俺は焦っていた。
病院には長いこと入院している寝たきりの妻がいる。
いや、そんな事は重要ではない。体は動かせないが妻は確かにまだ生きているんだ。俺が話す事をちゃんと聞いてくれるし、意識はあるんだ。そんな妻のために俺はなんでもやった。
俺は妻を愛している。当然の事だろう?
今日、医者に言われた。
「奥さんは長くて1ヶ月の命です。覚悟をしておいてください」
「‥そうですか。あの、一つ聞いていいですか?妻は生きて×月×日を迎えられるんでしょうか」
「今日からちょうど1ヶ月後ですか。何ともいえませんね。現在の医療では死ぬ日を正確に割り出すのは不可能です。申し訳ございませんが」
「その日はな。俺達の結婚記念日だったんだよ。せめてその日を迎えさせてやりたいんだよ。色々用意してそれで‥何とかならないのか?」
「本人の気力次第ですが‥残念ながら正確なことは‥」
separator
「あの話なあ。その月に死ぬ人間がわかるとかなんとか、そんな胡散臭い‥」
「おい!その話詳しく教えろ!!」
「いきなりなんだあんた!?俺も詳しくは知らねえよ。ただ酒場にいる男がそれっぽい話をしてたんだよ。そいつに聞けばわかるんじゃね?まだいるかわかんねえけど。場所教えてやるからよ‥」
separator
「この店か。酒場【黄昏】?ここにこんな店あったか?まあそんな事はどうでも‥あんたが店主か?ちょっと聞きたいんだが」
「‥」
「なんだ兄ちゃん。そんな切羽つまった顔して」
「あんたが妙な話をしてる男か?ならあんたに聞きたい事がある!」
「あ?俺に話だ?近い内に死ぬ人間を知る方法が知りたい?んなことわかるわけねえだろ。
あーでもこんな話を知ってるな。とある日付の満月の夜、それも遅い時間にこの町にあるどっかの教会の入り口を一人で見てると、真っ黒な服をきた人が一人、また一人と集まってくるらしい。何人いるかは知らねえが、その行列は夜が明けるまでつづくんだと。そこに拝礼にきた奴は、その月に亡くなる予定の人間だとさ。つまり、顔を見ることができりゃ知り合いが今月に死ぬか死なないかわかるんだな。うん。
そんな光景を見たいやつの考えなんか俺にはわからんが。もしあんたがそうなら一つ忠告だ。絶対に奴等には気付かれるな。絶対に音を立てるな。そうじゃなきゃあんたは恐ろしい目に会う。どんなめに合うかって?俺は体験者じゃねえからわかんねえよ」
「話はそれだけか?」
「ああ。知ってることは全部話した。おい、教えてやったんだから酒代よこせ‥なんだ。慌てて出ていきやがって」
「‥」
あいつの話が本当かわからない。でたらめかもしれない。だけどやるしかなかった。今日がその日かもわからない。だが今日は満月だ。それに俺が知っているこの町の教会はあそこしかない。もしその集まりの中に妻がいなかったら、妻は今月は死なないって事だ。それさえ解ればいい。
そんなことを考えてながら走っていると、教会についた。物陰に身を隠し、入り口を伺う。
明かりなどない。辺りは真っ暗だ。手元の時計を見る。午前2時。待つしかない。もしこの話が出鱈目なら出鱈目で構わない。俺は待ち続けた。
しばらくすると、真っ暗な中にポツリと明かりが浮かびあがった。
それは女の顔だった。修道女が着ているような真っ黒の服をきた女が、持っているランタンに顔だけを照らされてこっちに歩いてくる。不気味でしょうがないが、これがあいつの言ってた事か?あの話は本当だったのだ。しかも一人じゃない。あとからあとから顔だけを照らされた女、男が次から次に歩いてくる。10人、20人‥?どんだけいるんだ。こんだけの人が死ぬのか?あ、あいつは俺の近所の‥そうか。あいつも今月中に死ぬのか。そいつらは閉じられた教会の扉の前に集まり、座り祈り始めた。
大丈夫だ。ここにいれば見つかる事はない。動かなければ音も立てる事もない。この位置からでも明かりのおかげで顔ははっきり見える。この中から妻を探すんだ。どこだ‥?どこにいる‥?!
もうすぐ夜が明ける。座っている亡者は一人、また一人と消え始めている。良かった。俺が見た顔の中に妻はいなかった。という事は、少なくとも妻は今月は無事なんだ。今年の結婚記念日は盛大に祝ってやろう。それから‥
その時、肩を叩かれた。
誰だ!?そう思いながら俺は振り向いた。
声を出して奴等に気が付かれてはいけない!
だが、俺は別の意味で言葉を失った。
そこにいたのは、奴等と同じ真っ黒な服を着てランタンを持って顔を照らし、不気味に笑っているもう一人の俺だったのだ。
「残念だけど、もうおしまいだ」
「何故だ!?お前は誰だ!奴等に気付かれたのか?!音は立てなかったぞ!」
「悪いがここにいる連中はみんなあんたの事に気付いていたさ。なぜなら」
[心臓!心臓!の鼓動!!我らが願っても二度と手に入らぬもの!!ああ羨ましい!羨ましい!!妬ましい!!]
奴等が一斉そう叫び始め、こちらを振り向き、満面の笑みを浮かべた
「‥俺はどうなるんだ?」
もう一人の俺が不気味に笑って答えた。
「簡単だ。俺達と同じになる」
separator
酒場「黄昏」にて
「なあマスター。物騒な話だよな。この町の教会で死体が出たらしいぞ。なんでも死体の男の顔は笑ってたとか」
「‥」
「いやぁ悪いことしたか。大方あいつはなんかミスっちまったんだろう。まあそのペナルティが死ぬ事とは思わなかったけどな。次はちゃんと注意しないと。話のネタが増えた。
そういやあんたも俺と組んで大分長いことになるよな。もしかしてあの話知ってたんじゃないのか?あれを試した人間がどうなるのかも」
「‥死人に口無し、よ」
「笑えない冗談言うんじゃねえよ。あー暇だ暇だ。なんか面白い事ねえかな。マスター。何かか面白い事無いのか?」
「‥」
「だんまりかよ。あーあ」
作者嘘猫
生者の心臓はうごいてますからねぇ‥