R 市の郊外にあるR 国際大学は全国ランク的には下位の、いわゆるF ランク私立大学だ。
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山あいを削り造られた広い敷地には全部で5つの棟がある
その一番奥まったところにある最も古い棟が、各種サークルやクラブの部室だ。
その二階の安っぽいビニタイの廊下沿いにズラリと並んだ部屋の、これまた一番奥まったところに「R 国際大学心霊現象研究会」はある。
ドアの横には縦書きの物々しい木製看板がぶら下がっている。
午後の授業もあらかた終わり、中からは男女の談笑が聞こえてきていた。
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鰻の寝床のような狭苦しい室内の中央には畳二枚くらいの机が一つ置かれていて、そこに三人の部員が座っている。
奥にある北側の窓からは冬の優しい日射しが差し込んできていた。
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12月1日の月始めは恒例の月例報告会だ。
前月行った心霊スポットに関する調査結果を、部員各々が報告していた。
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「それでね結局、そのトンネルでは特に何もなかったの」
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茶髪をショートにしたボーイッシュな二回生ミユが、前月行った心霊スポットの報告をしている。
彼女の調査したところは、隣県の北方に位置するG 山にある古いトンネルだ。
ネットの心霊サイトで紹介されているこの場所には夜な夜な、酷い火傷を負った双子の少女が現れるという噂が流れているらしい。
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「それで結局、退散したのか?」
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肩までのロン毛に縁なしメガネをかけた白いパーカーのシンジが、尋ねる。
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「だって、しょうがないじゃない。
深夜の寒い中にトンネルの途中で車停めて30分も粘ったんだから」
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ミユは口を尖らせて、正面に座るシンジに応戦する。
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「なーんだ!結局何もなかったんだあ、つまんなーい」
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ミユの隣に座るアカリが大袈裟にぼやいた。
ミユと同学年で年齢の割には濃い化粧をした少し太めな子だ。
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「いや、それがね、そうでもなかったのよ」
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ミユが思わせ振りな様子で言うと、アカリは、
「え!なに、なに?何かあったの?」と体を近付けてくる
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「トンネルを出た後はもう時間も遅いし、お腹も空いていたからコンビニでも寄っておにぎりでも食べようかなと車を走らせていたの。
時間はもう1時近くて暗い山道を下っていたら少し大きな交差点が見えてきて、向こう側の信号機の横に『あけぼの商店街はこちら』という薄汚れた誘導看板があってね。
商店街だったらもしかしたらコンビニとかあるかも、と矢印の示す右の方に曲がったの」
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「しばらく走っているとだんだんと道が狭くなってきてね、大丈夫かなとちょっと不安になってきたちょうどその時ふと前を見ると500メートルほど先かな、、、道がそこだけボンヤリとドーム状に赤くなっていてね。
─え、、、何だろう?
って進むと上の方に『あけぼの商店街へようこそ』ってアーチ型の看板があって、その先に続く道の両脇にいろんな店が並んでいたの。
でも時間も時間だったから、ほとんどはシャッターが降りていたけど。
ただ商店街入ってすぐのところにコンビニらしき店があって、透明のウィンドウの向こうには煌々と灯りが点いていたんだ。
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「え、セ○ンイレブンとか?」
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アカリが横から聞いてくる。
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「いや、それがね、見たこともないようなコンビニでね 恐らく田舎とかにあるコンビニもどきのスーパーじゃなかったのかな、、、」
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「あるある、俺の田舎にも、そんなコンビニあるよ」
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シンジが言う。
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ミユは続けた。
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「それで道沿いに車停めてドアを押して中に入ると、いきなり『いらっしゃいませ!』って録音した女の人の声が聞こえてきて、それが店内に入ってもずっと止まらなくて。
うるさかったから、早く買ってから出ようと食べ物を探したの」
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「背丈くらいの棚がいくつか並んでいて、壁沿いには食材や飲み物が陳列されているありきたりの店だった。
ただ店内は暖房を強くしているのか、かなり暑かった。
入口入って突き当たりにある棚からおにぎり二個と紙パックのお茶を取ると、レジに行ったんだけど店員がいなくて
『すみませーん!』って声を出すと、しばらくしてレジの奥から黄色いエプロンをした40歳くらいの女の人がぬっと現れてね。
丸くて白い顔に満面の笑みを浮かべているんだけど、目元も口元も張り付いたみたいにほとんど動いてなくて何か不自然で、、、
お金を受け取るとレジ袋に商品を入れて、あの笑顔のまま無言で手渡すの。
その時に触れた彼女の手がひんやりと冷たくて。
何かその時私ぞくりとしたなあ」
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「へぇ、それで、それで?」
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アカリが興味津々で聞いてくる。
