中編3
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原稿用紙怪談・六

『白い恋人達』

珍しく雪の積もった夜。

庭の様子を覗くと、雪の上に奇妙なものを見つけた。

今しがたついたような足跡が二人分。私は一人暮らしだし、外には出ていない。

一層奇妙なことに、それは段々と続いていった。そして、あるべき足跡の主の姿はない。

まるで二人の透明人間が、夜の庭をそぞろ歩いているようだった。

恐怖というより呆気にとられていたが、ふとあることに気がついた。

こいつら、恋人同士だ。

足跡は前を行き後ろを行き、時に弾むように爪先だけを地につける。

人ん家の庭先で、随分楽しそうじゃないの。

私は鼻息荒くカーテンを閉める。先月別れたばかりの身には、辛い眺めだった。

次の朝、庭には覚えのない雪だるまが二つ寄り添っていた。なんのつもりなのか、まったくもって腹が立つ。

壊してやろうと息巻いたが、急に祟りの類が怖くなってやめた。

それから数日間、少しずつ溶けていく雪だるまはまるで憐れんでいるようで、私をますます苛立たせたのだった。

(399文字)

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『うれしはずかし朝帰り』

人生初の朝帰り。

幸い一人暮らしなので咎める人はいない。アパートに着くとまずシャワーを浴びた。熱いお湯を浴びながら、髪を乾かしながら、歯を磨きながら、昨夜の甘い余韻に浸る。

Tシャツだけを着て脱衣所を出たあと、少し気の抜けた炭酸水を一気飲みし、ホッと一息ついた。

さぁ、あとはベッドで昨夜のおさらいをしなきゃ。

ほくそ笑みながら、横目でリビング兼寝室を見やる。レースカーテン越しの朝日に、安っぽい布団もよく膨らんでいた。

気持ちのいい朝を、甘い記憶と共にだらけきって過ごすという、なんという贅沢!

が、そんな気持ちもテーブルに残された一枚のメモに凍りついた。

『遅かったね』

日記帳に書き殴られた文字。昨日書いた「決戦は金曜日!」の文字が歪んでいた。

後ろで音がする。昨夜散々聞いた音。シーツがこすれて、ベッドが軋む。

でも昨日とは違って、禍々しく聞こえた。

「……待ってたのに」

ひび割れた声が、動かない私の体を抱いた。

(399文字)

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『猫になりたい』

僕の家に時々やってくる雌の野良猫。細い体は少女を思わせるが、実は毎年子猫を立派に成長させるベテラン母猫だ。

野良猫が大人になれる確率は低い。

厳しい世界に生きる彼らにすれば、生温い人間社会ですら落ちこぼれの僕は、なんとみっともない存在だろう。

それとも、この母猫に育てられれば、僕もいっぱしに成長できるのだろうか。

「あぁ、猫になりたいなぁ」

思わず呟いた僕を、鰹節を食べていた猫はまん丸の瞳で見つめた。

「じゃあ、代わる?」

「え?」

「ちょうどよかった。私の息子と代わってちょうだいな」

猫の金色の瞳に吸い込まれるように、僕の意識は遠のいていった。

・・・・・

気がついたとき、僕は尾の長い猫になっていた。

猫の眼で見ると、この世のすべては美しい。

僕は有頂天であちこち歩き回った。

しかしすぐに、けたたましい音に体がすくみ、動かなくなる。

そして僕は、母猫が体の交換に応じた理由を悟った。

眼前に、大きなタイヤが迫っていた。

(399文字)

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