公演後、ストーカーに悩まされていることをB子ちゃんへ相談した。
B子ちゃんは同じ地下アイドルグループのメンバーで─。そのアイドルグループの人気者の一人だ。
他にもC子ちゃんや、我ながらだけど私が人気のあるメンバーである。
私達のことをファンの間ではスリー・オブ・トップと言っているらしい。
私がB子ちゃんにストーカーの相談したのは彼女にその経験があったから。
B子ちゃんは自宅付近でストーカーの男に腕を掴まれた経験があり、その際にストーカーの顔面を拳で殴りつけ撃退したという経歴を持つ人物だった。
私はそんな男っぽいB子ちゃんだからこそ、一番最初に相談する相手にふさわしいと思った。
B子ちゃんは親身に相談を聞いてくれて、あれこれ言った後にこんな提案をしてくれた。
「私がやっつけてあげる」
私が警察に相談するような大事にはしたくないと言ったから、それじゃあとB子ちゃん自らがストーカーを取っ捕まえるという提案をしてくれのだ。
こうして公演を終えた私は、B子ちゃんを連れて帰路に就くことになった。
私はドキドキしっぱなしだった。
辺りの人物に警戒しながら歩くB子ちゃんを他所に、私は上手くいくかどうかが心配でしかたなかったのだ。
もし上手くいかなかったらどうしよう。もちろん私はタダでは済まされない。
そんな暗雲のモヤモヤが私の胸いっぱいに広がって、ますます心臓の鼓動は激しくなった。
「A子ちゃんってさあ、引っ越したの?」
B子ちゃんにそう質問された私はほんの少しだけドキリとしたが、すぐに用意していた答えで応答した。
「うん、最近。まあちょっと交通の便は悪いけどね」
「そうなんだ」
そう言いながらB子ちゃんは辺りを見回して、ちょっとどころじゃないと思うけど…、とそんな風に呟いていた。
それからさらに十五分ほど歩いて、目的地のアパート前に到着した。
B子ちゃんは結局ストーカーが出てこなかったことに少し肩透かし食らったようだった。
が、私はそれどころではなかった。
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私は心の中で数え決心すると、その計画を実行した。
B子ちゃんの腕を掴んだ私は、半ば引きずるようにB子ちゃんをアパート一階の一室、103号室へと引っ張った。
B子ちゃんは突然の出来事に戸惑い、ちょっと何、と苛つきを露にしたものの、私の剣幕に圧倒されたようでそこまで強くは抵抗しなかった。
すると、そのアパート一階の一室、103号室の玄関扉がひとりでに開き、そこから一人の男がB子ちゃんに飛びついた。
男は豚のようなだらしない身体を揺らしながら真っ先に、叫ぼうとするB子ちゃんの口を手の平で塞ぐ。
B子ちゃんの横腹から上腹部に、背後から素早く腕を回す男はそのまま、103号室にB子ちゃんを引きずりこんで玄関扉を閉めた。
ほんの一瞬の出来事だった。
それはまるで舌を伸ばした不細工な蛙が、うるさく飛び回る蠅を捕らえるような一瞬だった。
私は高鳴りつづける胸に手を当てながら、ただただその場で打ち震えていた。
怖くて打ち震えていたのではない。
喜びに打ち震えていたのだ。
やった。
やったぞ。
お前のせいで人気投票で二位だったんだ。ざまあみろ。
そもそもお前なんかが一位になれるはずなんてない。どうせファンに身体を売って、票を買っていたに決まってる。
無意識に私の口元には笑みがあふれてこぼれ落ちていた。
それから私は高鳴る鼓動に酔いしれながら、例の豚男が事を終えるのを待った。
おそらく30分くらい、とうとうあの豚男がのそのそと103号室の玄関扉を開けた。
「遅えよ」
私が罵声を浴びせると豚男は申し訳なわそうに頭を垂れた。
「ちゃんと始末できたんだろうな」
私がそう問い掛けると、豚男は頷きながらこちらに手招きをした。
仕方なく私は歩いて玄関扉の前まで行くと、何、と不細工な顔の真っ正面にふたたび問い掛けた。
いきなり。
いきなりのことだった。
豚男は私の腕を掴むと、103号室に引きずり込もうとしたのだ。
私は玄関扉にしがみついて必死で抵抗した。
歯を食いしばりながら必死でしがみついていたせいで、助けを呼ぶ声が出せなかった。
徐々に、身体は暗闇へと引きずられていく。
真っ暗な部屋の中から生臭さが漂ってくる。
私は必死に扉を閉められないように食らいついた。
だが、現実は無情だった。
もう玄関扉にはわずかな隙間しかなく、そこから漏れ出す光は私の顔半分を照らし出す。
指の力は限界に達していた。
もはや、声を出す余裕はない。
そしてついに─。
取っ掛かりから指が離れ、一筋の光が完全に遮断される。
そこは─。
そこは生臭い暗闇で満たされていた。
そして、暗闇の中に声が響いた。
「C子ちゃんのためなんだ」
作者Yu