『白い恋人達』
珍しく雪の積もった夜。
庭の様子を覗くと、雪の上に奇妙なものを見つけた。
今しがたついたような足跡が二人分。私は一人暮らしだし、外には出ていない。
一層奇妙なことに、それは段々と続いていった。そして、あるべき足跡の主の姿はない。
まるで二人の透明人間が、夜の庭をそぞろ歩いているようだった。
恐怖というより呆気にとられていたが、ふとあることに気がついた。
こいつら、恋人同士だ。
足跡は前を行き後ろを行き、時に弾むように爪先だけを地につける。
人ん家の庭先で、随分楽しそうじゃないの。
私は鼻息荒くカーテンを閉める。先月別れたばかりの身には、辛い眺めだった。
次の朝、庭には覚えのない雪だるまが二つ寄り添っていた。なんのつもりなのか、まったくもって腹が立つ。
壊してやろうと息巻いたが、急に祟りの類が怖くなってやめた。
それから数日間、少しずつ溶けていく雪だるまはまるで憐れんでいるようで、私をますます苛立たせたのだった。
(399文字)
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『うれしはずかし朝帰り』
人生初の朝帰り。
幸い一人暮らしなので咎める人はいない。アパートに着くとまずシャワーを浴びた。熱いお湯を浴びながら、髪を乾かしながら、歯を磨きながら、昨夜の甘い余韻に浸る。
Tシャツだけを着て脱衣所を出たあと、少し気の抜けた炭酸水を一気飲みし、ホッと一息ついた。
さぁ、あとはベッドで昨夜のおさらいをしなきゃ。
ほくそ笑みながら、横目でリビング兼寝室を見やる。レースカーテン越しの朝日に、安っぽい布団もよく膨らんでいた。
気持ちのいい朝を、甘い記憶と共にだらけきって過ごすという、なんという贅沢!
が、そんな気持ちもテーブルに残された一枚のメモに凍りついた。
『遅かったね』
日記帳に書き殴られた文字。昨日書いた「決戦は金曜日!」の文字が歪んでいた。
後ろで音がする。昨夜散々聞いた音。シーツがこすれて、ベッドが軋む。
でも昨日とは違って、禍々しく聞こえた。
「……待ってたのに」
ひび割れた声が、動かない私の体を抱いた。
(399文字)
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『猫になりたい』
僕の家に時々やってくる雌の野良猫。細い体は少女を思わせるが、実は毎年子猫を立派に成長させるベテラン母猫だ。
野良猫が大人になれる確率は低い。
厳しい世界に生きる彼らにすれば、生温い人間社会ですら落ちこぼれの僕は、なんとみっともない存在だろう。
それとも、この母猫に育てられれば、僕もいっぱしに成長できるのだろうか。
「あぁ、猫になりたいなぁ」
思わず呟いた僕を、鰹節を食べていた猫はまん丸の瞳で見つめた。
「じゃあ、代わる?」
「え?」
「ちょうどよかった。私の息子と代わってちょうだいな」
猫の金色の瞳に吸い込まれるように、僕の意識は遠のいていった。
・・・・・
気がついたとき、僕は尾の長い猫になっていた。
猫の眼で見ると、この世のすべては美しい。
僕は有頂天であちこち歩き回った。
しかしすぐに、けたたましい音に体がすくみ、動かなくなる。
そして僕は、母猫が体の交換に応じた理由を悟った。
眼前に、大きなタイヤが迫っていた。
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作者カイト
みなさん、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
お久しぶりです。
原稿用紙一枚分の怖い話です。
今回は、好きな歌のタイトルを元に書いてみました。どうぞご笑覧ください。