私が小学4年生の時に実際に体験した話。
4歳の時から父親と共に週2回程柔道を嗜んでいたが、当時の私は体も小さく、同級生の女の子にすら勝てない、とても非力な子供だった。
父や先生達はとても熱心に私を鍛えてくれたので、私もその期待に応えようとかなり頑張っていた。
しかし悲惨な出来事が、小学4年生で出場した試合で起こってしまう。
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3回戦まで勝ち進んだ私の次の相手は、身体が二回り大きなデブ。
同じ小学生とは思えないほどの巨漢ぶりで、脂肪でパンパンに膨れた頬肉が目を細く押し潰し、大きめの道着からはみ出そうな贅肉を、紫の帯が苦しそうに縛っていた。
試合が始まる直前、試合場に彼の父親らしき、これまた大柄な男性の
「いてまえや!〇〇!あんなヒョロガキいてまえ!!!」
という関西弁とゲラゲラと地鳴りのような笑い声が響いた。
その地点でかなりひよっていた私だが、父親が側で見ているし、その試合の主審を勤めていたのが、私の道場の先生だったこともあり、ビビっていることなど顔に出すわけにもいかない。
そして試合場の両端で礼を済ませた私とデブは、中央のビニールテープまで歩み寄った。
デブはニヤついていた。
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テープの位置で礼をして試合が始まると、組手争いが始まる。と思いきや、デブは私の襟を掴むなり、払い腰という技で私をぶん投げた。
軽い私は宙を舞い、身体の側面を畳につけるように落下した。
主審(先生)の判定は【有効】。
柔道では投げられた時に、背中をつけた範囲で技の効果が決まる。
たとえば背中が全部ついたら【一本】。そこで試合は終了。
半分〜8割ついたら【技あり】。2回で一本となる。
側面では【有効】となり、何本決めても試合終了にはならない。ただし判定に持ち込まれた際に、加点にはなるといった感じだ。
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私はそのまま寝技へと持ち込まれた。
恐ろしい肉の圧迫感で、顔面を腹で押しつぶされる上四方固めという技で押さえ込まれた私は、完全に呼吸ができなかった。
まるで肉食獣に捕まった草食動物のようにもがく私を押さえ込みながら、デブは鼻息を荒げ、私を圧迫していく。
やばい、このままだと死んでしまうと思っていると、ふとデブが技を解いて立ちあがった。
涙とヨダレでグチャグチャな私は、試合が終わったんだと安堵してふと時計に目をやると、まだ寝技メーターが10秒しかたっていないことに気付く。
寝技は継続30秒で一本となり、解かれた場合、再度押さえ込んでもカウントは最初から。
つまりこの場合まだ試合は終わっていなかった。
デブはわざと技を解き立ち上がって、試合を続行させたのだ。
安堵の表情が一瞬で強張る。
主審の「はじめっ!」の声がかかる。
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デブはまた私の袖を鷲掴みにすると、軽々と私をぶん投げた。
今度は背中の半分近くがついてしまった。
しかし主審の判定は【有効】
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これはよくある話なのだが、子供の試合では、同じ道場の大人が主審や副審を務めることもザラにあり、彼らは自分たちの教え子への判定を緩くしてくれることがある。
喰らった技が本来は一本であっても、技ありや有効になったり、逆にこちらがかけた技が本来有効であっても、技ありにしてくれたりなど。
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背中の半分がついてしまったのにも関わらず、主審を務めた先生はそれを有効にしてくれたのだ。
しかしそれはありがた迷惑な善意だった。
案の定、試合がタイムオーバーで終わるまで、投げられ、呼吸を止められ、解放され、の【窒息寸止め地獄】は続き、試合はデブの優勢勝ち。
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試合後、笑顔のデブに言われた
「また試合で当たるといいな」
は、今でも忘れられない。
作者ぎんやみ