中編4
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近づいてくる足音

「はぁ、はぁ、はぁ、、、」

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─ザッ、ザッ、ザッ、、、

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吐く息と土を踏みしめる音だけが、やけに耳に響く。

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私は山道を歩いている。

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特にそのような趣味があるわけではない。

いや山歩きなどは、30年間の人生でほとんどやったことがない。

ではどうしてこの大事な休みの日に、わざわざ車で乗り付けて、このような山道を歩いているのか?

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実は今日は、山好きだった親友S の命日だからだ。

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「命日」というと、身内の方から怒られるかもしれない

正確には大学時代の親友S がこのM 山で遭難した日だ。

私の家から車で北へ1時間のM 山は登山をする連中にとっては、まあまあメジャーな山らしい。

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ちょうど10年前のこの日。

S は一人でこの山に登り、二度と戻ってくることはなかった。

警察や地元の消防団も懸命に捜索したのだが、靴一つも見つからなかったそうだ。

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今日は彼への供養のために朝早くから起きてM 山に来ているのだ。

S が消えて10年も過ぎてから、なぜ今さらこの山に登るのか?

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実は1週間前のこと、、、

S が私の夢枕に立ち、こう言ったのだ。

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「みんな、俺を見捨ててしまった。

お前までそうなのか?

もしお前にまだ俺の記憶が残っているのなら、会いに来てくれないか?」

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背中のリュックには水筒とタオルとパン、献花、そしてポケットには小型の送信機が入っている。

まあ、ないとは思うが万が一遭難したときのためだ。

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車一台がギリギリ通れるくらいの砂利道をひたすら歩き続けていた。

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道の両側には鬱蒼とした山林が広がっている。

のM山にはハイキングコースはいくつかあるようなのだが、私が歩いているこのコースは一般のハイカーはあまり選ばない少しハードなものらしい。

どうしてこちらの道にしたかというと、当時のSが歩くとしたらこちらの道ではないか?という直感があったからだ。

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小一時間歩いて疲れたから、道端の切り株に腰をおろしリュックから水筒を出して水を飲む。

ひんやりとした風が一つ通り過ぎて、火照った顔を心地よく冷やしてくれた。

見上げると、雲一つない澄みきった秋空が広がっている。

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─静かだ、、、

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たまに聞こえてくるのは、名も知らない鳥の鳴き声と風で擦れる枝の音くらいだ。

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S は豪放磊落という言葉がぴったりの男だった。

大学では同じ学部で登山サークルの部長だった。

そんなに背は高くはなかったのだが日に焼けておりがっちりとした体格をしていて、物事を明確にしたがるいわゆる竹を割ったような性格をしていた。

キャンパスを一緒に歩いているときとか、あの有名な山の歌をいきなり唄いだしたりして隣にいた私は辟易していた記憶がある。

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回想から現実に戻りふと足元に目をやったとき、目を剥いた。

いつの間にかうねうねと白い霧が蠢いているのだ。

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─え?なんで?

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辺りを見渡すと不思議なことに、さっきまで当たり前にあった砂利道がきれいに消え、白い霧が一面を覆い尽くして波のように漂っている。

まるでグリム童話の一節のような幻想的な情景だ。

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─急がないと、、、

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立ち上がり再び歩き始めたその時だった。

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─ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、、、

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土を踏みしめる規則的な足音が後ろの方から聞こえてくる。

思わず振り返る。

だが見えるのは腰高に漂う白い霧と鬱蒼とした山林だけで、人影らしきものはない。

私は首を傾げながらまた歩き始めた。

すると、

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─ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、、、

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また、聞こえてきた。

再び立ち止まり振り返る。

誰もいない。

だが不思議なことに足音だけは聞こえてくる。

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─ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、、、

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足音はすぐそばまで近づいてきているようだ。

だが背後には人影らしきものは見えない。

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私は本能的に身構えた。

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心臓の鼓動をはっきり感じる、、、

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額から頬に生暖かい汗がつたい顎先から流れ落ちた、、、

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足音が真後ろくらいまで近づいたその後だった。

緊張しながら右を見ると誰か人が歩いている。

霧のせいで腰から下は見えないのだが、チェック柄の厚手のシャツに日焼けした丸顔。

背中には大きめなリュックを背負っている。

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「え、、S なのか?」

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勇気を振り絞り尋ねてみた。

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男は一旦立ち止まりその虚ろな目でチラリと私に目をやり、また前を向くと低い声で歌を口ずさみながら歩き始めた。

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「ゆーきーよぉ、いーわーよぉ、われらーが」

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私は咄嗟にポケットから準備していた小型の送信機を出すと、後方からそっとS のリュックのポケットに突っ込んだ。

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あの懐かしい山の歌が少しずつ遠退いていく。

そしてやがてS の背中は白い霧の彼方に消えていった、、、

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不思議なことにS の姿が消えて間もなくして霧は晴れた

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私は再び歩き始め終点の展望台に着くと、準備していた献花を捧げた。

その後下山すると地元の駐在所に駆け込み、そこにいた初老の巡査にさっき起こったことを話した。

初めのうちは信用してくれなかったのだが、あまりに私が真剣な様子だったからか最後は私の要望を聞き入れてくれた。

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それから3日後のこと、、、

S の白骨化した遺体が発見された。

M 山の中腹の急斜面に生えた大木のそばで、、

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発見が出来たのは、私がS のリュックに仕込んだ小型の送信機のおかげだった。

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─どうして、あなたの送信機が、S さんのリュックに入っていたのでしょうか?

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何度となく警察の人間に尋ねられた。

私はその都度説明したのだが、最後まで納得した様子ではなかった。

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Fin

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