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「店を出ると車に乗って、真っ直ぐ走りだしたの。
商店街の中は時間も遅かったせいか、何処もかしこもシャッターが降りていてシンと静まりかえっていた、、、
ゆっくり走りながら店の一軒一軒をよく見るとどの店も相当年季が入っているみたいで木造のところもあったりした
ただ等区間に並んだ街灯のせいなのかな、道や店がボンヤリ赤く反射していてちょっと不気味だったな」
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「ふと前を見ると左前方の歩道を歩いている人の後ろ姿があってね。
こんな時間に変だなあと思いながら、追い抜くときチラリと見たら一人はひょろりと痩せた背の高い中年の男の人で、もう一人は坊主頭の小学生くらいの男の子だった。
お父さんと子供みたいだったんだけど、通りすぎた後バックミラーを見た瞬間ゾッとしたの」
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「どうしたんだ?」
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シンジが聞く。
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「二人とものっぺりとした肌に目鼻口と、ただ穴が空いているだけで、まるで埴輪みたいで」
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「ひっ!怖!」
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アカリが叫んだ。
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「しかもあの時はもう深夜で大方2時に近くて山あいだから恐らく外はかなり寒かったと思う
それなのにあの親子二人ともランニングにズボンという姿で、、、
それとだいたい、あんな時間に外を歩いていること自体おかしくない?」
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「確かに、、、」
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そう言って、シンジが顎に手をあてた。
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「しばらく走っていると高速の看板が見えてきたから、さっき買ったおにぎりを食べようと、道路脇に車を停めたの。
ルームライトを点けてから袋からおにぎりを出して、包んでいるビニールを破った時だった
とたんにぷんと嫌な匂いが鼻をついた。
改めてまじまじ見ると、そのおにぎり賞味期限がとっくに切れてて、驚いて思わず車の床に落としたの」
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「え、期限はいつだったの?」
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アカリが聞く。
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「平成元年」
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「ええ!嘘でしょ!そのコンビニ、ヤバいんじゃない?それって思い切りクレームものだよ!」
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と言ってアカリが大袈裟にリアクションをする。
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「だよね。
それから高速に乗ってアパートに帰ったんだけど、結局アパート近くのコンビニでおにぎりとお茶を買い直して部屋で食べたんだ」
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ここでミユの報告は終わった。
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これが11月28日に、ミユが隣県のG 山で体験したことだった。
そして月例報告会の12月1日が、シンジとアカリが彼女の姿を見た最後だった。
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それから一週間が経った日の昼頃のこと、、、
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定期試験を前にしてキャンパスを歩く学生の数はいつもより多く活気があった。
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シンジが学生食堂でいつもの日替わり定食を食べていると、いつの間にか隣に学内には似つかわしくない中年の男が座っている。
男はモジャモジャ頭にくたびれた紺のジャケットを着ていて藪にらみでシンジの顔を覗きこむと
「あの、、、葉山信二さんですよね」と声をかける。
「はあ、、、」とシンジが怪訝そうな顔をすると、男はおもむろに内ポケットから黒い手帳を出し「あ、突然すみません、わたし、R 署の刑事課のもので佐々木と申します」と唐突に言った。
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シンジは佐々木と一緒に食堂を出ると、ベンチに座った。
楽しそうに喋りながら通りすぎていく女子大生たちを眩しげに見ながら佐々木が口を開く。
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「突然ですが内野心優さん、ご存知ですよね」
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「ミユですか、、、はい、同じクラブの者で親しくしてます。
あの、ミユに何かあったんですか?」
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「実は3日前の朝方なんですが、アパートの部屋のベッドの中で遺体で発見されました」
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「ええ!?」
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佐々木の言葉にシンジは驚き、思わず声を出した。
確かにあの一週間前の報告会以降キャンパスでミユの姿を見かけてなくて、ちょうどさっきもアカリと話をしたところだったのだ。
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佐々木は話を続けた。
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「12月4日にたまたま実家のお母さんとアパートで会う約束をしていたそうで、訪ねてきたお母さんが何度呼び鈴を鳴らしても返事がないから、不審に思って合鍵で開けて中に入ってみると、ベッドの中で亡くなっている心優さんを発見したらしいんです」
