中編5
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夢の途中

サヨナラは別れの言葉じゃなくて、

再び会うまでの、、、

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テレビから幼い頃どこかで聴いた歌が流れている。

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「ちょっとお、美奈~!庭に出た時は、ちゃんとサッシは閉めとかないとダメじゃなーい!」

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言いながら、黄色いエプロン姿の母がサッシ戸を乱暴に閉めると、ロックをした。

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「ええ?私、今朝は庭とかに出てないよお」

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コーヒーカップをテーブルに置き、私は母に返す。

朝から外出してないから、私は薄いピンクのパジャマのままだ。

テレビでは、日曜お昼にあるいつもの情報番組をやっている。

「昭和のあの歌手は今?」というテーマで特集をしているようだ。

それでさっき、あの懐かしい歌がなっていたのか。

ゲストのユーチューバーの女性タレントが、突然けたたましく笑いだした。

このタレント、はっきり言ってウザイ。

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母は居間のテーブルに戻り、再び私の向かい側に座るとコーヒーを飲みながら、若かりし頃のことを話し始めた。

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「美奈、さっきの歌、知ってる?

高校のとき憧れていた部活の先輩が、よく口ずさんでいたなあ。

だいたい歌詞が良いでしょ。

サヨナラは別れの言葉じゃなくて、再び会うまでの、、、

なんて素敵じゃない?」

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「母さん、この歌って、亡くなっていなくなってしまった大切な人のことを唄っているの?」

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「確かにそうねえ、、、」

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母は私の質問に真面目な顔をしながら、腕を組んだ。

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その時だった。

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─ピンポーン、、、

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玄関の呼び鈴が鳴り響いた。

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「誰だろう?」と言いながら母がテーブルを離れ、居間のドアを開くと、廊下を小走りで玄関に向かった。

開け放たれた居間のドアからそれとなく様子を見ている。と、母が玄関で制服姿の若い警察官二人と何やらしゃべっている。

二人は一通り話し終えると帰り際、

「くれぐれも戸締まりをして用心してくださいね」と言い、ドアを閉めた。

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居間に戻ってきた母は少し興奮ぎみに、こう言った。

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「怖いわあ

10代の女の子ばかり4人も殺した犯人が、護送中に逃げ出して、この辺りに潜伏しているかもしれないんだって。

だからあなた、今日は日曜日だけど絶対出掛けたらダメだからね」

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「はーい、、、」

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私は適当に生返事をした。

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その後しばらくして母は、買い物に行ってくるね、と言って、いそいそと居間から出ていった。

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私はテレビを消す。

すると一気に辺りを静寂が支配した。

さっきは聞こえてなかった雨音が、待ってましたとばかりに耳に飛び込んでくる。

テーブルに置いた携帯の画面に目を移した。

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─え?

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画面の時間表示は、16時3分となっている。

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─いやいや、そんなこと、あり得ない。

だって私が、二階の部屋からここに降りてきたのは、昼少し前のこと。

それから母としゃべりながら、お昼ご飯を食べた。

その時テレビからは、いつもの情報番組が流れていた。

途中警察官が訪ねてきたりしたが、その時もそんなに長い時間ではなかったはず。

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─何かおかしい。

それとも、これは夢?

いや、授業中教室でいつの間にか寝ていたように、母が出掛けた後、テーブルの上に附して寝ていたのかも。

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私は立ち上がると、サッシ戸の前に立ってみた。

日暮れ時の特徴的なオレンジ色の日射しが、私の顔を朱色に染める。

庭はやはり、夕暮れの光景だった。

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─あれ?おかしいなあ、ついさっきは雨音が聞こえてきていたのに、一滴の雨も降っていない

ということは、やはりこれは、、、

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外の様子を見ていると、足にざらついた違和感を感じて、ふと下を向く。

サッシ戸の上がり口が泥で汚れている。

しゃがんでよく見ると、靴底の意匠の形のようだ。

しかも結構大きい。

父は今出張中で、家にはいない。

すると、

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ゴトリ、、、

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頭の上から何か音が聞こえてきた。

二階は私の部屋だ。

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冷たいものが一気に背中を走る。

心臓の拍動音がダイレクトに耳を直撃する。

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私はゆっくり立ち上がると歩き、居間のドアをそっと開いてみる。

薄暗い廊下に目を凝らすと、泥で出来た靴底の形が所々にあるのが分かった。

私は緊張した面持ちで真っ直ぐ歩き、二階に続く階段の前に立つ。

見上げると、泥は階段の数ヶ所にも付いていた。

私は、傘立てにあるゴルフクラブを片手に、決心してゆっくり階段を登りだす。

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登りきると右側にあるドアのノブを握りしめ目を瞑ると、一気に開けた。

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恐々目を開く。

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目の前には、いつものベッド、その奥のいつもの勉強机、天井にはいつものアイドルのポスター。

朝の時と変わりのない光景が広がっているだけだ。

ほっと一息ついて、右足を踏み出そうとした時だった。

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突然凄まじい痛みを背中の辺りに感じ、思わず後ろを振り向く。

ボサボサ頭のだらしない中年男の顔が、いきなり目に飛び込んでくる。

大声を出そうとしたら、大きな手で口を無理やり塞がれ、そのまま力付くでベッドに倒された。

紺色の作業着姿の男は私に馬乗りになると、右手に握ったナイフを振り下ろしてきた。

胸の辺りに鋭い痛みが走る。

男は何の躊躇もなく、何度も何度もナイフを振り下ろす。

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やがて私の視界は霞んできて、終いには濃い霧に覆われたようになった。

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……

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それから、どれくらい経ったのだろうか。

暗がりの向こうから誰かの叫び声が聞こえてくる。

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「ミナ-!ミナ-!」

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それは段々と大きくなってくる。

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「美奈ー!美奈ー!」

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いつもの母の声だ!

間違いない、これは朝方、寝坊した私を起こす母の声だ。

やっぱり、あれは夢だったんだ!

良かった、、、

私は目を開いた。

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目の前に広がるのはいつもの部屋の様子だ。

だが何かおかしい。

普段の朝だったら、天井に貼られた私の大好きなジャニーズのA くんのポスターが目に飛び込んでくるはずなのに、今日は違う。

2メートルほど前方に、長方形のベッドが見えている

その上には、、、

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私が仰向けになっていた!

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ピンクのパジャマは血で真っ赤に染まっている。

その傍らでは母が狂ったように泣きながら、私の耳元に声を掛けていた。

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「美奈ー!美奈ー!」

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ここでようやく状況が掴めた。

私は天井の辺りに浮かんでいるのだ。

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「母さん!母さん!」

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私は何度も、僅か2メートルほど真下にいる母に向かって声をかける。

だが母は全く気が付くことなく、相変わらず泣きながら私の名前を呼び続けていた。

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私が叫ぶことを止め、ただ呆然と変わり果てた自分の姿を眺めていると、突然天井の片隅に暗く丸い穴がポッカリと空いた。

一瞬で私の身体はそこに吸い込まれていった。

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その後、狭く暗いトンネルの中をどんどん進んで行く間、私の頭の中にはあの懐かしい歌が何度も何度もリフレインしていた。

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Fin

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@あんみつ姫 様
怖いポチ、コメントありがとうございます

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@アンソニー 様
いつも怖いポチ、コメントありがとうございます

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