やっと学校の図書館で予約していた本が借りることができる。
前に借りていた人が、長きに渡り、貸出期間をとっくに超過していたため、私の番がなかなか巡って来なかったのだ。
私は家まで我慢できず、その場で読み耽っていた。
途中まで読んで、私は眉根にしわを寄せた。
「誰がこんなことを・・・」
そのページには、しおりではなく、薄くひしゃげた花が挟んであった。
菊?
図書館の本で押し花をするなど、なんと非常識なのだろう。きっと私の前に貸出期間を超過した人がやったのだ。図書館の人は返却の時にチェックしないのだろうか。
これではまるで私が犯人みたいではないか。
気が付くと、図書館は閉館の時間になっていた。私はその本を手に、図書館を後にした。
秋は、日が落ちるのも早く、もう日が傾いていて電車を降りて家路を歩く頃にはすでに、月が出ていた。ああ、今日は月が明るい。中秋の名月か。
いつもは真っ暗な道も月が照らしてくれて心強い。
田んぼの真ん中の一本道を歩いていると、ビニールハウスの中にぼんやりと灯りが灯っていた。
あれは電照菊の温室なのだろう。
人工的に光をあてることにより、花芽の形成と開花時期を遅らせる栽培方法だと聞いたことがある。心なしか、菊の匂いがした。
「こっちだよ」
かすかな声がした。
「えっ?」
気のせいだと思い、歩いていると、また声がした。
「こっちだよ、こっち」
私は、その声に誘われて何故か熱に浮かされたように、温室へと歩いて行った。
温室に入ると、むせる様な菊の匂いに頭の芯がぼうっとなってフラフラと声のする方に歩いて行った。
「何してるんだ!」
突然、後ろから男の人の叫び声が聞こえた。そこで初めてはっと我に返った。
「あ、あのぅ」
言い淀んでいると、知らないおじさんは私を睨みつけて来た。
怖くて本をぎゅっと抱きしめて、絞り出すように言った。
「よ、呼ばれたんです。何か、女の人の声に・・・」
おじさんはその言葉にさっと顔色が変わった気がした。そして、私の手に持っている本をじっと見つめている。
「ご、ごめんなさい。勝手に入って」
「・・・暗いから、早く帰りなさい」
憮然とした顔でそう言うと、おじさんは背を向けた。
私は頭を下げながら、温室を出て行った。
家に帰ってほっとすると共に、あの声は何だったんだろうと不思議に思った。
私は、何故、あの温室に誘われるように入って行ったのか。
その翌日、殺人事件のニュースが流れた。
犯人の顔を見て驚いた。あのおじさんだ・・・。
その人は自分の娘を殺してしまい、畑に埋めたらしい。
それが、あの電照菊の温室の中だということが判明した。
自分の娘を殺めてしまったと自首してきたらしい。
私は、昨日借りた本のあの菊の挟んであったページをめくる。
無い。確かにあったはずの、菊の押し花は、跡形もなくまるで初めから存在しなかったのごとく、綺麗になくなっていた。
もしかして・・・。私は、図書館の貸出票の前の人を確認した。
やっぱり、ニュースで見た名前だ。
学校は、不登校だった女子生徒が実は殺されていたというショッキングなニュースで大騒ぎになった。
「呼んだのは、あなただったのね・・・」
秋の風に乗って、かすかな菊の香りが窓から漂ってきた。
作者よもつひらさか