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「自殺ですか?」
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シンジが遠慮がちに聞く。
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「それがまだよく分からないんです。
遺体の損傷がかなりひどくて、ただ解剖に出して分かったのは火傷による死亡ということでした」
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「火傷?」
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「はい。
着ていた服も皮膚も黒焦げになっていて、初めは本人であることさえ確認が難しかったほどです」
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「じゃあ、誰かに殺されたんですか?」
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「断言は出来ないですが、その可能性は高いですね。
それで今日お聞きしたいのは心優さんと最後にお会いしたときのことです」
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シンジは、あの報告会のときのミユの話を佐々木に話した。
彼は聞きながら小さなメモ帳に、ちびた鉛筆で熱心に何か書き込んでいた。
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「あの、その『あけぼの商店街』の場所というのはどの辺りなんでしょうか?」
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佐々木が質問する。
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シンジは少し考えるように顔を歪めるとこう言った。
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「う~ん、、、多分、隣県の北にあるG 山の山麓だから、、、ええと、、、」
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「分かりました。 そこは私の方で調べます」
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それから佐々木は「最後にもう一つ」と言って、ポケットから一枚の写真を出した。
そしてそれをシンジの目前にかざす。
A 4サイズくらいの大きさのもので、暗闇の中渡り廊下のようなところを歩く人の姿が映っている。
粒子が荒くて鮮明ではないが、それは女性のようでエプロンをしているようだ。
丸くて白い顔になぜか満面の笑みを浮かべているのだが、画像の乱れからか顔が左右に歪んでいてどこか不気味だった。
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シンジはしばらくしげしげとそれを見ていたが、やがて佐々木の方を見ると真顔でゆっくり首を振った。
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佐々木は写真をポケットに戻すと、
「いや、どうもご協力ありがとうございました」
と言って立ち上がりキャンパスの賑わいの中に消えていった。
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それから三日後のことだ、、、
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その病院「G 市立記念病院」はG 山の麓にあるG 市においては中堅クラスの大きさの総合病院で、5階建ての外来棟に併設した入院棟のベッド数は80。
3階建てで1、2階は、比較的短期の退院が見込める患者が、3階は長期の治療が必要な重症の患者が入院している。
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その日、佐々木は朝から3階奥にある306号室にいた。
8帖ほどの部屋の窓際にあるベッドには男が横たわっている。
年齢は初老のようでもあるし、かなりの高齢のようにも見える。
というのはこういう表現は少々語弊があるかもしれないが、パッと見た目はミイラそのものなのだ。
土色の皮膚のあちこちがケロイドのように突っ張っている。
頭髪は全く無く落ち窪んだ目元の下の小さな鼻には酸素を送る管が、細い首にも管が突っ込まれていた。
病院着から覗く胸元はあばら骨が浮いていた。
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枕元には40くらいの実直そうな青い作業着の男性が座っていて、ベッドを挟んで向かいには、いつものくたびれたジャケットの佐々木が立っている。
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「本日は、お忙しいところすみません。
お電話でも申した通り、私R 署刑事課の佐々木と申します」
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佐々木は真向かいの男に頭を下げる。
男も立ち上がると「どうも、有澤源太と申します」ときっちり頭を下げた。
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「本日お伺いしたのは、こちらで横になっておられる有澤源二郎さんが、かつて『あけぼの商店街』で営んでおられた民宿についてです」
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佐々木が言うと有澤源太は、
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「いやあ電話でも言いました通り、僕がこの親父の民宿で生活していたのは小学校低学年まででして、ましてやあんなことがあった場所ですから、あまり当時のことは思い出したくないんですよ、、、」
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と、頭を掻きながら困ったように言う
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「そのお気持ちよく分かります。
ただ今回は殺人事件が絡んでいるので、覚えておられる範囲で結構ですから教えていただきたいのです」
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「はあ、、、」
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源太は自信無さげにうつむいた。
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「まず今から30年以上前の平成元年にあったあの大火事について、当時の知っていることだけで結構ですから教えてください」
