、ですか」

「誘蛾灯に誘われる蛾の気分だな。じぃっとあの橋を見ていると、電灯の下に誰かいるように思えてきたりな。そいつが、こっちに向かって手招きをしてたりな。まぁ、まばたきすればすぐに消えるから、目の錯覚だろうけど。

昔、あそこから飛び降りようとした奴を止めたことがある。夜桜見物に来てた酔っ払いで、妙なことを言ってたな。橋の上から誰かが手を振るから来てみたが、下を覗き込むとものすごく素晴らしい世界に見えたんだと。それで、今すぐ行かなきゃと思ったらしい。俺と改めて橋の下を覗き込んでみてら、暗くて高くておっかなくて、腰を抜かしてたよ」

男性はそこで、もう一つ大きなため息をついた。

「案外、そんな奴も多いんだろう」

「そんな奴?」

「そんな気はないのに、呼ばれたってことさ」

帰りに、件の橋に行ってみた。

遠くから眺めると、不自然に明るく照らされたその橋は、恐ろしいほどに美しく闇の中に浮かび上がっていた。

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