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佐々木の問いに対して源太はしばらくうつむいたままだったが、やがて決心したかのように顔を上げると口を開いた。
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「あの日の夜のことは、はっきり覚えております。
時期は年の瀬も近付いた頃でした、、、
商店街は近くに温泉街がありましたから、両親は観光ツアー団体のお客様の対応に追われておりました。
それで僕は9時過ぎには妹と一緒に二階にある道路に面した一室で寝ていたんです」
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「それから、どれくらい経った頃でしょうか。
カチカチという火の用心の拍子木が鳴り響いてましたから、恐らくは深夜零時の頃だったと思います。
宴会で騒いでいたお客様も皆落ち着き、民宿内はシンと静まりかえっていました」
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「すると何処からか女の人の怒鳴り声が聞こえてきたんです。
確か『チキショー!、チキショー!』と叫んでいたと思います。
僕は起き上がると窓を開けて、恐々下の道路に目をやりました。
すると道路の真ん中で赤い街灯に照らされながら、一人の女が黒い髪を振り乱し暴れているのです。
最初、酔っぱらいか何かかな?と思いました。
ですが、それは違っていました」
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「女はうちの隣でコンビニを営んでいる蒲生徳子でした。
徳子はどういう訳か片手に赤いポリタンクを持っていて、よろよろしながらうちや他の店の軒先に油のような液体を撒いていたのです。
そして最後は自らの頭の上にポリタンクを持ち上げ逆さにして全身油まみれになると「お前たち許さない!」と叫んでライターの火を点け自らに点火しました。
真っ赤に燃え上がる火だるまになった彼女は奇声をあげながら、うちや他の店の軒先に転がり込むように突っ込んでいきました」
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「それからは、あっという間でした、、、
うちの民宿も問い向かいの酒屋も、そしてその向こうの床屋も真っ赤な炎で燃え上がりました
あちらこちらでドタバタという廊下を走る音や、男の人や女の人の叫び声や怒号のようなものが次々聞こえてきました。
しばらくすると僕と妹の寝ている部屋にも、黒い煙がもうもうと押し寄せてきます。
その頃ようやく窓の外からパトカーや消防車のサイレンの音がうるさく聞こえてきてました。
泣きわめく妹の肩を抱き息も絶え絶えになって窓際に立っていると、突然消防の法被を着たおじさんが窓から現れ僕と妹を一人ずつ助け出してくれました」
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「幸い僕ら兄弟は軽傷で済んだのですが、お客たちを一人でも救おうとしていた父母はかなりの火傷を負いました。
二人とも絶対安静の中で入院したのですが、三日後に母は亡くなり、ここにいる父は命だけはとりとめたのですが残念ながら今もこのような状態です」
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そう言って源太は悲しそうな目で、傍らに横たわる父、源二郎の変わり果てた顔を見た。
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もともと木造が多かったからか、あけぼの商店街のほとんどの店は全焼もしくは半焼し多くの人が亡くなった。
ただ自らに火を放った蒲生徳子の遺体はどこを捜しても見つからなかったらしい。
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商店街の建物はきれいに取り壊され、今は寂しげな草地が広がっているだけである。
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ただ不思議なことなのだが女子大生の内野心優は前月、あけぼの商店街に立ち寄り買い物までしていたのだ。
そしてその後ベッドの中で亡くなっていた。
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佐々木はシンジにも見せたあの写真を源太にも見せた。
写真はミユの住んでいたアパートの防犯カメラが捉えたワンショットだった。
ちょうど彼女の母がアパートを訪れた前前日の夜、部屋の前の渡り廊下を歩く不審な女が映っていたのだ。
写真を手にした瞬間、彼の顔色はみるみる変わり「そ、そんな、バカな」と一言呟くと頭を抱えて苦しそうに呻きだした。
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「やはりこの女は、蒲生徳子なんですね」
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佐々木が尋ねると、源太は頭を抱えたまま一回頷いた。
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後から改めて佐々木が源太に聞いたところによると、もともと蒲生徳子という女は地元の者ではなかったらしく、まだ昭和の時代の頃に街に忽然と現れると、空き地だったあけぼの商店街の入口辺りの土地を買いそこでコンビニを始めたらしい。
当時はまだコンビニが物珍しかったということや商店街の中にある小売店の店主たちのやっかみもあり、徳子はいわゆる村八分に合っていたそうだ。
皆が申し合わせて、彼女のコンビニではモノを買わなかったらしい。
さらに訪れた観光客にも、あそこの店の商品は高いし古いから買わない方がいい等と、とんでもないデマを吹き込んでいたらしい。
もともと近くにある温泉街からの観光客を主な収入源にしていた商店街だったので、これは徳子にとって致命的だったようだ。
そのようなことが数年の間積み重なり、とうとう元号の変わった平成元年に徳子はあのような悲惨な事件を起こしたようだ。
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粗方、話を聞き終わった佐々木は源太に礼を言うと病院を後にした。
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佐々木は車を運転しながら考えていた。
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─確かにあの当時、商店街の人間たちが徳子に行った仕打ちは耐え難いものだったと思う。
ただかといってあんな悲惨な形で報復するというのは、いくらなんでも酷すぎるし許されるべきものではない。
ましてや何の落ち度もない内野心優さんに対して行ったことは絶対に許されるべきではない。
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─だが俺は今からどうしたらいい?
徳子はもう既にこの世のものではないではないだろう。
というのはあの写真、、、
写っているのはどう見ても40前後の女性だ。
あの事件当時、徳子は40くらいだったそうだ。
もし万が一今生きているとしても、もうかなりの高齢のはずだ。
いや頭から油をかぶり火を点け、今も平然と生きているなんてことはあり得ないはずだ。
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佐々木は赤信号で停止した。
頭の中が混乱していた彼はとうとう、たまらず下を向いた。
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それから3日後の朝のこと。
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R 署刑事課のデスクに座っていた佐々木に一本の電話がかかってきた。
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「もしもし、佐々木ですが」
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「あの、すみません、有澤です」
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どこか遠慮がちな声だ。
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「ああ、有澤さん、どうかされました?」
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佐々木が尋ねる。
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「実は、、、先ほどなんですが、父の源二郎が亡くなりました」
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「え!?」
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佐々木の頭の中に、あのミイラのような源二郎の姿が巡る。
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「今朝早く病院から電話があって駆けつけたんですが、看護師が朝の検診に行ったときにはベッドの中で冷たくなっていたそうです。
今のところ原因不明のようなんですが、朝の検診の数分前になぜか急激に心拍数が上がり、ほぼショック死に近い形で亡くなっていたということでした」
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そこまで言うと有澤源二郎の息子である源太は、受話器の向こうで黙りこんだ。
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「その前日とかで、何かおかしなこととかなかったですか?」
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佐々木が尋ねる。
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「特にはなかったんですが、、、」
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そう言ってしばらく間をおいた後、有澤は再び口を開いた。
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「そういえば、今朝病院の駐車場から走って正面玄関へと向かっていたときなんですが、見覚えのある人にすれ違ったんです」
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「見覚えのある人?」
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「はい、、、
薄黄色のエプロンをしていて
肩までの黒髪。
白い丸顔に気味の悪い笑みを浮かべながら、、、
あれは、あれは多分、、、
いや人違いかもしれません、、、」
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そこまで言うと有澤はまた、黙りこんだ。
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佐々木の頭の中に、真夜中商店街の路上に佇み狂ったように笑っている蒲生徳子の姿が浮かび上がった。
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自宅へ帰る車の中で佐々木は考えていた。
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─有澤源二郎が死んだ。
死因はショック死だったという。
朝方に突然心拍数が上がり、看護師が駆けつけた時には亡くなっていたらしい。
息子が病院に行った時、正面玄関ですれ違ったのはやはり蒲生徳子だったのだろうか?
そうすると源二郎の突然死も徳子が関わっていそうだ。
だが俺はどうしたらいい?
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時刻は午後9時を過ぎようとしている。
佐々木は赤信号で車を停止すると、思わずハンドルに頭を乗せ目を瞑った。
頭の真ん中辺りにキリキリとした痛みを感じる。
堪らず彼はダッシュボードからロキソニンを取ろうと手を伸ばそうとした
その時だ
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視界の端にバックミラーに映る黒い人影が動くのが見えた。
背後の後部座席だ。
彼は恐る恐るミラーに視線を移した
次の瞬間腰から背中にかけて冷たいものが走る。
心臓が早鐘のように激しく拍動を開始する。
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ミラーには、丸く白い顔に満面の笑みを浮かべた女の顔があった。
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Fin
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう